第四話 召喚獣の魂
森をさまよっていると、大きなモンスターらしきものに出会ってしまう。
これがかわいい女の子モンスターだったらよかったのだが、ただの巨大でブサイクなネズミにしか見えない。
いや、むしろかわいい女の子モンスターだったら俺が死んでただろうから、こういういかにもモンスターって感じのやつの方がよかったか。
油断は禁物だ。なんてったってアイド……じゃなくて、こちらにはなんてったって魔法しか攻撃手段がない。そこらへんに落ちてる木の棒で殴ってもいいが、近づくだけでも正直怖いし、ダメージが入るかも怪しい。
スモールファイヤーをお見舞いする。体長五十センチほどもある巨大ネズミは炎に包まれながらピーピー鳴き声をあげて倒れた。
「あのーもしもしー。死んじゃいました?」
死んだか? 死んだよな?
次の瞬間、巨大ネズミはキラキラと怪しく光りながら消えていく。
初めてモンスターを倒したが、倒したあとに消滅したせいか、俺の精神が逝かれているせいか、不思議と生き物を殺してしまったという感覚はない。
よく見ると、そのモンスターの死骸があったはずの場所に、ぽつんと獣の皮みたいなものと布の袋が落ちていた。
危険を感じつつ、おもむろにその皮と袋に触れた瞬間、皮と袋が消えてしまう。
もしやと思い、例の本を出してアイテム欄を見てみると、
『ウィークラットの皮×1』
と、書かれてあった。
それに、一ページ目のステータスの欄を見るとLvが一から二に上がっていて、所持ゴールドも二十五ゴールドと表示されていた。
二十五ゴールドってどのくらいの価値なんだろうか。というかこのお金らしきものはどうやって取り出すんだろう。
そんなことを考えつつ、とりあえず所持ゴールドが書かれているところに触れてみる。
すると、
『いくら引き出しますか?』
というメッセージが、ゴールドが書かれているページの上の空きスペースに出てきた。親切にも、全額/半額/0という文字をそれぞれ押せばその金額を一瞬で選択可能で、金額を微調整したい時は各位を上下で数値変更できるシステムになっているようだ。
試しに全額引き出してみる。
すると、どさっと小さな布袋に入った銅硬貨が数十枚出てきた。ちゃんと数えてみると銅硬貨二十五枚である。
つまり銅硬貨一枚で一ゴールドらしい。
本から硬貨が袋付きで出てくるのにも多少驚いたが、ゴールドって単位なのに銅硬貨なことに違和感を覚えつつ、お金をしまおうとする。お金のしまい方がわからない……。
本の後ろの方に載っているFAQを読むとすぐに解決した。袋ごと硬貨を本の上に乗せて、「しまう」とか「収納」とか唱えればお金が本の中に消え、しっかり二十五ゴールドと表示されていた。別に袋がなく硬貨だけを乗せても、同じように本の中にしまうこともできるようだ。
ちなみに、アイテムを本の中に入れたい時も同じことをすればいいと書いてある。
モンスターがドロップした直後だけは触れるだけでいいらしい。
しかし、この本はどんな構造をしているんだろう。明らかに元いた世界には存在しない機能性である。
いろいろとこの便利な本の機能を覚えてくると、召喚獣を一人も出せないことがとても虚しくなってきた。
さっきからほとんど独り言しか言ってない。今はいいが、そのうち発狂するのではないだろうか。最悪、召喚獣を一人も持てなかったとしても、村か町に行ってみたい。
いつも一人で生きてきたと思っていた俺が、こんなに人恋しくなるとは思わなかった。
友達とか恋人とかいらねー。結婚とかするやつらはマジで理解できねー。とか思っていたが、真のぼっちになると近いうちに狂人になってしまうことがよく理解できる。
「あれ?」
本をよく見てみると白紙だったはずの表紙に何か文字が書いてあった。
『ソラはウィークラットを倒した
ウィークラットの皮と二十五ゴールドと竜人の魂を落とした』
どうやら本の表紙が状況説明の欄になっているらしい。
それにしても、前の二つは拾ったからいいとして、竜人の魂ってなんだ?
周辺を探索してみると、なにやら緑色の人魂みたいなものがさまよっていた。草木に紛れていて地味に見えにくい。
ちょっとビビりつつも触れてみる。それに触れたとたん眩しい光が地面から出てきた。地面には模様も書かれていて、この模様は魔方陣のようにも見える。
時間にしてわずか一、二秒くらいだったはずだが、とても長く感じられた。
光が消えると、俺の目の前にとんでもない美人さんが立っているではありませんか。ちなみに全裸ではない。俺と同じような粗末な服を着ていて靴もはいている。残念。
「もしかして……竜人?」
問いかけるつもりはなかったのだが、考えていたことがポロッと口に出てしまう。竜人の魂って書いてあったしな。
俺の問いかけに対して、女性にしては低く冷たい雰囲気をまとった声で、
「はい、そうです。ご主人様に召喚されたようですね」
もしやと思ったが、俺のところに……召喚獣が……キター!
