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第一章-3

 3


 重苦しい空気から解放する号令のように、チャイムが鳴り響いた。

 時間にして三十分として経っていないはずなのに、ゆっくりと流れていた時間の中では何倍にも長く感じられた。

 沈んだ教室の空気から逃れるように席を経つ者が相次ぐ中、絵里と七奈は座り続けていた。

「……ナナ」

 絵里が言葉を紡ぐが、茫然としている七奈は何も反応せず、ただ座っていた。

「……悪くない」

 そんな七奈の口からそんな言葉が零れた。

 焦点の合っていない瞳。

 虚ろな目が空気を捉えながら浮言のように何かを呟く。

「私は悪くない」

 何かを思いつめた容貌の七奈が頭を抱え込み、机に向けてその言葉を垂れ流す。

 小刻みに震えている七奈の背中、その小さな背中を絵里が擦りながら、様子のおかしい彼女を慰める。

「うん、ナナは悪くないから、落ち着いてよ」

 その言葉を聴いてから七奈の震えが収まった。

「そう……だよね」

「うん、そうだよ。ナナは悪くないよ」

 あまりの出来事に取り乱している友人に、かける言葉がこれ以上浮かばず、ただ宥める絵里だった。

「そうだよ、私は悪くない。私は何も見ていないんだ」

 噛み合わない二人の会話。

 七奈が何の事を言っているのか絵里にはさっぱり理解できず、ただ背中を撫でながら宥める言葉をかけ続ける事以外できなかった。

 そうして暫く経った頃、七奈がようやく落ち着きを取り戻してきた。

「もう大丈夫? ナナ?」

「うん、ありがとうね。もう落ち着いたから」

 狂ったような瞳が、いつものモノへと戻り、目尻には薄っすらと涙が溜まっていた。

 取り乱してしまった七奈、けれど絵里は感謝していた。

 七奈が先に激情のままに行動をしたお陰で自分は冷静さを保つ事ができたから、これ以上悲しみに、苦しみに押しつぶされないであろうから。

 七奈が全て代わりに引き受けてくれた、そんな風に絵里は思っていた。

 だが、実際は絵里の思っている事とは異なっていた。

 七奈はただ怯えていただけだった。

 昨日自分が目にしたモノのあまりに扇烈な情景に。

 …………


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