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オークたちの家宝

 シャッターを開けると、そこは異世界だった。


 俺はシャッターを持ち上げた体勢のまま、呆然とあたりを見回した。

 我が家である築二十年自宅兼店舗の本屋は、寂れた商店街の路地を一角にある。

 そこは薄暗い日当たりの悪い身分相応な立地条件だったはず。

 ――なのに俺の目の前には見渡す限りの草原が広がり、二つの太陽が放つ光が、ガンガンと店先を照りつけていた。

 狭い道路を挟んだ向かいの邪魔なマンション裏口も、お隣のサラリーマンがサボるのにぴったりな窓のない暗い喫茶店も、やってるのかやってないのかわからない雑貨屋も無い。

 影も形もない。


 俺は慌ててシャッターを閉めた。

 振り返ってみると見慣れた店舗。快適に歩ける程度のスペースを残し、本棚がひしめき合う店内。棚には漫画やエロ本、アニメ雑誌、奥まったところに同人誌などが溢れんばかりに並ぶ。

 サブカルチャーに特化することで生き残った父自慢の恥ずかしい本屋だ。


 カウンターの上では、看板猫として我が家に居座る寧々子が、小さく丸まり寝息を立てている。

 寧々子は拾われてきた割に毛並みの良い黒猫で、いつも大人しくその場所で客を出迎える出来た猫だ。


 そして俺の名前は八頭 真琴。高校一年生。記憶もまちがいない。 

 いつもと変わらない見慣れた店内。俺が生まれて十五年。寧々子を除いて何一つ変わらない……いや本は入れ替わっているが……変わらない光景。

 父が町内会の旅行へ出て二日。早くも俺は疲れたらしい。夏休みの日程も宿題も大分残っているのに、まったく俺も気苦労が多いぜ。


 気を取り直してシャッターを開けると、そこは異世界だった。


 草原と二つの太陽。遠くに霞む天を突く山々。やたらと澄んだ美味しい空気。何もかもが、俺の知る日本の地方都市には無い光景だった。


「あ、いかん。これは病気だわ」

 俺は店先の掃除を後回しして、カウンターの中に入って椅子に身を預けた。

 カウンター下のミニ冷蔵庫から、冷やして置いたコーラのペットボトルを取り出し封を切る。

 冷蔵庫はガンガン動いている。電気が来てるということは、ここは日本に違いない。そう思い込みながら、まだ朝ごはんを食べていない腹にコーラを放り込んだ。

 キンキンに冷えた炭酸とカフェインが胃で暴れる。なんとも身体に悪いが、これで目も覚めるだろう。


『空きっ腹にコーラは身体に悪いと思うよ』

「うるさい。ユーキの奴が合宿でいないから朝飯がないんだよ」

 優希ユウキは、同じ高校一年の幼馴染だ。隣の喫茶店の一人娘で、父の居ない日には朝食を作ってくれたりする。


『まったく幼馴染に朝ごはんを作らせるなんて、軟弱者の癖に生意気だ。ユーキも可哀想に』


 …………誰?

 俺は声の主を探して店内を見回す。もう誰か客が来たのだろうか?

 姿が見えないとなると、暖簾の向こうの実写十八禁コーナーの方だろうか。

 まだ朝の九時にもなっていないのに、エロ本を買いにくるとは節操の無い奴だ。俺は監視カメラを動かして人影を探す。

 ……誰もいない。カメラの死角など無いように、念入りに父の友人の七井さんが設置してくれたはずなのに……。どこかに隠れているのか?

 来客を探していた時、ふと目の前の寧々子と目があった。いつの間にか目を覚ましたのか、シャンとした姿勢でお座りしている。


「なあ、誰かお客でもきたのか?」

 我ながら猫に話しかける光景は間抜けだ。ワイルドを目指す俺にはファンシーすぎる。


『朝からお客がくるような店でもないと思うけどな』

 ……っ!

 猫が喋った!

