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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
三 灯火(ともしび)
21/29

陽だまり

 篝は今、朝桐の屋敷の離れに、居候(いそうろう)している。

 今では笑い話になっているが、「若様が、女を連れて帰ってきた」というので、屋敷は一時、騒然となった。しかし、一日経つと、「行方不明になっていた若様を、助けた御仁で、先の山火事で家を焼け出され、身寄りがないので預かっている」という話に落ち着いた。―――表向き、嘘ではない。

 裏向きの理由は、もちろん、あちこちに出没している獣の妖から、篝を護るためだった。長屋にいては、町民たちを巻き込みかねないし、腕に覚えのある者がいる武家屋敷の方が、幾らか安心である。何より、稲荷と付喪神たちがいる。

 屋敷の者たちは、元々、八雲がお人好しで義理がたいことを知っているので、皆、疑問には思わなかったようだった。

 その次の日、城から帰ると、優月がちゃっかり、離れの部屋で篝と話し込んでいた。部屋に入って、八雲は目を丸くした。

「優月。なぜ、ここにいるんだ」

 妹は、得意げに笑った。

「今日は、ちゃんと髪も梳いておりますよ?」

 仕返しとばかりに、からかうような表情をする。何の話か思い出して、八雲は眉間を押さえた。

「優月・・・お前、あれはな・・・」

「冗談です。兄さまの、命の恩人でしょう?」



    *****



 この段になって、八雲は、慧四郎と、螢火、鬼灯に、例の獣の妖は、篝を狙っているのだと打ち明けた。

「私は螢火、こちらは、鬼灯と言います。篝殿をお守りするよう、申しつけられております」

 二人に挨拶されて、篝は慌てて礼を言った。

「あ、ありがとうございます。でも、あの」

 瞳を揺らして言い淀む篝を、螢火が促した。

「何でしょう」

「あの・・・怪我はしないでください」

 そこで、なぜか鬼灯が吹き出した。

 肩を震わせている弟を、螢火が、睨みながら小突く。呆気にとられる篝に、鬼灯が手を振りながら言った。

「すみません、なんでもありません。―――大丈夫ですよ、篝殿」

「篝殿、我らは、こうして家人として、お屋敷に仕えておりますが、お役目はそれだけではないのです。多少は腕に覚えがあります。ご安心ください」

 よく分かっていない顔をしながらも、素直に頷く篝を見て、鬼灯は、姉にだけ聞こえるように呟いた。

「・・・なるほど。若が惚れるわけだ」



    *****



 景雪は、今日、八雲から聞かされた長い語りを、思い返していた。

「殿、獣の妖のことは、まだ調べていらっしゃるのですか?」

 難しい顔で黙り込んでいた景雪に、妻の露香(つゆか)が、そっと声をかけた。

「ああ、八雲のおかげで、いろいろ分かってきたことがある」

 顔を上げた景雪は、妻の顔を見て、ふと表情を緩めた。

 露香御前は、隣国、金門(かなと)の国の姫である。城主家の傍流の生まれで、半年前に、景雪に輿入れして来た。景雪が、城主の子息でありながら、二十四という齢になるまで未婚であったのは、彼が三男であるからにほかならない。

 先の大戦の折には、敵味方に分かれた両国であったが、婚姻で少しずつ、歩み寄って行こうということだろうか。

 景雪には、政治的思惑についての関心が、あまりない。城主である父、義景が、勝手に定めた政略結婚であろうと、彼はすんなりと受け入れた。妻となる姫は、顔を見る前から、大切にしようと決めていた。

「朝桐殿は、よう努めてくださる方でございますね」

「そうだろう」

 景雪は、ほわりと笑った。

 露香は大人しい女だが、娶ったばかりのころは、微笑みながらも、どこか冷めた目をしているのが、気になっていた。近頃は、自分を見る瞳が、少しずつ和んできたような気がしている。・・・勘違いでなければ良いのだが。

「少し、頼りすぎているかもしれぬ。・・・私が、獣の狙いは何だろうかと思っているうちに、いつの間にやら、狙われている娘を見つけ出していてな。屋敷に預かっているなどと言い出すし」

 付喪神に育てられた娘に、土地神の結界に守られた隠れ村。御伽草子のような話だったが、景雪は、自分の近侍を疑いはしない。

「まあ・・・左様でございますか」

 露香が目を丸くしている。

「あいつは、人が好いから」

 頬杖をついて、呆れたように、しかし嬉しそうに言う。露香は、その横顔をじっと見つめる。不意にその瞳が揺れ、彼女は目を伏せた。


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