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面影を詰めた本

 店は元の世界に戻り、外では商店街を焼く夏の日差しが弱り始めていた。

 真琴の慣れ親しん日常が店外にあり、帰宅する学生たちもちらほら見え始めている。怪しい本屋に入る人は少なく、先ほど帰った客……エルフのことではない――を最後に店内には俺と寧々子しかいない。


「やあ、何を悩んでいるんだい? マコト」

 カウンター上で悠長に毛づくろいしていた寧々子が、イライラしてる俺にトボけた瞳を向けて訊ねてきた。

 なんでこいつの目はつぶらな瞳なんだろう。何を考えてるかいまいち分からない。


 というか猫の考えている事が分かったら、危ないぞ俺。


「寧々子が勝手に値段つけて勝手に売ったBL本の精算をどうするか、頭を悩ましてるんだよ」

 おっぱいエルフのお姉さんに売った本の総額は、上代で一万円を越える。貰った対価はどこの世界の物ともしれない銀貨と魔法の道具だ。

 日本では通貨として通用しない。

 

「ボクの決めた値段で、最終的に売ったのはマコトじゃないか」


「あれは、とっととエルフの二人に帰って欲しかっただけなんだよ。第一、寧々子がこの本屋をあの場に転移させなければ売るようなハメにもならなかった。しかもなんだよ、金貨とか銀貨とか。ゲームかよ」

 俺はカウンターの銀貨を親指に載せて上に弾いた。さすが銀だ。親指への反動がずしりと重い。

 周囲を清めるような澄んだ音ではじかれた銀貨は、宙を舞ってクルクル裏表を見せる。


「やだなぁ。ボクは結構ぼったくり価格で売ったんだよ」


「ぼったくりだったのかよっ!」

 キャッチし損ねた銀貨が、カウンターの上で弾み、床に落ちてコロコロと店先に転がっていく。

 ちょうどその時、入口のガラス戸が押し開け放たれた。


「おーっす。ハチスケさんいる?」

 蜘蛛のように手足の長い男性が入店してきて、転がる銀貨を足先で止めた。


「七井さん、いらっしゃい」

 俺はカウンター内で寧々子に「しゃべるなよ」と目で命令して父の友人を招き入れた。

 彼は七井清浄という父の後輩であり、友人だ。年齢差があるが気が合うのか、こうして良く店に訪れる。ハチスケとは、父のアダ名だ。八頭 祐平すけひらの八と祐を合わせて、近所の人からもハチスケと呼ばれている。

 七井は足元に転がった銀貨を長い手で拾うと、俺に向かって投げ渡した。


「鋳造銀貨なんて珍しいモン持ってるな。大切にしろよ」


「あ、とっとと」

 俺は投げ渡された銀貨を両手でキャッチして、カウンター上の怪しげな道具と共に手提げ金庫へしまい込む。


「七井さん。父なら帰ってくるのは夜だと思いますよ」


「そうか。ハチスケさんが今日帰ってくると聞いてたが、ちょっと早かったか。頼まれてた物が手に入ったから届けに来たんだよ」

 

「預かっておきますか?」

 俺は気軽に言った。

 すると七井は玄関戸を開け、店外の誰かに合図した。

 

「じゃあ置いていくから、後は頼むわ」

 七井も気軽に言っているが、後から誰かが運んできたソレは気軽な物ではなかった。

 細い七井と違う、がっしりとしたドレッドヘアの男性が、人間が立ったまま入れそうなダンボールを抱えて現れた。


「よっしゃ。ココ置いておくぜー」

 低い玄関を注意して潜り、ダンボールを置いたドレッドヘアの男は腰を伸ばす。

 そこは邪魔だから奥に……と言いたいが、ドレッドヘアの男がなんか怖いので声をかけられない。別にヘタレというわけじゃない。なんか言ったら面倒になりそうな気がするからだ。

 決してビビっているわけでない。本当に。

 

 寧々子が何か言いたそうに俺を見上げているが、まったく関係ない。 


「これは請求書。じゃ電話くれるように言っておいてくれ」

 七井は用事はもうないと、封筒を俺に手渡し去ってしまった。


 残されたダンボールを見る。

 邪魔だ。直ぐにどかさないと、来客の邪魔になる。


 腰を傷めないように軽く柔軟をして、ダンボールを抱えた。


 ……見た目より軽い。

 二十キログラム程度だろうか? 

