第一章-4
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それは昨夜の出来事だった。
十字路で一人だけ路線が異なる裕美だけがそこで別れ、七奈と絵里は姿の見えている駅へと歩いていた。
駅前の小さな商店街を通り抜け、絵里が改札に定期を触れさせ、構内へと入ったのだが、何故だか七奈は改札前で立ち止まっていた。
「どうかしたの、ナナ?」
「……あっ、ごめん、そういえば裕美に渡さなくちゃいけないモノが合ったの忘れていたから、先に帰ってて」
「だったら私も付いて行くよ?」
「大丈夫、大丈夫、大したことじゃないからいいよ。それじゃあまたね」
無理矢理、絵里の下から離れ、通ってきた商店街を遡り、十字路を曲がった。
一つ角を曲がっただけだと言うのに、そこは別の場所のように異様に暗かった。
街灯の明かりも薄暗く、まだ人がいなくなるような時間でもないのに、七奈以外の人の姿が見当たらなかった。
自動車一台程しか通れないたいして広くは無い道路、それが虚ろな闇によって更に狭いものになっているように見える。
――かつ、かつ、
ローファーの足音がよく響き渡るとても静かな夜の町。
個人経営の商店はもう、店仕舞いしており、民家からの明かりがカーテン越しに薄っすらと零れてくる。
人の営みの気配は周りに溢れているというのに、音だけが遮断されてしまったかのように、生活音がまったく聞こえなかった。
笑い声もない、テレビの音も零れない。
異様な静けさに、背筋が冷たくなっていく。
――かつ、かつ、
暫く歩いてみたが、誰ともすれ違う事もなく、ただ背筋に張り付いた冷たさの密度が増していくだけな気がした。
雲に覆われた夜空、僅かな雲の切れ間から、今まで失われていた月明かりが垣間見える。
心なしか明るくなる視界。
それでも街灯の明かりが弱く、暗さを拭い捨てる事はできないが。
どんどん静けさ、と冷たさを増していく空気。次第に妙な臭い鼻についてき始めたその時だった。
「やああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
空気を切り裂かんばかりの、断末魔のような叫び声が七奈の躰を震わした。
そして、この叫び聲には聞き覚えたあった。
「裕美っ!!」
聲の聞こえた方へと全力でかけ始める七奈。
その発声源はこの道の少し先に在る路地裏からだった。
路地裏へと近寄るに連れ、更に冷たさが増していく。足取りまで重たくなり、立ち込めている錆臭さに気持ち悪さを込み上げながら、必死に脚を動かす。
そして、その路地裏へと続く角に手をかけ中を覗きこんだ。
「えっ?」
そこで起きた事が何だったのか理解できないで、呆けた声を上げることしかできなかった。
そこには、セーラー服姿の少女が居た。
「なんで、あんたが……」
七奈が裕美の元へと向かった本当の理由である元凶がそこで、いやらしい嗤いで表情を歪めていた。
三日月型に切り裂いたたかのように上がった口角、真っ赤に染まった歯。
その姿に、七奈は全身の産毛が逆立つの感じた。
そして、セーラー服の少女が両手に何かを持っている事に気が付いてしまった。
掌に収まる白い球体。
それはよく見るものである筈なのに、初めてみたようだった。
その白い球体が少女の掌で転がり、白の中にある黒い円と視線が交差した。
その瞬間、それが何かわかってしまった。
あれは、目だ。
人間の眼球だ。
でも、一体誰の?
その事を考えようとした瞬間、全身から汗が込み上げる、胸騒ぎと共に脈が一気に早くなる。
そして、セーラー服の少女の奥にいた何者かの姿が見えた。
見たくなかった出来事を見えてしまった。
その人物とは、裕美だった。
七奈が伝えようとしていた噂話を伝える前に、それが起きてしまった。
血溜まりの中に倒れこんでいる裕美。
それを見て、七奈は聲を上げる事も出来ず、恐怖心から駆けだした。
全身に纏わり付く冷たさを振り払おうと。
全身にへばり付く重たさを薙ぎ払おうと。
振り返る事もせず、全力で逃げ帰った。
何もかも考える事を放棄して、一刻も早く帰ることだけを考えて、駆けていた。
そして、気が付いた時には自室のベッドの上で寝ころんでいた。
先ほど起きた出来事が全て、夢だったかのように、遠く感じる。
だが、躰には確かな疲労感が張り付き、節々から悲鳴が上がる。
夢だ、あれは夢だったんだ。疲れているからあんな変な夢を見ただけなんだ。あんな事はあり得ない。
七奈は必死に自分に言い聞かせ、眠れぬ夜を過ごしたのだった。
…………