「寧々子が喋った!!」


『おや、驚かせちゃったかな?』

 寧々子はクッションから降りると、俺の膝の上に飛び乗った。いつもならそのままかいぐりかいぐりするところだが、そんな事できようもない。

 俺は身を引いて、膝の上の寧々子に問いかける。


「ね、寧々子なのか?」

『キミにはそうつけられた名前だね。そう、ボクは寧々子だ』

「……俺が寧々子を拾った場所は?」

 誰かの悪戯かもしれない。俺と父と寧々子しか知りえない情報で確認を取る。


『いきなり質問かい? 真琴も疑り深いな。たしかあれは用水路の水門脇だったはずだよ』

 間違いない……。拾った場所を知っているのは人間では俺と父だけ。

 

「あー、やっぱ俺寝不足かなぁ。ゲームのやりすぎはいけないな、うんうん」

『おや? 意外と、マコトは常識に縛られる人間だったんだね?』

 膝上の寧々子は、残念そうに肩を落とす。なんとも人間臭いリアクションだ。だが、これはいつもの寧々子と変わらない。人語を解するような態度が人気の猫だ。

 しゃべる以外はいつもの寧々子と変わらない。


「……マジなのか?」

『マジと意味が本当という意味なら、マジだね』

「いったい何が起きたんだ?」

『それは順を追って説明したいところだけど……っと、お客さんだよ』

 寧々子が目線と耳を、店の入口へと向けた。

 果たしてその先には……。

 

 血だらけの大男が二人立っていた。

 筋骨隆々。肌の色は人間とは思えない青黒さ。下顎から突き出た牙は、醜く前を向く鼻の高さまで伸びている。

 ボロボロな粗末な服装で、革製のベルトの腰に短剣らしきものを下げている。

 俺の腰ほどもある腕で、手斧のような物を持ち、荒い息で俺を見つめていた。


「い、いらっしゃいませー」

 サービス業とは悲しい運命を持っている。どうみても強盗か殺人鬼……いやそれよりありえない化け物を前にして「いらっしゃいませ」と言うなんて、なんという悲しいサガだろうか……。


「なんだ? ここは店なのか?」

 手斧を持った一人目の大男が、不機嫌そうに店内を見回して吐き捨てるようにいった。

 なんだろう……。日本語を話してるけど、この姿……まるでファンタジーゲームに出てくるオークのような姿だ。

 オークとは豚人間の事で、直立した逞しい身体に豚のような顔を乗せた生き物だ。もちろんそんなものは、日本には存在しないはず。いや地球のどこにもいないはずだ。

 コスプレにしては出来すぎてるし……。外の異変と話す寧々子。何かよからなぬ病気で、俺はオカシクなったのだろうか?


「おい、そこの貧弱極まりない人間」

「な、俺は貧弱じゃねえ!」

『いやぁ、マコトは貧弱じゃないかな?』

「なにおー! 溢れるワイルド&パワフルの権化であるこの俺に!」

 ヒラリと降りた寧々子を追いかけると、オークらしき大男が割って入った。


「使い魔を持っているということは、お前……。魔術師の人間か?」

「魔……使い魔?」

 大男に見下ろされ、身が竦む。


『おい、オークども。血で店内を汚すな!』

 寧々子が本棚の上から不遜な態度で言い放つ。


「ぬう、しかも人語を解する使い魔とはかなり高位の魔術師か! 万全ならまだしも激戦を終えたばかりのこの俺様には……少々きついか」

 値踏みするような眼光に晒され、情けないが俺は萎縮する。しょうがないだろ。肉の壁だぜ、こいつ。

 そんな肉壁オークの目線が、俺の手に落ちる。


「その黒いポーション……。そんな毒々しい物を飲むとは、魔術師とは信じられんな。ふん、ここは書物の店のようだが、まったくこれでは怪我の治療もままならん」

 オークは何か勘違いしているようだ。俺を警戒して、むやみに騒ぐ様子はない。陳列する本に配慮してくれている様子もある。


「ア、アニキ! こ、これを見てくれ!」

 もう一人、素手の大男が店先の雑誌を持って騒いでいた。

 さっき、荷解きして並べたばかりの今日発売のエロ雑誌だ。 


「そ、それは異種交配が社是の出版社から出る月刊ギガファンタジー! 表紙は大人気シリーズ姫騎士七色陵辱シリーズ! 最新号はついにオーク軍団を前に陥落する三人目の姫!」

