神域に秘された記憶
比咲神社の境内に、赤い髪の少女の幽霊が現れるらしい。
城下に広まっていた、そんな噂話が、朝桐の屋敷にも届いた時、八雲と篝は、顔を見合わせた。
その愛らしい少女は、「我らの姫を、ご存じありませんか?」と参拝者に尋ね、知らないと答えると、悲しげな顔をして消えるのだという。
それを聞いた稲荷が、盛大に笑った。
『一緒にいるのは、柳葉だな? あいつの思いつきそうなことだ』
「おれも、我慢しないで、変化してやればよかったのかな。そしたらもっと早く、八雲に会わせてやれたかも」
そう言ってぼやく早蕨に、木蘭も大笑いしながら返した。
「それはそうかもしれないけど、そんなことしたら、篝が、長屋の皆に気味悪がられるじゃないか。思いつかなくてよかったよ」
比咲神社は、苑枝の国の大社である。城から南の方へ下って行くと、ところどころ苔むした石段と、立派な朱塗りの鳥居がある。鳥居を抜けると、静謐とした空気の中に、厳かな社殿が建っている。
神社に行ってみると、果たして、鈴と一緒に待っていたのは、柳葉だった。蘇芳の髪の少女が、にこにこと笑う。
「篝。無事でよかった。噂が届いたのですね」
「八雲、お前も一緒とは思わなかったぞ。よく篝を見つけられたな」
八雲の姿を見て、柳葉が目を見開いた。
「篝の方が、見つけてくれたんだ。・・・これを思いついたのは、やはり、柳葉なのか?」
「知らせたいことができたので、なんとかして、篝に会えないかと思ってな。お前が獣の噂を追っていたというのを思い出して、いっそ、こちらから噂を流してやれ、と考えた」
八雲は、感心しつつも呆れた。
「荒業だな・・・」
「鈴の容姿なら、そうそう怖がられまいし、話題にもなるだろうとな。予想以上の盛況だったぞ。なかなか面白かっただろう?」
翡翠の瞳を眇めて、にやりと笑いながら、柳葉はそう言った。
「知らせたいことというのは、何?」
再会を喜んだ後、篝が柳葉に尋ねた。柳葉は頷いて、社殿を指差した。
「あの紋に、見覚えがあるだろう」
二人は、彼の指さす先に、目を凝らした。社殿の奥に垂らされた、白地の布。その布に、踊る炎を模した紋が、染め抜かれている。
篝は、思わず胸元に手をやった。
「私の腕輪・・・!」
「そうだ。あの紋を見て、これは、何かあると思ってな。社に潜り込んで、記録を漁ってやった」
さらりと口にする。
「少し長くなるが、聴いていろ。―――比咲神社の神は、この国の守護神だ。だが、十八年前の戦で、民は疲弊し、人の数も減ってしまった。神を祀る民が、疲弊するということは、神の力も弱るということだ。それから三年間、守護の弱まった苑枝の国は、不作や天災に見舞われ、妖魔を大勢呼び込んだ」
文字を読んでいるかのごとく、すらすらと語り出した柳葉の言葉に、二人は黙って耳を傾ける。彼の本性は、巻物だったと、八雲はちらりと思い出した。
「飢饉を憂いた当時の巫女は、祈祷を続け、守護の力を取り戻した。国が立ち直ったのは、それからだ。だが、巫女は自分の力を使い果たして、そのまま衰弱し、亡くなってしまう。その巫女の血筋は途絶え、今、この社に仕えている神主は、三代前に分かれた傍流の者だ。・・・その巫女の名を、梓という」
そこで、鈴が静かに口を開いた。
「こちらの神様と、少しお話させていただきました。梓という巫女様には、亡くなる前の年、娘が生まれていたのだそうです」
「だが、十六年前に生まれたはずの娘の記録は、神社には残されていない」
息を呑む篝を見つめて、柳葉は告げた。
「篝。―――お前は、比咲神社の巫女、梓の娘だ」




