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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
一 埋み火(うずみび)
7/29

隠れ村

「こんなところに村があるとは、知らなかった」

「うん、誰も来たことないもの。・・・そういえば、ちゃんとした道も通っていないの」

 目が覚めたあの日から、丸二日経っている。

 早蕨が本性を披露した直後、八雲は血の気が引き、再び寝付いてしまった。驚いたせいもあるが、やはり、本調子ではなかったからだ―――と八雲は思っているのだが、ざっと青ざめた八雲を見て、早蕨は反省しきりだった。そんな様子を見ていると、妖といっても、彼らが悪いものだとは、到底思えなかった。

「昔は、通ってたんだけどねぇ。使わないから、いつの間にか、消えちまったのさ。もともと小さい村だし、人がいなくなってから、忘れられたんだよ。今は、存在しないことになってるしね」

「昔は、人がいたんだな」

「当たり前さ」

 木蘭は、くすりと笑った。ちなみに彼女は、扇の付喪神だそうだ。彼らの姿は、変化(へんげ)であるということだった。早蕨のおかげで、八雲は、彼らが付喪神であるという事実を、すっかり受け入れてしまっていた。

「あたしらは、家なんて建てないからね。でも、なんだか居心地良くて、皆居着いちまってねぇ。篝が来てからは、余計さ」

 八雲は首を傾げた。

「来た? 篝は、村の生き残りではないのか」

「ああ、私、生まれてすぐに、ここに捨てられたらしいの」

「・・・悪かった」

 篝は一瞬、怪訝な顔をした後、笑って首を振った。

 入れ替わり立ち替わり、顔を見にやって来る彼らの話を聞いていて、分かってきたのは、篝は、この付喪神の村唯一の、人であるということ。森の近くの農村かと思っていたが、ここは森の中にある、古い村であるということ。付喪神たちは、なぜか、八雲を警戒していないということ。

 おそらく、目が覚める前も、見に来ていたのだろう。気にかけてくれているようだが、単に好奇心と暇つぶし、という感もある。

「その捨てられていた赤子を、拾ってきたのが、銀だ」

 そう言ったのは、柳葉という名の青年である。その本性は巻物で、彼は非常に博識だそうだ。医書ではないと言っていたが、薬草や傷の手当てにまで詳しいのは、どういうわけだろう。ともかく、彼が手当てをしてくれたおかげで、八雲はこうして、順調に回復している。

 柳葉の纏っている萌黄(もえぎ)色の衣の型は、おそらく、何百年と昔の官服である。黄味がかった長い茶髪は、後ろで一本に編まれていた。

 彼らの装いは、時代もまちまちだ。髪や目の色は奇抜で、それぞれ好き勝手な格好をしている。

「そう。だからね、あんたは、二人目なんだよ」

「二人目?」

「銀が拾ってきた、二人目だ。しかも、後先考えず飛び出した篝を、お前が、そんな体にもかかわらず庇ったと言うから・・・それならまぁ、助けてやっても良いか、となったというわけだ」

 もうひとつ分かってきたのは、この村の者たちは皆、篝を、とても大切にしているらしい、ということ。赤子の時から見てきたのなら、納得もいく。しかし―――

「・・・そんなにあっさり、信用してしまって良いのか? 素性も知れないのに」

「素性が知れないのは、私も同じよ」

 本気か冗談か、篝がそう返した。

「この村にいるのは、素性どころか、得体の知れない連中ばかりだよ」

「別に、こうして話していても、お前が悪党だとは思えないしな。皆、面白がっている。ま、妖というのは、そんなものだ」

 八雲が何とも言えない表情をしていると、柳葉の翡翠色の瞳が、悪戯っぽく煌めいた。

「素性と言えば、八雲、お前は、武門の名家の出ではないのか?」

「え?」

 八雲は怪訝な顔で瞬いた。確かに、自分の装いや、腰に差していた二刀を見れば、武人であることは一目瞭然である。しかし、名家の、と付いているところが、腑に落ちなかったのだ。八雲の戸惑いを読んだのか、柳葉はにやりと笑う。

「お前の刀を見て、銀が感心していたからな。年若いのに、なかなかの代物だと」

「そんなこと言ったのかい? あいつが?」

 木蘭が、びっくりした声を出した。柳葉も、八雲の素性を聞き出すことが目的ではなかったようで、彼女の言葉に相槌を打つ。

「そうだ。だから、皆、余計に面白がっている」

 何を面白がられているのやら、八雲にはさっぱりだった。

「で、お前は、何か喧嘩を売るようなことをしたのか? 殺されそうだったと聞いたが」

 柳葉が再び、翡翠の瞳を向けてきた。結局、八雲の素性に関しては、本当にどうでもいいらしい。

「いや・・・喧嘩を売った覚えはない。ただ・・・」

 言い淀んだ八雲を、三人(人、と数えて良いのか分からないが)は、興味津々の顔で見つめてくる。

 逡巡したが、助けてもらっておいて、追われている理由を言わないというのは、申し訳ない気がした。八雲にはやましいことはないし、それにやはり、彼らが悪いものには見えない。

「ただ、一つだけ、思い当たることがある。俺は、ここしばらく、ある噂の真偽を確かめようとしていた。黒い大きな獣が、人を襲うというものだ。その獣は・・・妖ではないかと」

 妖、と言う時、少し緊張したが、木蘭も柳葉も、気分を害した様子はなかった。

「それでどうして、八雲が命を狙われるの?」

 篝が、もっともな疑問を口にする。

「俺も、それが分からない。だが、俺を殺して、誰かに益があるとは思えないし、近頃変わったことと言えば、それくらいなんだ」

「つまり、お前は普段、命を狙われるような立場ではないはずだが、その獣の妖について嗅ぎまわられると、困る者がいて、そいつに殺されかけている・・・のかもしれない、ということか」

「災難だねぇ・・・。見当は付いているのかい?」

「いや、全く」

 八雲にとっても、青天の霹靂だったのだ。命を狙われることなどないと、踏んでいた・・・というより、思いも寄らなかったことが、油断を招き、こんな有様になっている。情けないことだ。

 八雲は表情を曇らせた。

「追手が、かかるかもしれないな。俺を匿っていては、この村にも、迷惑をかけるかもしれない」

「それは心配要らないから、ゆっくりしていけばいいよ」

 木蘭が、いやにあっさりと言い切ったので、八雲は胡乱気(うろんげ)に尋ねた。

「なぜだ」

「結界があるからね」

「結界?」

 篝が頷く。

「そう。稲荷(いなり)様が、この村を守ってくれているの」

「稲荷様、というのは?」

「神様よ。あっちに(ほこら)があってね、いろいろお話もしてくれる」

「話ができるのか? 神様と?」

 このところ、驚いてばかりだという気がする。篝は、何をそんなに、という顔をしているが、もちろん八雲は、神と話すどころか、まみえたことすらない。八雲でなくとも、普通の人間は、神に遭えたりしないのである。

「体が良くなったら、行ってみるといいよ。挨拶に行かないと、へそを曲げるかもしれないからね」


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