 思わず説明的台詞を発してしまうと、手斧を持ったオークが跳ねるような反応をした。


「な、ひ、姫騎士だと!」

「ああ、アニキ! これを見てくれ!」

 弟分のオークは、特別カラー増ページの姫騎士七色陵辱を開いて見せた。


「こ、これは! さきほど泣いて謝ってるオレ様たちを、無慈悲な残虐攻撃で完膚無きまでに、ボコボコにしてくれやがった憎きあの姫騎士そっくりではないか!」

「……ああ、心折れるかと思ったッスよね。オレ、生まれてごめんとか言ったの始めてだった」

「ボコボコにされたのかよ……」

 興奮するオークの後ろで、俺は呆れて呟いた。傷だらけで恐ろしい奴らと思っていたが、こんな情けない事情でボロボロだったとは。

 俺の失礼なつぶやきも耳に届かないのか、雑誌を引き破りそうな勢いでページを捲っている。


「く、こんな! 俺様たちの同胞が! あのっ! 憎き姫騎士を! 陵辱して!」

「アニキ! 見てくれよ! 俺たちの同胞のアレが姫騎士の○○を××で○△□↑↓ガンガンっ!」

「ち、畜生! やってくれたんだ! 俺たちの同胞はやり遂げたんだ!」


 むっさい傷だらけのオークは、エロ雑誌を捲りながら男泣きしている。嫌だなぁ。

 見た目も嫌だけど、血と泥で汚れるなぁ。廃棄かなぁ、アレ……。買ってくれるかなぁ……。


「おい、魔術師!」

 オークの兄貴分が、雑誌を力いっぱい握りしめて叫ぶ。


「はい?」

 魔術師と呼ばれ、思わず反応してしまった。 


「こいつを譲ってくれ! コレは俺たちのバイブルだ! 子々孫々伝えなくては!」

「いや、伝えるなよ」

「アニキ! 故郷くにの母ちゃんにいい土産ができましたね!」

「頼むから、母ちゃんには見せんなっ!」

 それ以上いけない。 


「ああ、オヤジの墓前にも置かないとなっ!」

 オークの癖に爽やかな笑顔だ。嬉し涙が光ってる。


「墓前とはいえ、オヤジに見せるのもやめておいた方がいいかと」

 だめだ。ツッコミが追いつかない。


「魔術師よ。この伝記! 家宝にさせてもらうぞ! 本当に……これは……いいものだっ!」

 オークの兄貴はエロ雑誌を高々と上げて、外光に晒す。燦々と降り注ぐ逆光で、神々しくエロ雑誌が輝いているようだ。

 十五年も生きてきて、エロ雑誌が神々しく見えたのなど始めての経験だ。できれば一生、経験したくなかった。


「あー、なんでもいいから持って行っていいよ、ソレ」

 どうせ汚れた雑誌など売れない。この変なやつらが帰ってくれればいい。ロス一冊で変質者が帰ってくれるならいい。


「……いや、人間同士では取引があるという。我々の文化では物物交換だが……。うむ、これを受け取ってくれ」

 オークのアニキは腰に巻いた革ベルトから、短剣を取り外して俺に手渡した。

 思わず受け取ったが、刃渡り長すぎるだろコレ。銃刀法違反だろう……


「はあ、じゃあ、まあ遠慮なく」

 逆らって「じゃあこれがお代だ!」と殴られても困るので、素直に受け取る。


「ではさらばだ! 人間の魔術師よ!」

 オークの兄貴は弟分を伴い、光り輝く店外へと出て行った。


「妹たちにも毎晩読んできかせてやろう」

「アニキ、あいつら喜びますよぉ。このヒギィッとかバカウケに違いないッス」


「やめてあげてよっ!」

 妹たちがエロ本を読み聞かせられる光景を想像して、俺は無遠慮にツッコンだ。

 だが俺のツッコミも虚しく、オークたちは光りの中へと消えていった。


 もう誰もいない。


「寝よう……」

 これは夢に違いない……。


 俺は店のシャッターを閉め、毛づくろをする寧々子を残して店舗奥の住居に引きこもった。

 念入りに鍵をかけて……。


『ところで、ボクの朝ごはんはまだなのかい?』

 店舗から何か聞こえたがもう知らない……。



大変、おバカでひどいネタを日中に思いつき

たった一晩で私がやってくれました。

私の頭悪いところを全面に引き受けたような作品になっていくかもしれませんが応援のほど、お願いいたします


他の連載は真面目です

多分

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