前編
私はシグルド マナタナル フェブカと言う。
リユカ帝国フェブカ領の領主である。
これは私が本編に出るまでの話。
本編ではさらっと掘り下げられ、年が近いなみえを娘にした優しくも痛々しい領主役(ニャルマーの主として良き主)と言ったところだろうか。
こんな私にもスポットライトが当たる日が来ました。
私のことはあまり興味はないだろうが、少しの間だけお付きあいいただきたい。
***
「シグルド」
「なんでしょうか。父上」
「お前も十歳となった。私の仕事をこれから手伝うように」
「はい。父上。父上のような、やさしい領主になるため、シグルドはしょうじんしたいと思います」
「そうか。領民のために働ける領主を目指しなさい」
「はい」
十歳の誕生日の夜は私にとって特別な日だった。
誕生日の晩餐後に父の書斎へと呼ばれた私は、この日より父の手伝いをするように言われたのだ。
父の手伝い。それは幼かった私が父に認められたと心から喜んだ日。
貴族の子弟は大抵、家庭教師をつけ勉学に勤しむ。私も五歳より家庭教師がつけられ、平々凡々の才ながら真面目に学んだ口だ。家庭教師と学び、宿題をこなしつつ、父の手伝いをする。十歳からこの生活を送るようになった。
それから男子は十二歳から社交界へと顔を出し始める。
家庭教師が来る回数が減り、父の手伝いをする時間が格段に増え、家庭教師ではなく父が宿題を出すようになった。これに顔つなぎの夜会へと向かうと言う生活習慣が出来上がる。
割と勤勉な私。そんな私を、たまにはと釣りや狩りに連れて行ってくれる父がいた。
十三歳のある日、釣りに連れて行かれ、糸を垂らしながら父が苦笑した。
「シグルド、お前真面目だよな」
「そうでしょうか」
「なんで俺の子がこんなに真面目なんだか。もっと夜会出たり朝帰りしたりしてきても良いのだぞ?」
父は昔、夜会荒らしと呼ばれるほど、やんちゃをしていたらしいと聞く。それに比べたら。
「……私はあまりさえないので女性にも人気がありませんし、夜会はベルドニード伯爵息のナイルダ子爵の独壇場ですよ。おこぼれもきません」
「あぁー。あの馬鹿ボンな。お前とナイルダが混ざれば丁度良いのにとかなんとか嘆いてた」
「ふふ。伯がこの前の夜会でそのような事を仰っていましたよ。僕は凡人なので真面目しかとりえがない面白みがないのですと言ってみたところ、伯が家の息子には顔だけで稀有なほどの不真面目さしかない。それよりは、君の真面目さが私にはとても眩しく思えると褒めてくださいました。私の真面目さが子爵に移れば良いのにと」
あの時は伯の困り顔にどうして相槌を打つかを私も困った覚えがある。
「まぁ、俺もやんちゃな口だったからな……お前、ナイルダ子爵と友人になれそうか?」
「……向こうが私のことに少々でも興味を持っていただけるなら、友人になることも可能かと思います。父上に何か面白い案でもおありですか?」
伯と友人の父。昔のやんちゃな自分と生真面目な伯と言う関係が、そっくり当てはまりそうな私とナイルダ子爵。
「お前、ちょっとばかりベルドニード伯の秘書やってこい。期間は一年。お前が大好きな勉強だ。伯は俺と違って城勤めだから、領主以外の仕事も覚えて来い」
「畏まりました。ですが、父上。私は勉強が好きなわけではありませんよ。あ、引いてる」
私は勉強が好きなわけではない。ただ真面目に勤勉なのが、実は物事の近道であると知っているのだ。
釣れた魚を桶に入れる。父は一連の動きを見ながら呟いた。
「実は腹黒?」
「皆さん、真面目で素直な少年と言ってくださいますが、まぁ父上の仕事を手伝い始めて三年。学ぶところは多いですよ」
