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気づいた

 ここは乙女ゲームの世界だと認識できたのは突然だった。

 たかだか3歳の女児が魔法で自分を誘拐した男達を全滅させた日だ。

 さすがに魔力切れを自覚してふらつきながらどうにか大通りに出たところで倒れた。幸いにそこは、警備所の前だったのですぐさま発見されて保護された。

 魔力切れを起こした場合は、大人しく寝るしかない。明らかに裕福なお嬢様が共も連れずにふらついていたのだ。それも、魔力切れを起こして。物騒なことを考えるが、届出はない。

 困ったものの、少女が起きればどうにかなるだろうと思った。

 まさか、ここから馬車で3日かかる王都から誘拐されたなど思わなかったのだ。

 普段が手のかからない大人しい少女に両親も使用人もいつものように部屋にいると、もしくは両親とともにときおりある病院に泊まりこんでいるものと考えていたのだ。

 馬車の御者を務める息子が2日も連絡が取れないのだと心配した母親が駆け込んでくるまでは、本当に誰も気づかなかった。

 使用人が見つかったのは母親が駆け込んできたその日。当然ながらお嬢様は居らず、捜索が開始されたが王都の中だけだった。誘拐といっても金品を要求されるわけでもなかった。

 


 子供の目じゃないと警備所の所長を務める騎士は思った。警備兵をまとめる役目としてエリートである騎士は詰め所に何人かいる。その中でも、熟練といわれて若手の育成も担う彼は呆然とおきあがった少女をみてそんな感想を抱いた。

 視線に気づいたらしい少女は不必要に理知的な光を瞳に宿し、こちらを見ていた。

「おはようございます」

 多少舌足らずだが、発音ははっきりしていた。女の子はお喋り好きだからわりと言葉の発達は早い。

「騎士の方とお見受けします。助けていただいたのでしょうか」

「ええ。大通りで倒れていたところを魔力切れと判断し、こちらでお休みいただきました。警備所の所長を務めております、マクガイア・ゾーンと申します、レディ」

「このようなところから申し訳ありません。保護していただいたこと感謝いたします、騎士様」

 すぐに、騎士だと見抜き完璧に近い礼儀作法。裕福な商人というよりは貴族だろうとあたりをつける。すぐに自分の名乗りをしないのは、身の危険を存分に知っているからだ。

「起きたばかりで申し訳ありませんが、事情を聞かせていただいても?」

 この幼い少女には大人と同じように誠実に接することが必要だと、嗅ぎ分ける。子ども扱いすればその程度かと冷笑されるだろう。

「勿論です」

 身元は明かさなくても、協力的な態度で友好的な態度を示す。

「でしたら、どうぞこちらへ。簡単な食事を取りながら」

「お気遣い、痛み入ります」

 小さなレディーをエスコートしながら、どうしたものかと考える。

 さっぱりした味付けの温かいスープをすすめ、その洗練された動作に貴族で間違いないと確信する。

「友人の誕生日会から帰る途中で賊に襲われました。袋の中に入れられて担がれていましたが、ここに来るまでに2度テレポートを行ったようです」

 それは、もしかすれば随分遠いところかもしれない。足跡を残さないための撹乱かもしれない。

「少し、いらいらしておりましたので、つい、魔法で賊を討伐して逃げてきました」

「魔法が使えると?」

 大抵は10歳前後に習い始めるものだ。こんな小さな子供が魔法を実践に叶うレベルで使えるなど賊も思っていなかっただろう。

「はい、少しばかりですが」

 天才、というより無謀だろう。どうして親は止めなかったのだろうか。成長に悪い負担がかかるかもしれないから、もう少し成長してから習うものなのだ。貴族の中には見栄のために早めに修練させるという噂も聞く。

「あの、こちらはどのあたりでしょうか」

 親と離れて心細いだろう。それに親も随分心配していると思う。

「ああ、ここはミルドだ」

「王都から西にいったところにあると聞いたことがあります」

 まだ、幼くその位置は少し違う。箱入り娘なのはわかった。

「レディはどちらから?」

 じっと見上げるこげ茶の瞳。何かを諦めたように力を抜く。今度は立ち上がり立派なカーテシーを見せる。

「申し送れました。ジャールラー公爵の娘、リリアーナと申します」

 貴族だとは思っていたがまさかの5大公爵家とは度肝を抜かれた。王の謁見もあったが、基本的にこんな大貴族と見えることなど騎士であったとしても近衛騎士などほんの一握りだろう。それほどの高位貴族なら身分を明かすに戸惑うのも無理からぬことだ。

