第二十五話 昼食
タラシア都市はロレム町から一番近い都市といってもかなり遠く、ドラゴのためにも一時休憩することにした。腹も減ったしな。
ミレーヌが持ってきたパンと野菜をみんなで食べる。味気ないが携帯食なので贅沢も言えない。
しかし、大したことない食べ物でも、みんなで食べればなかなか楽しいものだ。食事も一種の娯楽みたいなもんだしな。生野菜だって元いた世界では全く食べることができなかったが、今では普通に食べることができている。
元いた世界では、さすがに便所飯はしなかったが、昼休みになると空き教室にこっそり入って、いつも一人で昼食を摂っていたことが思いだされる。あれはあれで他人に気を使わなくていいから楽でいいんだけどね。ぼっちの負け惜しみじゃなくて一人が気楽なだけだ。
周りを見ていると、ドラゴはいつもどおり上品に食べていた。
俺の視線に気づいて質問してくる。
「御用でしょうか、ご主人様」
「いや、こうやって大人数で食事してると楽しいんだなって思ってな。それに一人ひとり食べ方も違うし」
ミレーヌはエルフに似合わずパクパク食べている。おそらく鍛冶の合間に食事を摂っていた癖が抜けないのだろう。
カザはムシャムシャ豪快に食べていた。ドワーフらしい食べ方だ。いや、ドワーフらしいってなんだよって話でもあるが。
セリアンはなんだか落ち着かないようだ。シルバーウルフはこういう食事に慣れていないんだろうか。ウルフってだけあって、多分肉が主食なんだろうしな。
そうやってセリアンを眺めていると、珍しくセリアンが俺に話しかけてきた。
「主は大勢で食事をするのが好きなんだな」
「まあ、好きというか、こういう機会も初めてだし、ただ適当に思ったことを言っただけ」
「主と召喚獣は別々に食事をするものだと思っていたが、うちの見解が間違っていたらしい。それとも主たちが特別なのか」
「よそのことは知らんが、俺はいつもドラゴと一緒に食べてたぞ。ミレーヌのところもそうなんじゃないの。そもそも、よそはよそ、うちはうち、って言葉を知らんのか」
「あたしとカザはいろいろかな。あたしが仕事で忙しい時は一人で食べることもあったし」
「そういえば、主とミレーヌはどういう知り合いなんだ?」
どういう知り合いだっけ? むしろ俺が聞きたい。
「昨日、あたしが払えなかった税金をソラに肩代わりしてもらったのよ。そのせいであたしはソラに無理矢理てごめにされて……よよよ……」
おいこのアマ、嘘をつくな。
それに、あの金は税金を肩代わりしてやった金じゃなくて、ミレーヌの金だ。べ、別にミレーヌのためじゃないんだからね!
とかなんとか、脳内で中途半端なツンデレをしていると、そこそこ仲良くなれたはずのセリアンから、また酷い言葉を浴びせられる。
「女を金で買う鬼畜にも劣るゴミは早く焼却処分してしまわないと」
「買ってねーよ! ミノタウロスを倒したクエスト報酬を分けただけだ。それでそのあと、冒険して金を稼ぎたいからって、こいつらが俺らについてきたんだよ」
「どこの誰が、腐乱死体以下の存在の言うことを信じるとでも? 臭いから口を開くな」
完全にセリアンからの信用度ゼロですがな。
助けてください! 助けてください……と、異世界の中心で叫ぶ。
信用をなくした人間は何を言っても信じてもらえない。
小学生の時に、俺は給食費を盗んでないのに、クラスメイトのみならず、教師からも疑いを持たれたことを思い出した。うぅ、ちょっと思い出しただけで吐きそう。
結局、給食費がなくなったこと自体がただの勘違いだったし、みんな完全に俺を疑ってたのに、犯人じゃないとわかったとたん、自分は疑ってません的な態度をとってきやがった。こうして怒りをどこにもぶつけることができない、哀れな冤罪被害者が増えていくのだ。
なんか無駄に重い話になってしまったが、普通にミレーヌがセリアンの誤解を解けば済む話だろうが!
