井戸端
「篝ちゃん、ちょっと、かまどを見ていてくれる?」
結がそう頼むと、篝は素直に頷いて、竹筒を受け取った。
「水汲みに行って来るね」
「行ってらっしゃい」
結は手桶を持って、共用の井戸へ向かった。
行き倒れているのを見た時は、驚いた。見るからに、火事で焼け出されてきた様子だった。衣はあちこち焼け焦げ、雨に濡れそぼって震えていた。
急いで家に連れ帰って、体を洗わせ、着物を用意し、先の縮れた髪を切りそろえてやった。煤を落とすと、とてもきれいな顔をしていて、再び驚いた。
家はどこかと訊くと、焼けてしまったと言う。身寄りはないのかと訊くと、困った顔をした。途方に暮れた彼女を、両親も憐れんで、以来、篝は結の家で、寝起きしている。
来たばかりのころは、塞ぎこんでいたが、世話を焼くうちに、笑顔も見せるようになった。笑った顔を見ると、本当は、朗らかな子なのだろうと思える。
不思議な子だった。
家事を手伝わせれば、器用にこなすし、素直で呑み込みも早い。ただ、ちょっとした調度や、食べ物などに、初めて出会うような顔を見せることがある。つんとした雰囲気がないので、身分の高い娘ではないだろうと思うのだが、城下の暮らしに慣れないようなところがあった。かといって、きれいな言葉遣いや、ふとした仕草は、ただの農村の娘とも思えないのだ。
「あら、結ちゃん、おはよう」
先に井戸に来ていた、二軒先のおかみさんに、話しかけられる。
「おはよう」
「こないだのあの子、元気にしているの? 何と言ったっけ」
「篝ちゃん。元気だよ。家のことも、いろいろ手伝ってくれているし」
「そう」
長屋の者たちも、篝のことを、なにくれと気にかけてくれていた。衣や帯などを、持ってきてくれる者もある。
「身寄りがないと聞いたけど、本当なのかい?」
眉尻を下げた、心配げな顔で聞かれる。結も、困った顔をした。
「よく分からないの。住んでいた所なんかも、あまり話したがらないし・・・。でも、親はいないと言っていたわ」
「若いのに、かわいそうにねぇ」
釣瓶を引き上げて、水を移し替える。
「しばらく、うちに預かっていてもいいと思っているの。父さんと母さんも、そう言ってる」
「まあ、結ちゃんが嫁に行っちまうと、寂しくなるから、ちょうどいいんじゃないかい?」
「そうかも」
二人は笑って、次に来た者に釣瓶を譲る。
「おう、結ちゃん。あのえらいべっぴんさん、元気にしとるかい」
「おはよう、おじさん。元気にしてるよ、おかげさまで。おばさんにも、帯のお礼言っといてね」
おじさんは笑って手を振って、釣瓶を落とす。
「しかし、あんな器量の良い子が、農村に居るもんかね」
「でも、火事で焼け出されたんなら、笠見山の麓の方に住んでたんだろうねぇ」
「火事、なぁ・・・」
眉根を寄せて低く呟く。結とおかみさんが顔を見合わせると、おじさんは声をひそめた。
「あの山火事、妖のせいじゃねえかってぇ話があってね。近頃物騒だから」
「物騒?」
「とんでもなく大きい、真っ黒な獣の妖が、あちこちに出るって噂だよ。こないだ行商に行ったら、坂江町の方でも、おととい怪我人が出たらしいって聞いてね。しかも、狙われるのは、なぜだか若い娘ばかりなんだと」
「なにそれ」
結は顔をしかめた。
「死人はまだ出てないが、襲われると、何日も高熱が続くって」
「おっかない話だねぇ・・・また、飢饉が来るんだろうか」
ぽつりと投げられた言葉に、束の間沈黙が降りる。
「・・・城主様が、なんとかしてくれなさるさ。結ちゃんたちも、暗くなってから出歩かん方が良いぞ」