 すぐに頭を下げ膝を突く。

「確実な身元を証明するものはありませんので、そのような礼は不要です。王都と連絡を取っていただけますか」

「直ちに」

 どうして今まで連絡がなかったのか疑問ではある。少女は2日は確実に連絡が取れなかったはずだ。王都くらいなら隅々まで探して広域捜査に切り替えてもいいころだ。

 王都の警備局と話したが、歯切れの悪い返事しか返ってこなかった。

 ただ、見つかったことは喜ばしく、所長自ら送り届けることになった。テレポートを使えてかつ、大貴族に対応できそうなのが他にいなかったからでもある。

 王都の警備局に転移して両親に引きあわせる。疲れたような彼らは、彼女をみて大きく息をついた。

「まあ、お前なら大丈夫だと思っていた」

「リリーちゃんは強いものね」

 普通なら感激の再会のはずだ。だが、その様相は明らかな違っていた。

「ご心配をおかけしました」

 貴族というものはこんなものだろうかと首を捻る。

「アイラの状態がよくないんだ。これから私達は病院に行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ」

 鳥肌が立つほどに冷静な少女。そそくさと去っていく両親を見送る。

 ふと気づく、たしかジャールラー公爵は溺愛している娘がいると聞いたことがある。だが、病弱で成人できるかという。

「それは、姉のことです」

 そうはいっても双子なんですがという少女は冷静に警備局に屋敷まで送ってもらえるように依頼していたし、御者を務めていた少年の様態を聞いていた。

「そうですか、退院できたならよかったです」

 ほんの少し安堵したような表情。

 体に傷があれば次の働き口を探すのも大変だ。彼は解雇されているだろう。不可抗力とはいっても、公爵令嬢を賊に浚われたのだから。

 あまりに両親に大事にされている双子の姉のせいで存在感がまったくない双子の妹。

 その日から両親に認めてもらいたくて無理に魔法を覚えていたり、褒めてもらえるように健気に話しかけたりしていた少女はすべてを諦めたように笑うことになった。

 使用人たちはあまりの痛々しさに目を背けてしまった。

 少女はご学友として王宮にあがるまで、ただ静かに過ごしていた。大人たちの望むとおりに勉強して作法を身につけ、余計なことはしない。腫れ物に触るかのような態度に少女も敏感に反応して胸のうちを悟らせないように上品な笑みを身につけた。

 


 ゲームの中では簡単にかわいそうって思ったけど、確かにきついなぁ。

 本当に自分の年を確認したくなる。いくら貴族と入っても、普通に幼児なのに、この扱い。誰一人として心配したと、涙を流してくれる人もいない。

 誘拐だよ?犯罪だよ?いくら貴族が狙われやすいからって、ここまで平然としてられるのがおかしくない?

 自分の認識がおかしいのかと、いろんな本を読んでみたが、どう考えても非常識だった。誘拐されて自力で逃げ出した娘を迎えて2分後に年中状態の悪い娘のところに寂しがるからといって両親揃って出て行ったんだよ?せめて、連れて行けよと毒づくのももっともだ。

 あの、痛ましい警備局職員達の視線が辛かった。

 引きこもって本を読んだり、魔法の鍛錬したりしているうちに、一人のほうがいいだろうと何かと好都合に考えたらしい両親は最低限1週間に1度は相手に来ていたのに、それすら止めた。

 そりゃ、ぐれるわ。

 これで、周囲に支えてくれる乳母や幼馴染がいればいいが、そんな存在もなく、ただ無為に過ごして、親の愛情など知らずに過ごす。人格形成に問題を与えても、不思議じゃないし、それを本人の資質だといってゲーム後半にやたらと攻撃を加えられるのも無性に腹が立つ。

 それに、自分は姉が死なないことを知っている。15歳になれば元気になって学園に転校してくるのだ。そして、ヒロインである姉は世間知らずの箱入り娘らしい純真無垢な視線で攻略対象者を癒していく。

 双子の妹は意地悪キャラで姉の恋路を邪魔していく。そして、大抵の苛めの主犯だとばれて、最悪な嫌われて学園から追い出され、悲惨な死を遂げるのだ。

 引きこもっている間に、そのゲームの詳細を覚えているだけ書き綴った。

 どうあがいても自分は死ぬ運命にあるのが辛い。

 そのことに絶望してやけになったけれど、誰も咎めることのない行為に馬鹿らしくなって止めた。

 ストーリーでは、運命の相手と結ばれた主人公は次期女公爵としての自覚をもちつつ学生結婚をして終わるというものだった。ストーリーによっても差はあるが、長くても2年のうちに結果は出るはずだった。一番ノーマルな終わり方でも、リリアーナは魔物に殺され、ヒロインはいろんな陰謀も何も明かさずにかりそめの平穏を過ごしていくというものだった。

 そのときにならないとわからないと考えることを放棄して、とりあえず全力で生きてみることにした。それ以外に出来ることがなかったからだ。


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