実際に行動には出さないが、俺は心の中で空に向かって拳を突き上げていた。
てか、普通に日本語が通じてるみたいだな。この竜人も日本語を喋ってるし。
だが、次になんと声をかけていいのか見当もつかない。
そもそも俺は女の子に声をかけるのが苦手なのだ。特にかわいい子には無理。だって無視とかされたら傷つくじゃん。傷つくくらいなら最初から話しかけない方がいい。そうすれば最初から勝ってもいないし負けてもいない。
目の前の美人すぎる竜人さんはジッと俺のことを見つめている。見つめ合うと素直にお喋りできないシャイボーイな俺をこれ以上見つめないで。テレビに出ている芸人が「君キャワイイねー」とか言っていたが、あれはネタであって今この場面で言うと確実に失笑モノだろう。
この沈黙にしびれを切らしたのか、竜子ちゃん(仮)が話を始める。
「あの、何をしていいのかわからないのですが……。それとも自分で考えて行動しろということでしょうか?」
「いや、そういうことじゃない。ちょっとこの状況に頭がついていけなかっただけ」
「そうですか」
なんか呆れられてるし。今ので確実に俺の好感度下がったよ。もうだだ下がり。ソラ株ストップ安。
それにこの子、俺に対して冷たいし……。いや、クールビューティー系は俺のストライクゾーンど真ん中なんだけど、もうちょっとやさしくしてくれると助かるというか、ど真ん中すぎると逆にびっくりして打ち損じちゃうというか……。
情けないことに、また竜子ちゃん(仮)から話を振ってもらう。
「ご主人様とは初めてお会いするので、私に名前をつけていただけるとありがたいのですが」
「ああ、名前ね。名前……」
うーん、竜子(仮)はさすがにないとして、どうしよう……。何かわかりやすい名前がいいな。クールとか? いや、それもないか。
「私たちドラゴニュートは濁音から始まる名前が多いそうです。参考にしていただけたでしょうか」
「ドラゴニュート?」
「竜人族の別称です。ちなみにご主人様のような人間族の方はヒューマンとも呼ばれています。」
俺が人間ってことはこの子にはわかるんだな。俺はこの子が竜人族ってのがパッと見、全然わからないんだけど。何か見分け方があるんだろうか。
とにかく、名前は簡単な方がいい。竜人族がドラゴニュートって呼ばれてるのなら、
「じゃあ、君の名前はドラゴで」
「承知いたしました。私の名前はドラゴですね。ご主人様のことはどのようにお呼びしたらよろしいでしょうか?」
ドラゴなんて安直すぎやしないかと思ったが、意外にすんなりと受け入れてくれた。もしかして竜人族の間では割とポピュラーな名前なんだろうか。
俺の呼び方はご主人様だ。これは絶対に絶対に絶対。
「そのままでいいよ。よろしくドラゴ」
「こちらこそよろしくお願いいたします。ご主人様」
自然と握手をするが顔が真っ赤になってしまう。女の子と握手したのっていつぶりだったっけ。しかも超絶美人だし役得というものだ。
神様ありがとう。最初、召喚獣が一人もいない時は死ぬほど恨んでたけど、寛容な精神でチャラにしてやる。
もしかしたら、初めてモンスターを倒したら召喚獣が貰えるシステムだったのかもな。
「ところでドラゴはどんなことができるの? モンスターとか倒せる?」
「もちろんモンスター討伐は行えます。私の得意武器はスピアです。槍ですね。用意していただけると戦闘もはかどるかと思います。」
「他に何かある?」
「竜人用の防具も用意していただけると嬉しいです。私たち竜人は空を飛べるのですが、その時に背中から翼が出せるような防具でないと、空を飛ぶことすらままなりません」
「空を飛べるの?」
「はい。あと、人の姿から竜の姿へと変身することもできます。それに、竜の姿の方が大きいので、たくさんの人を乗せて空を飛ぶことができます」
槍の使い手で、空を飛べて、竜に変身もできる。
最高やん! 素敵やん! そういうのってめっちゃ素敵やん!
脳内で叫んでいた変なことを思わず口走りそうになったが、すんでのところでとどまった。
「じゃあ、俺を乗せて一番近くの村か町に連れていって」
「承知いたしました」
そう言うと、ドラゴは自分の身長の何倍も大きい翼を背中から出し、俺を連れて飛んでいく。ドラゴの手を握っているので若干緊張する。ドラゴの腕は痛くないのだろうか。俺の腕や肩は不思議と痛くない。
人生で初めて空を飛んだので怖さもあったが、それ以上に感動が大きかった。
風が地上の景色を絵画のようにしていく感覚が脳の中に広がって、脳汁が出てきそうである。
ジェットコースターは嫌いだが、この怖気持ちいい感覚は嫌いではない。
もちろん一緒に遊園地に行く友達や彼女などいたことがないし、親も連れていってくれなかったので一人遊園地での話である。もう二度と行かないと心に決めている。
過去のトラウマを思い出していると、
「着きました。村です」