「セリちゃん、ちょっと冗談を言ってみただけよ。ソラが言ってることが本当。真に受けちゃったならごめんなさい」
「そう。冗談に気づかなかったうちも悪いからおあいこで。ごめんなさい」
お前ら、謝る相手が違うんじゃないのか? ここに一番傷ついた人間がいるんですけど。半分くらいは自傷行為だった気もするが。
「主が本当に人買いをするような人間なら、うちは死ぬまで召喚されない方がマシ。そんなやつは召喚獣を奴隷のように扱うだろうしね」
ちょっと前の話を思いだしてしまうが、別に俺はドラゴを奴隷のように扱っていたわけではない。欲の皮がつっぱって引き際を見誤っただけだ。もちろん、今後あのようなことが起こらないように反省と気遣いはしてます。
「そんな酷いことなんてしねーから」
「最初はドラゴを虐待して従順にさせてるのかと思ってたけど、そうじゃないみたいだし」
セリアンめ、そんなことを考えてやがったのか。態度が急変したのもそういう理由からか。
でも、この世の中には、そういうやつも少なからずいるんだろうな。実際そういうのがあったとしても、胸糞悪い話だから聞きたくもない。
召喚獣の主人は自分の召喚獣がどこにいても、好きに消したり出したりすることができる。それは召喚獣がどこに逃げても、主人がすぐに手元に戻すことができるということだ。
それに、ドラゴ曰く、消えている間は眠っているような起きているような感覚がずっと続いて、空間や時間の感覚もわからないような状態らしい。
しかも、召喚獣は主人を殺すと自分も死んでしまう。
そう考えると、召喚獣は主人次第で自由を完全に奪われる。自由という名の檻と偉い人は言ったらしいが、どうあがいても不自由な人間よりはマシだ。
とにかく、そんな恐ろしい立場で召喚獣が主人を疑い恐れるのは当然なのかもしれない。
あれ? でもセリアンって、最初から俺に対して反抗的というか、むしろ罵倒してなかったっけ?
「もし、俺がそういう人間だったらどうしてたんだよ」
「主を殺してた。でも、そうなったらドラゴも死んじゃうから、うちだけ一生召喚されないように反抗するか、虐待され続けてたかでしょうね」
「しれっと恐ろしいことを言うんだな……。主人が怖くないのか?」
「怖くない。うちの考えは何をされても変わらないし、死ぬことだって怖くない」
「セリアンの意思は尊重するが、モンスターと戦闘する時に死んでもいいなんて考えで絶対に戦うなよ。いくら召喚獣が生き返れるからって死なれるのは困るぞ」
すると、今まで黙っていたカザが口を開く。
「あの、大事なお話なんでしょうけど、食事中にそういうお話は止めませんか? ボクたち召喚獣はありのままを受け入れるしかないのです。そして、ボクたちはいい召喚者に恵まれました。それでいいのではないでしょうか」
カザの言うとおりだな。ドラゴもミレーヌもセリアンもうなずいていた。こんな話を続けてたら飯もまずくなる。もうみんな食い終わってるけど。
てか、カザはボクっ子だったのか。今初めて知ったわ。
「食事中に辛気臭い話をして悪かったな。もう十分休めたからそろそろ行くか。ドラゴ、頼んだ」
「承知いたしました」
なんかおなじみのこのセリフをずいぶん久しぶりに聞いた気がする。
と、思うとなんだか笑えてきた。
ミレーヌとセリアンに気味悪がられる。
「なんでもねーよ。ただの思い出し笑いだ」
再び五人でタラシア都市へと向かう。ドラゴによると今日の夜には着くらしい。逆に言えば、今日の夜までずっと空中散歩だ。気持ちいいし、ドラゴのおかげか、つかまってるだけの俺はなぜか疲れないからいいんだけど。
飛んでいるドラゴにそのことを聞いてみると、揚力がどうとか、吸引力がどうとかよくわからないことを言われたが、とにかく乗ってる人間はひっついているだけだから疲れない的なことを言っていたように思う。まあ、魔法があるような世界でそういう理屈を考えるだけ無駄だな。