 

「寧々子、店番頼むなぁ」


「ああ、任せて」

 猫に店番を頼むなんて微笑ましい光景のはずだが、本気でこいつは出来そうだ。


「別に客に話しかけなくていいからな。いるだけでいい」


「面倒な事になるってわかってるさ。大人しくしてるよ」

 寧々子も分別が分かっているようだ。俺は安心してダンボール箱を裏へと運ぶ。


 店舗兼住宅の我が家には、併設して倉庫がある。個人書店の割には大きい倉庫だ。


 そこへ俺が入れそうな縦長のダンボールを横にして置き、ついでに補充用の写真集を取り出した。


 最近、発売された復刻版の写真集だ。

 俺が小さい頃に活躍してた女性ヌードモデルで、十年たった今でも、神秘性があるとなかなか人気だ。

 今でもネットでファンが増えており、お蔵入りなっていた写真を集めて先月発売となった。


 確かにこの写真集の女性は美人だが、俺はどうしても違和感を感じる。なんといったらいいのか……。

 瞳がカメラを……いや、読者や購入者を見ていないような気がする。

 気のせいなのかもしれないが、この世界をこの女性は見てないような――いや、気のせいだろう。

 虚空を見るかのような神秘的瞳が、人気だというこのモデルは、分かっていてこのような浮世離れした目でポーズをとっているのだろう。

 豊かな金色の髪に、整った顔。遠くどこかをみる瞳は美しく、そして俺たち男を見てくれていない。

 思う人がどこかにいる。そう思わせる綺麗な女性。

 高嶺の花か、それとも愛し焦がれる人を思う人か。

 ……触れる事のできそうにない女性。

 本当に神秘的な女性だ。


「……さて、と」


 あんまり乳を露出した女性写真集を見つめてても怪しいので、俺はそれを片手に店舗へと戻った。


「……あ、いらっしゃい」

 店舗に戻ると、客の姿があった。どうやら倉庫へ行っている間に来店したようだ。

 寧々子はカウンターで静かに毛づくろいをしている。


「ん?」

 客の姿がおかしい。

 背が低い。いや、子供だ。

 中学生か小学高学年くらいだろうか?

 確かにうちの店はエロい本が多いけど、子供が読める本もわずかながらにある。

 

 しかし、その子がいる場所は写真集の棚の前だ。

 アイドル写真集は全年齢だが、ちょっと隣は女性が肌色一色で生まれたままの姿になっている物ばかりだ。

 今持ってきた女性写真集を補充しようにも、裸の表紙を持っていくのは気まずい。

 気まずくなったら、あの子が帰ってしまうかもしれない。意外と男のは繊細な物である。

 

 俺は写真集カウンター内に置いて、その子を見守った。


 具体的には数歩奥にいかないように……。


 しかし、少年は一心不乱に写真集を右から左に、棚から取って眺めている。探している本があるのだろうか?

 これが常連なら「なにかお探しですか?」と言えるが、初見のお客さん……しかもデリケートな年齢の子ではそうもいかない。


 俺はしばらく、目の端で見守る他ない。


 だが、やがて彼の手が危ない領域へと伸びた。単なるヌード写真集だからと隣の棚に並べているのは些か問題だ。一応、こちらから先は大人用ですよーっと書いてあるが、明確な区分はつけていない。

 いつか店舗改装しないと……。


 俺はそれとなく少年に声をかけるべきか、かけざるべきか、カウンター内で立ち上がったり座ったりした。

 ん? そういえば、あの子は妙な格好してるな。

 まるで……西洋の王子様のような……。もしかして劇の帰りかなにかなのだろうか。

 こんな店にあんな目立つ格好でくるなんて――

 

 バサッ!


