第十八話 ミノタウロス討伐戦
四人全員にステータス上昇の魔法をかけてから、四人で階段を降りていく。ミレーヌに怪訝な表情をされたが、そういうアイテムだと言い張った。
先頭はドラゴだ。
階段を降りた先にはやはりミノタウロスがいた。薄暗くてはっきりとは見えないが、今までに見たどのモンスターよりもはるかにでかい。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
耳が痛くなるほどの雄叫びを上げている。すでに臨戦態勢のようだ。最初から期待はしてなかったが、奇襲は無理か。
ドラゴが素早く間合いを詰め、ミノタウロスのすねを攻撃する。足は切断できなかったが、十分なダメージを与えたようだ。それとほぼ同時に、ミノタウロスの斧がドラゴの脳天めがけて振り下ろされる。ミノタウロスの斧は両手持ちの片刃斧であった。
だが、ドラゴは体をひねりながら横にステップを踏んで華麗に攻撃を回避する。
これはドラゴ一人でもいけるんじゃないのか? と思った瞬間、ミレーヌとカザもミノタウロスのところへ向かう。
馬鹿っ! お前らが行くと危険が増えるだろうが。
「スモールライト!」
俺はミノタウロスの動きを封じるために光魔法を放つ。こちらを向いているのはミノタウロスだけなので、三人の目が潰れることはない。
しかし、洞窟内は明るくなったが、ミノタウロスに状態異常らしきものは起こっていない。
ボスに状態異常は効かないのか。それともミノタウロスに暗闇/混乱の耐性があるのか。どちらにせよ、この魔法は使えない。試しにもう一度使ってみてもいいが、おそらく無意味だろう。それに、すでに結構MPを消費しているこのギリギリの場面で無駄にMPを消費したくない。
ミノタウロスは直接攻撃してくるドラゴ、ミレーヌ、カザの三人を相手にするのがやっとで、少し離れた場所にいる俺には攻撃を仕掛けてこない。絶対とは言い切れないが、おそらくミノタウロスは遠距離攻撃や魔法攻撃ができないのだろう。
三角形のような陣形でミノタウロスを囲んでいる三人であったが、カザが大きく吹っ飛ばされる。死んではいないようだが、相当なダメージを受けているようだ。
俺も三人がミノタウロスから距離をとった時に、スモールファイヤーやスモールソイルで攻撃していたが、ミノタウロスはなかなか倒れない。
前衛の陣形が崩れて、ドラゴはミレーヌを守るために防戦一方になっていた。
このままではミノタウロスのHPを俺の魔法でしか削ることができずジリ貧である。
それに俺の体感だが、おそらくそろそろ十分経ってしまう。もう、ワープで逃げるべきか。
幸い、今の俺の位置なら四人全員半径十メートル以内にはゆうに入っている。
もし、ステータス上昇の効果が切れると、確実に今より状況は悪化するだろう。
俺がそんなことを考えていた時、ドラゴにミノタウロスの斧が振り下ろされる。ドラゴは簡単に左側に避けるが、よく見ると、ミノタウロスは刃の付いている部分ではなく、片刃斧の背中の部分で攻撃していた。
――カンッ、という音が洞窟内に響く。その反動を利用して右側にいたミレーヌにミノタウロスの斧が襲いかかる。
俺はとっさに叫んだ。
「ワープ!」
無事、全員洞窟の外に出る。間一髪だった。
もう、十分くらい経ちそうだからワープしようかな、と考えていなかったらとっさに出なかったかもしれない。当然だが、モンスターはワープの対象外である。
しかし、死ぬほど安心した……。と、同時に怒りがこみ上げてくる。
「お前ら二人は町に帰ってろ。足手まといだ。薬草が足りないならくれてやる。洞窟へは俺とドラゴで行く。」
そう吐き捨てて、ミレーヌとカザを置き去りにし、再び洞窟の中へ入っていく。カザは傷を負っていたが、ミレーヌはほぼ無傷だったので、無事町に帰るくらいはできるはずだ。
洞窟に入って十数メートルの間のモンスターは、全てドラゴが倒してくれた。おかげで尽きかけていたMPも、自然回復によってそれなりに回復する。
突然、ドラゴが深々と頭を下げて俺に謝罪をした。
「ミレーヌ様をお守りすることができず、申し訳ありませんでした。私はご主人様の召喚獣失格でございます」
目にはうっすらと涙を浮かべている。
「いや、ドラゴは全然悪くない。俺の召喚獣失格でもない。別に誰が悪いって話でもない。ただ、あいつらが戦闘で弱かっただけの話だ。それに、ミレーヌだけじゃなく、誰一人死ななかっただけでも不幸中の幸いだったしな。とりあえず、あのミノタウロスを倒さなくちゃならん」
実際、最悪のケースは免れて、想定していた中で二番目に良い結果だった。それに、まだミノタウロスが倒せないと決まったわけでもない。
結構進んだところで周りに人がいないことを音で確認し、ワープを使い洞窟最深部へと着いた。
これでここに来るのは三度目だ。
MPも残り少ないので、ステータス上昇系の魔法の使用は最小限に留めておく。MPが完全回復するまで待ってもよかったが、かなり時間がかかりそうだし、倒すのが無理そうならまたワープで逃げればいい。
階段を降りるとミノタウロスがいた。
しかし、今度はさっきのように吠えてこない。ドラゴが攻撃を仕掛けるとミノタウロスに直撃する。
今までの戦闘のダメージが残っているのだろうか。ミノタウロスはかなり緩慢な動きであった。さっきの頭脳的な攻撃は苦肉の策だったのかもしれない。
ドラゴと俺の攻撃であっけなく倒れるミノタウロス。
ミノタウロスはミノタウロスの斧とミノタウロスの肉とゴールドを落とした。略してミノ斧とミノ肉。全て本にしまう。
ワープを使って町の外あたりに行ってもよかったのだが、もしやと思い、ワープで洞窟の外へ出ると、まだミレーヌとカザがそこにはいた。
「俺は町に帰れって言ったはずだが?」
「ごめんなさい……。あたしたちのせいでソラたちの戦闘の邪魔をしてしまって……」
なんか謝られた。
しかも、さっきのドラゴ以上に涙を流している。
女の涙にはとことん弱いのが男だ。それに、これが嘘泣きって可能性もないだろう。しかし、二人連続で女に泣かれるのは気分がよくない。
「とりあえず泣き止め? な?」
こっちが気を使う始末である。
「あたし、お金を貯めなくちゃいけなくて……、ソラたちについていけばたくさん稼げると思って……、ソラたちを利用しようとして……、足手まといになって……、カザを傷つけて……、ソラたちに迷惑をかけて……、ソラたちに嫌われて――」
泣きながら話すから、なんて言ってるのか聞き取りづらいし、言葉を吐き出してるだけって感じで、まともな日本語にさえなってない……。
俺が黙っていると、ドラゴが話し始めた。
「ご主人様はミレーヌ様のことをお嫌いになってはおりません。むしろ、その身を案じておられました」
俺も口を開く。こいつは数日前の俺と同じだ。
「俺もお前と同じように欲に目が眩んでドラゴを傷つけたことがあった。死ぬほど後悔してる。だが、そう思ったなら次からはそうならないようにすればいい。俺たちは死ななければ次がある。何度転んでも死ななければ次がある」
ドラゴや俺の言葉を聞いてミレーヌはさらに泣いていたが、少しの間そっとしておいてやるとやっと泣き止んだ。




