第八話 曇った瞳
空は若干曇っていたが、まだ日が登ってそれほど経っていないころ、狩りはとても順調に始まった。
日が頭上に来るまでには皮も尾も順調に集めることができ、ウィークラット以外にもいろいろなモンスターのアイテムを獲得していった。
例えば、ウィークラビットは耳を部位破壊すれば、ウィークラビットの耳が手に入るというのも戦っていくうちにわかってくる。
ドラゴは鬼神の如き働きでモンスターを何匹も倒していく。
俺の目にはドラゴは疲れ知らずの戦闘マシーンのように見えた。
ドラゴのおかげでモンスターもすぐに発見でき、徐々に森の奥深くへと進む。
「さすがにここらへんになるとモンスターも少し強くなってきたな。でもまだ大丈夫だろ?」
「はい、大丈夫です」
休みなしに何時間も戦闘を繰り返していけば、攻撃をほとんど受けていなくても目に見えない疲労がどんどん蓄積されていくものである。
雨が振ってきた。今までずっと快晴だったのでこの世界に来て初めての雨だ。
それでも俺はまだまだアイテムとゴールドが欲しかったので狩りを続けていく。
「雨がだいぶ降ってきたな。まあ、これだけ濡れたらもうどれだけ濡れても一緒だ。日没まであと少しだから最後の一踏ん張り頑張るぞ」
「はい」
ドラゴの返事がいつもとは違う。そんな違和感に気づきながらも俺は戦闘を続ける。
足元はぬかるみ、俺もドラゴもさっきまでよりダメージを受けてしまう。俺にいたっては、泥に足を取られて転んだりする始末。
そんな俺をかばって、ドラゴがモンスターの連続攻撃をくらう。
あたりが暗くなってきたせいか、遭遇するモンスターの数も確実に増えている。
ドラゴのモンスター探知能力をもってしても、完全にモンスターたちから逃げきることはできなくなっていった。また、戦っているうちに別のモンスターの群れに遭遇することもあり、戦闘は終わらなくなっていく。
さすがに、危機感を感じた俺はドラゴに指示を出したが、この時にはすでに遅かった。
「ドラゴ! 逃げるぞ! 上だ。空を飛んで逃げれば逃げきれる」
ドラゴが竜の翼を背中から出そうとするが、出てこない。
ドラゴの今の状態は大きなダメージを受け、疲れきっていて、空を飛ぶ以前の問題であった。
「ドラゴ! 大丈夫か! くそっ! このままじゃ!」
ドラゴがここまでダメージを受けていると全く気づかずに戦闘を続けていた俺は、俺自身を呪った。このままでは俺もドラゴも死んでしまう可能性が高い。
俺もなんとか踏ん張ろうとするが、強い雨で前があまり見えずモンスターの不意打ちを何度も食らってしまう。
ドラゴの髪と体は雨と泥でぐちゃぐちゃになっていて、顔は苦悶の表情を浮かべていた。それでも主人の俺を守るために命をかけて奮闘する。
その時、ドラゴが持っていた木の槍が折れる。手元からボッキリと折れ、モンスターはそれを逃さず地面に落ちた槍を完全に破壊してしまった。
こんな状態になってもドラゴは俺への攻撃を身を呈して受け、素手でモンスターに立ち向かっていく。
足元はおぼつかなく、KO寸前のボクサーのようにふらふらしている。それでもドラゴは自分の命を削って戦い続けた。
「もうやめろ! 逃げるしかない! 走るぞ!」
しかし、周りはモンスターに囲まれていて、明らかに逃げられる状況ではない。俺は完全に混乱していて戦闘能力や判断能力は皆無に等しかった。
ここで俺は最大の失策を犯す。なおもモンスターと戦闘を続けるドラゴの手を引き、一緒に走って逃げようとする。
だが、俺に手を引かれたドラゴは力なく地面に倒れこみ、複数のモンスターに襲われた。
ドラゴの背中や首から見たこともないような量の血が噴き出す。
「ご、しゅ、じんさ……」
ドラゴは最後の最後まで主人である俺のことを案じ続けてこと切れる。
その表情は妙に穏やかに見えた。光と魔方陣らしき模様が現れドラゴを消しさる。
「ドラゴおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
俺はその場にへたり込んでしまう。今度は俺にモンスターたちが襲いかかろうとしている。
その間、三秒もなかったはずだが、ある考えが俺の中に浮かんできた。
俺は死んでも生き返るようになっている。それはまず間違いない。
じゃあ召喚獣であるドラゴはどうなる?
召喚獣は死んでも主人さえ生きていれば一定時間経つと復活するらしい。ただし、主人が死ぬと召喚獣も死ぬとも言っていた。
この召喚獣のルールは、俺が『死んでも生き返る』というのと矛盾する。
俺が一度死ぬからその時点で有無を言わさず、主人が死ぬと召喚獣も死ぬというルールが適応されてドラゴは死んでしまうのか。
それとも俺は生き返るから主人が死んだことにならず、ドラゴも普通に復活することができるのか。
言葉をそのままの意味で捉えるなら、前者の可能性が非常に高い。後者の可能性があるとすれば、死後も俺の体にドラゴの魂が留まり続け、俺が生き返るのと共にドラゴも復活するといった感じだろう。
どちらにしても神のみぞ知るというやつだ。お願いしますからドラゴを殺さないでください。お願いします。お願いします。お願いします。
それが無理なら俺を生き返らせなくてもいいから、せめてドラゴだけでも生き返らせてくれ! 頼むから!
俺はそう祈りながら、ゴキッグチャドシュバリッという音と共に肉体や骨がバラバラに引き裂かれていく。
不思議なほど痛みは感じない。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。