「おっと!」

 膝をぶつけたのか、さきほど持ってきた写真集が床へ落ちた。


 少年の視線がこちらへ向く。

 そして彼はトンでもない言葉を口にした。


「あっ! 母様っ!」

 少年は俺の足元を指差し叫んだ。


 落とした写真集を拾いあげると、少年が駆け寄ってきて俺の手から奪い取った。

 一瞬のことなので、抵抗も躱すこともできなかった。


「やっぱり母様だ! ここに来れば母様の姿絵が手に入るって本当だったんだ!」

 

「えっと……何をおっしゃってるんで?」


「占いのババがここに来ればいいって言ったんだ! これを売ってください! 金貨でいいですか?」


「何を言ってるのかわかりませんが……ってまさか!?」

 占い。王子様のような質感の良い日本離れした手作りの服。金貨などという発言。

 もしやと思い、俺はバッと店外を見た。

 また異世界に――

 いや、いつもの見慣れた風景だ。沢村婆さんが買い物から帰ってきたのか、トートバックを手押し車に載せて歩いている。


「あ、れ?」

 異世界に来ている様子はない。

 じゃあ、やっぱりこの子は普通の子供か?

 俺は寧々子に視線を向けた。

 毛づくろいしてしていた寧々子は、俺の視線に気が付いてパッと顔を上げた。そして、カウンターと同じ高さの少年の顔を見て、驚いた声を上げた。


「おや、真琴。この子はボクの世界の住人だよ」

 猫が目の前で喋っても、少年は驚く様子を見せない。俺から奪い取った写真集を食い入るように見ている。

 危険なところが写っているような写真集ではないが、小学生くらいの年齢の子が見ていいものではない。


「……お前、店番してたんじゃないのかよ」


「誰か入店してきたのは知ってたけど、ボクは身嗜みしてたからね。スマイルして、『いらっしゃい』っていうわけにもいかないだろ?」


「そりゃそうだが……どういうことだよ? 寧々子の世界の住人ってなぜいるんだ?」

 俺は外の様子を伺う。外はいつもの風景だ。日本に間違いない。


「これは多分、異世界の境界が伸びてきてるんだね」

 寧々子は神妙に肯き、そして説明を始めた。


「世界の境界はまるでゴム風船のようなんだ。押せば伸びるし引いても伸びる。だから世界は広がるし、世界の外にもいけない。だけど、隣り合うゴム風船同士なら、押して隣りの風船の空間に割り込むこともできる。実際にそっちへ行けるわけじゃないけどね」


「風船同士がくっつき合ってて、内部から押されて、ゴムの障壁はあるが隣りの内部に食い込む感じか」


「そうそう。実際のゴム風船と違って薄く伸びるから、この少年みたいにこちらへ存在してボクや真琴にも見ることもできる。まあいずれ風船が元通りになるさいに、引っ張られてボクの世界に戻るだろうけどね」

 なるほど。

 つまりこの少年は、無理に突き進んで薄い異世界の膜に覆われてこちらの世界にいるようなものか。

 いずれ元に戻るんだろうけど……。

 こいつ……いつまでヌード写真見てるんだよ。


「はいはい、没収」

 俺は食い入るように裸体を見ていた少年の手から、写真集を取り上げた。


「な! 何するんだよ! 母様を返せ!」

 少年は小さいなりに、手を伸ばして俺の手から写真集を奪い取ろうとする。俺は身体を反らせて、なんとか奪われないようにした。


「母様……って誰がだよ」


「それに決まってるだろ!」

 あまりに必死の形相だ。もしかして単に裸が見たいだけじゃないのか?


「母? ……まさか?」

 俺は掲げた写真集に映る女性を見た。

 日本人とは違う美しい顔付き……髪と瞳の色は違うが、この少年と何処か似ている。


「どういうことだ? まさか異世界からきたこのガキの母親がこの写真集の……」

 疑問に思ってよく見ると……写真集の帯に書かれた煽り文句が目に入った。


<異世界のお姫様、蔵出し写真集! 魔法の国からやってきたお姫様の秘蔵裸体!>


「書いてあるじゃねーかよっ!! キャラ作りじゃねーのか? これ!」

 思わず俺は写真集の帯にツッコみを入れた。

 よくいるどこかの星からきたアイドルとか、そういうコンセプトかと思ってた……。

 

