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篝(かがり)  作者: 涼玉兎
二 烽火(のろし)
16/29

井戸端

「篝ちゃん、ちょっと、かまどを見ていてくれる?」

 (ゆい)がそう頼むと、篝は素直に頷いて、竹筒を受け取った。

「水汲みに行って来るね」

「行ってらっしゃい」

 結は手桶を持って、共用の井戸へ向かった。

 行き倒れているのを見た時は、驚いた。見るからに、火事で焼け出されてきた様子だった。衣はあちこち焼け焦げ、雨に濡れそぼって震えていた。

 急いで家に連れ帰って、体を洗わせ、着物を用意し、先の縮れた髪を切りそろえてやった。煤を落とすと、とてもきれいな顔をしていて、再び驚いた。

 家はどこかと訊くと、焼けてしまったと言う。身寄りはないのかと訊くと、困った顔をした。途方に暮れた彼女を、両親も憐れんで、以来、篝は結の家で、寝起きしている。

 来たばかりのころは、塞ぎこんでいたが、世話を焼くうちに、笑顔も見せるようになった。笑った顔を見ると、本当は、朗らかな子なのだろうと思える。

 不思議な子だった。

 家事を手伝わせれば、器用にこなすし、素直で呑み込みも早い。ただ、ちょっとした調度や、食べ物などに、初めて出会うような顔を見せることがある。つんとした雰囲気がないので、身分の高い娘ではないだろうと思うのだが、城下の暮らしに慣れないようなところがあった。かといって、きれいな言葉遣いや、ふとした仕草は、ただの農村の娘とも思えないのだ。

「あら、結ちゃん、おはよう」

 先に井戸に来ていた、二軒先のおかみさんに、話しかけられる。

「おはよう」

「こないだのあの子、元気にしているの? 何と言ったっけ」

「篝ちゃん。元気だよ。家のことも、いろいろ手伝ってくれているし」

「そう」

 長屋の者たちも、篝のことを、なにくれと気にかけてくれていた。衣や帯などを、持ってきてくれる者もある。

「身寄りがないと聞いたけど、本当なのかい?」

 眉尻を下げた、心配げな顔で聞かれる。結も、困った顔をした。

「よく分からないの。住んでいた所なんかも、あまり話したがらないし・・・。でも、親はいないと言っていたわ」

「若いのに、かわいそうにねぇ」

 釣瓶を引き上げて、水を移し替える。

「しばらく、うちに預かっていてもいいと思っているの。父さんと母さんも、そう言ってる」

「まあ、結ちゃんが嫁に行っちまうと、寂しくなるから、ちょうどいいんじゃないかい?」

「そうかも」

 二人は笑って、次に来た者に釣瓶を譲る。

「おう、結ちゃん。あのえらいべっぴんさん、元気にしとるかい」

「おはよう、おじさん。元気にしてるよ、おかげさまで。おばさんにも、帯のお礼言っといてね」

 おじさんは笑って手を振って、釣瓶を落とす。

「しかし、あんな器量の良い子が、農村に居るもんかね」

「でも、火事で焼け出されたんなら、笠見山の麓の方に住んでたんだろうねぇ」

「火事、なぁ・・・」

 眉根を寄せて低く呟く。結とおかみさんが顔を見合わせると、おじさんは声をひそめた。

「あの山火事、妖のせいじゃねえかってぇ話があってね。近頃物騒だから」

「物騒?」

「とんでもなく大きい、真っ黒な獣の妖が、あちこちに出るって噂だよ。こないだ行商に行ったら、坂江町の方でも、おととい怪我人が出たらしいって聞いてね。しかも、狙われるのは、なぜだか若い娘ばかりなんだと」

「なにそれ」

 結は顔をしかめた。

「死人はまだ出てないが、襲われると、何日も高熱が続くって」

「おっかない話だねぇ・・・また、飢饉が来るんだろうか」

 ぽつりと投げられた言葉に、束の間沈黙が降りる。

「・・・城主様が、なんとかしてくれなさるさ。結ちゃんたちも、暗くなってから出歩かん方が良いぞ」

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