第三十八話 ジェニファーに過ぎたるもの
外は曇っていて、森へ着くと俺はとりあえずミレーヌに謝った。
「悪かったな。税金を払わないで済むチャンスだったのに」
「いや、別にそれはいいけど、あの人の話断っちゃってよかったの?」
「正直、まずいかもしれないな。俺らのことをよく調べられてたし。最後に、お前らのことはなんでもお見通しだからな、って脅されたからな」
ミレーヌの顔が険しい表情になる。
「やっぱあれって脅しだったんだ……。せっかくタラシアに来たのに、もう出ていかなきゃいけないのかな?」
「まあ、あいつにどのくらいの権力があるのかは知らんが、実質的にタラシア都市に喧嘩売ったようなもんだからそうなるかもしれないな。さすがに昨日の今日で何かしてくるとも思えないけど、向こうからしたら、俺みたいな人間が敵に回るくらいなら殺してしまった方がマシだと考えるかもしれない。まあ俺は死なないんだが」
「あの……、失礼な質問かもしれませんが、なぜご主人様はお断りになられたのでしょうか? 都市に仕えるのは大変名誉なことだと聞いております。それに待遇も悪いものには見えませんでした」
ドラゴが俺に質問してくる。
まあ、当然の疑問だわな。
「まず、まずいのは俺の秘密が露見することだ。全ては把握されてなかったが、そのうち暴かれる可能性も高い。俺が時魔法を使えて、セリアンが召喚獣だってことがバレてなかったのが奇跡的なほどの情報収集力だったしな。それに、俺は戦争に巻き込まれたくない。戦争ってことは人を殺さなくちゃならないだろうし、そんなことはしたくない。ジェニファーの口ぶりじゃ、事務要員じゃなくて戦争要員として俺を雇おうとしてるみたいだったしな。最後に、俺はなんとなくあいつが気に入らない。この三つの理由から俺は断った」
「ご主人様の決断が間違ったものだとは思えませんので、私も賛同いたしますが、今後ご主人様のお噂が他の都市にも伝播すると、この国で安全に住める場所がなくなってしまいそうで……」
ドラゴが心配してくれる。大丈夫だ、俺はドラゴたちがいる限りどこでも生きていける。
そして、ミレーヌが謝ってくる。
「元はといえばあたしがソラの噂を広めたのが原因なのよね……。ごめん」
「いや、遅かれ早かれ俺のことは知られてただろうから、ミレーヌのせいじゃないし、気に病む必要はない。それより今後どうするかだ。とりあえず今日は適当にモンスターと戦って早めに帰るか!」
なんか、かなり暗い雰囲気だったので、無理矢理にでもテンションを上げてその場の雰囲気を和ませる努力をする。
学生時代、教室の後ろの方でテンションを上げてギャーギャー騒いでたやつらをうるさいとしか思ってなかったけど、あいつらはあいつらで自分の周りをいい雰囲気にしようとしてた結果、あういう風な感じだったのかもしれないな、とちょっと思う。
みんなも俺の意図を感じ取ってくれたのか、とりあえずは今日あった出来事に触れないようにしてくれた。
結果的に狩りはあまり捗らなかったが、今日の宿代分は稼げたのでよしとしよう。
ちょっと道具屋に寄り道する。看板はクリスタルのマークだ。
そのあと、いつもの宿に戻ると宿屋の主人から妙なことを言われた。
「あの……、いつものお部屋は空いているはずなのですけど……、ジェニファー・スチュアート様がいらしてまして、サン様の許可は得てるからサン様がいつも泊まる部屋に通すように言われまして……。宿代もスチュアート様からいただきましたし、スチュアート様を無下にするわけにもいかないので……」
要は、ジェニファーが俺の部屋に乗り込んできて、今、俺の部屋にいるらしい。当然、そんな許可をした覚えは全くない。
部屋のドアを開けるとたしかにジェニファーがいた。しかも、椅子に座って紅茶を飲んでいて無駄にくつろいでいる。
「やあ、待ってたよソラ君」
「やあ、じゃねーよ! 何、勝手に人の部屋に入ってんだ」
「ここは宿屋だよ。金さえ払えば誰の部屋にでもなる」
「お前が払った宿代は返すからとっとと帰れ」
「返さなくていいから、自分と話をしてもらえないかな? 何もここに泊まるつもりはないよ」
「話すことは何もない。そもそも今日の朝断ったのに、夜に来るってどういう神経してんだお前は」
俺の言葉を無視して、ジェニファーが俺らをベッドなどに座らせて話を始める。
「まあまあ、そんなところに立ってないでとりあえず座りなよ。紅茶でいいかな?」
「紅茶なんていらないから、早く本題に入って帰れ」
「ふふっ、相変わらずせっかちなんだね君は。ただ、君に言い残したことが結構あったからここに来たのだよ」
こいつのマイペースっぷりは相変わらずだな……。しかも、言い残したことってなんだ? 俺を部下にしたい、その待遇はこうだ、ってことは聞いたはずだが、それ以外にも何かあるのか?