「結構面倒な性格に育ったよね」
「父上の糸も引いてますよ」
父は慌てて糸を引いたが魚に餌を食べられていた。
その時の父の豪快に笑った姿が目に浮かぶ。
この一週間後、私はベルドニード伯の元へと向かった。
***
人のふり見て我がふり直せ作戦。もとい、私の近習研修十日目。
行っていることは父の仕事の手伝いと然程変わらない。
基本的には領主の管理、中央の役職での書類整理、これにティータイムの用意など、公私にわたり私は伯爵の側に仕えていたわけだが、その間、その息子のアルフレドはと言えば、夜会、昼起きて、夜会、昼起きて、夜会……私の何倍もの夜会に出ていた。
将来、伯爵家を継ぐ者としては夜会へ赴き、顔を繋ぐのも仕事のうちではあるが、彼は伯の仕事の手伝いと言うものはほぼしていない。
五日に一度伯に呼ばれると書斎へと訪れ、私とともに政の勉強をすると言った程度。だが、彼は将来頭がよいのだ。昼、起きてからの時間は家庭教師が宛がわれ勉学に一応は励んでいる。内容も同じ年頃の私から見てもまぁ難しい部類に入るのではなかろうか。
「ゼイナンド様、本日はケイジュン公の夜会出席のため早めに下がらせていただきますが、他にお手伝いすることはございますか?」
「そうか、ケイジュン公のご子息の誕生日の夜会は今夜だったね。いいよ。楽しんでおいで。お父上もおいでかな?」
書類を読み進めていたベールドニード伯はあぁそうだったと顔を上げて書類整理を早々に終えた少年に微笑んだ。
「はい。父とは向こうで落ち合う手筈になっております。父より夜会への馬車をこちらに回してくれると手紙が来ておりましたので、ここから直接ケイジュン公のお屋敷に向かいます」
「わかった。また会場で会おう。下がっていいよ」
「では失礼いたします」
再び書類に目を落としている伯爵に一礼して伯の書斎から出た。
***
その夜に起こったことは今でも鮮明に思い出せる。
私が生涯の友を得ることができた大切な夜だから。
「大丈夫ですか?」
私が彼を見つけたのは偶然だった。
彼がアルフレドが口をふさがれ、両手首、両脚首を縛られ、東屋に転がされているのを見たのは、偶然中の幸いだった。
いつもなら父親を取られ拗ねたような、それでいて平凡な容姿の私をバカにするような目で見ていた彼が、怯えに身を縮めていた。
すかさず彼の猿轡を取り外すと呼吸が楽になったのか大きく息を吸った。
「今、縄をほどきます。何が起きているのか簡潔に説明することはできますか?」
足首を結ぶ縄は頑丈に結ばれているため、懐から小ぶりのナイフを出して切れ目を入れる。
「ケイジュン公の子息の誘拐をしようとしている連中の立ち話を偶々バルコニーで聞いた」
「そうですか。ご子息の挨拶は終わりました。後……もうすぐ寝る為に寝室へとお下がりになるころです」
足首を開放し、手首の縄へと立ち向かう。
「あぁ。連中はそこを狙うようだ」
「解決法として、――――――と、こんなことはいかがでしょう」
立ち上がった彼に提案をしてみた。
「……案外、腹黒だな」
「どういたしまして」
きょとんとした後、所謂、悪ガキの笑みを浮かべるとナイルダ子爵は言った。
それに対してにっこりと笑いながら返事をすると彼は私の肩に手を乗せ「気に入った」と呟いた。
結果として言えば誘拐犯は拿捕され私はかけがえのない友人を得た
何をして犯人を捕まえたかって?
決まってる。大人に密告したのだ。
何しろ私はまだ子どもだったからね。
? うるさいよ。アルフレド。
あれはえげつない方法だったって?
いやいや。気のせいだよ。アルフレド。