「おい、寧々子。まさか、お前以外にもこの世界へ来てる異世界人って……」


「いるだろうね。ボクのご主人様以外でも異世界とのゲートを開こうとした人はいるし、多分だけど時期的にボクがこちらに来た事故の時、巻き込まれたのかもしれないね」


「お前らが原因かよ……。バレたら殺されるんじゃねーか、王様に」

 なんて迷惑な魔法使いと使い魔なんだ。


「母様を返せ! 返せーっ!!」

 俺は必至な少年の手を躱していたが、何か悪い事をしてるような気がして、ついに写真集を手渡してしまった。

 って、ヌード写真集を子供に渡すのも悪いことのような気がするが……。


「なんて意地悪をするんだ。対価ならしっかり払うと言っているのに」

 少年は憮然とした顔で、俺に手に載る小さな袋を手渡してきた。


「あ、ども」

 受けてると、ずしりと重い。

 何が入っているんだろう。


「……母様。やっと会えた」

 少年は写真集を抱きかかえ、そのまま店外へ出ようとする。


「おいおい、ちょっと待て!」


「なんだ? それでは足りないというのか魔道士」

 呼び止めると、少年は不機嫌そうに振り返って言った。

 また、俺は魔法使いと思われてるのか。


「そのまま持って帰る気か? 袋に入れてやるから……ていうか入れさせろ」

 品の良さそうな少年が、ヌード写真集を抱えて店から出る姿など外聞が悪い。

 というか捕まる。

 うちの店が。


「……そうか。すまないな」

 少年は写真集を差し出し、俺はそれを受け取って店名の入った紙袋(事情により分厚く透けない)に入れて渡した。


「これ、お前のかーちゃんなのか?」


「ああ。もう記憶を薄らいできたが……」

 紙袋を受け取りながら、少年は寂しそうな顔を見せた。


「え? それって……」

 まさか、死んでるとか? そういう重い話?


「若い頃、行方不明となった母は、帰ってきた後に異世界から戻ったと言っていたらしいが……。父との間に私が生まれて……。異世界での負担があったのか、あまり身体は強くなくてな」

 背を見せる少年の姿が大きく見える。それでありながら、小さくも見える。

 不思議な光景だ。

 本当は写真集の隠し方を教えるつもりだったんが、もう言い出せる雰囲気じゃない。

 見つかったら家族会議ならぬ、お城会議じゃないのか? こいつの家。


「ありがとう。店主よ。一生の宝物を得る事ができた」


「あ、うん……」

 俺は立ち去っていく少年を見送ることしかできない。

 

「一刻も早く、父にもこの写真集を見せてやらないとな!」


「見せるのかよ! ていうかなんでお前らの世界はエロ本一緒にみようと必至なの?」

 もう会えない母の姿を、異世界の写真集から得られる。などという、いい話のように思えて実はまったく間抜けなこの状況なんなの?


「さらばだ! 魔道士よ!」

 爽やかな笑顔で去っていく少年。

 あの顔で、「母様の写真だよー」と掲げて城に帰るのか?

 国が大騒ぎになるんじゃないか?


「真琴。心配してるようだけど、家族なら裸の付き合いは普通じゃないかな?」

 寧々子が涼しい横顔で言った。


「あのな、寧々子。年中、裸の猫が人間の家庭の事情の何を知っているんだ?」


「おっと、真琴。また異世界からの来客のようだよ?」


「なんなんだよっ! 今度は王様か! ドラゴンか!」

 苛立ち収まらない俺は、思わず客へ向かって怒鳴ってしまった。


 怒鳴った相手は――


『ニョロニョロー』


「……っ!」

 触手だった。

 筒状の滑らかなボディに、無数の触手が生えたアレだ。

 そいつは店内をヌルヌルと進んで、カウンター前にくると震える不気味な日本語を発した。


『ここに父の活躍した写真集とか動画があると聞いて来たニョロよー』


「リアル触手出演!?」

 本物使ってる映像ソフトがあるというのか!  



ニョロの話は続きます

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