ジェニファーはさらに話を進める。
「まず、ソラ君に提示した条件についてだが、家と税金のことは別にして、毎月の給金は自分と同額だ。部下と言ったが、そういう意味では上下関係はないといってもいい」
「部下の給料は自分の給料から払うみたいなことを言ってたよな。自分の給料を半分にしてでも俺に部下になってほしいってことか」
「そういうことだね。自分はそれだけ君のことを買っている」
似たような逸話を戦国時代の武将の話で聞いたことがあるが、会って間もない俺をそこまで評価してたのか。部下になる気はないが、悪い気はしない。
「で、他には?」
「基本的に君にしてもらう仕事は、緊急時に出動して外敵を打ち払ってもらうことだけだ。他の時間は自由に過ごしてもらっていい。ただ、いつでも連絡が取れるように行き先は自分に伝えておいてもらうが」
「緊急時以外はいつものようにモンスターを倒しに森に行っていいってことか」
毎日の宿代を払わずに済んで、モンスターと戦うことでゴールドも稼げるとなると、今より相当なゴールドが溜まるな。
「そのとおり。しかし、これだけは言っておきたいのだが、君はモンスター狩りに向いていない。いや、君というか魔法使い、中でも魔導師はモンスター狩りに行っても、その力を存分に発揮できない」
まあ、たしかに俺はいらない子と化している感じはする。極端な話、ドラゴさえいればモンスターなんてなんとかなりそうだからな。
「腹立つ話だが、当たってるだけに言い返せないのがなんかもやもやするな」
「ソラ君はもうミディアムファイヤーやミディアムソイルは使えるかね?」
「なんだそれ?」
「スモールファイヤーやスモールソイルの上位魔法だよ。まだ使えないのか。まあじきに使えるようになるだろうから構わないが。とにかく、それを使えるようになった時に、自分が君に言った言葉の意味がわかるはずだ。君は戦争向きなのだよ。君は君の力を百パーセント活かせる職についた方が、君にとっても周りの人間にとっても有益だ」
周りの人間にとっても……か。
いや、騙されるな俺。
ジェニファーはドラゴと俺を見ながら話を続ける。
「一対一で絶対的な強さを誇る者も、一対千になるとほぼ確実に敗北する。逆に一対一では大した強さでない者も、一対千になると無類の強さを見せることもある」
前者がドラゴで、後者が俺って言いたいのか? いくらなんでも買いかぶりすぎだ。
「話はそれだけか?」
「ああ、これで全部かな。部下になる気がなくても、うちに遊びに来るといいよ。ソラ君なら大歓迎だ」
そう言って紅茶を飲み干し部屋を出ていくジェニファー。
五人全員でジェニファーの話を聞いていたので、皆それぞれ物思いにふけったような顔をしている。
テーブルの上には空になった取っ手のついていないティーカップが残されていた。




