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序
暗い暗い、新月の夜。
彼は、村の入り口に佇んでいた。
月がないというのに、村に火はない。
彼らにとって、明かりは、あまり意味を成さない。
かつて、村の名が彫られていたのであろう石の脇に、布にくるまれた、赤子がひとり。
闇の中で、彼は、止まない赤子の泣き声を聞いていた。
何かを―――おそらくは母を―――求める悲痛な声に、彼の心は、これといって動かされなかった。
ただ、うっとうしい音だな、とぼんやり思っただけだった。
それなのに。
なぜ膝をついたのか、彼自身にも、分からない。
呼び寄せられるように、彼は手を伸ばしていた。
暗い暗い、新月の夜。
赤子の泣き声が、止んだ。