第十二話 処女ビッチ
武器屋を出て町の外の方へ向かう。
町の中を歩いていると、金髪のめちゃくちゃかわいい女の子から声をかけられた。
……ドラゴが……。
くそっ、俺に声かけろよ! いや、かけられても困るけど。
「あなた、槍使いね。森に向かうみたいだけど、私たちと一緒に行かない?」
「………………」
ドラゴは黙りこくって女のことを無視している。
「ちょっと無視しないでよ! そっちの召喚獣も連れていくんでしょ。四人で戦った方が効率いいって」
俺は召喚獣扱いされていた。ということはドラゴが主人だと思っているのか。イラッ。まあ、こんなでかい槍を持ってたら無理もないか。でもイラッとしちゃったぞ。
「俺は召喚獣じゃないんだけど」
「うそっ! どう見てもあんたが召喚獣でこの子が召喚者じゃない!」
声がでかくてうるさい女だ。しかも失礼極まりない。見た目もビッチっぽくて、清楚で従順なうちのドラゴとは大違いだな。
まあ、顔がかわいいから許してやる。かわいいは正義だ。よかったなかわいく生まれてきて。ご両親に感謝するんだぞ。かわいくなければ、お前は今ごろドラゴの槍の錆になっていただろう。
この手の女と関わるとろくなことがないのは元いた世界で経験済みだ。かわいくて性格が悪い女は遠くから眺めるに限る。「えー、あいつマジキモイんですけど~ギャハハ~」とか普段から言っているに違いない。
早くこの場から立ち去りたいのに、ビッチ女はまだなんか喚いている。
「召喚者であるあんたがなんにも武器を持ってなくて、なんで召喚獣のこの子がこの槍を持ってるのよ」
「こんなところで無駄話してないで、俺たちは森へ行きたいんだが……。そもそもなんで俺らに絡んでくるんだよ……」
すると、今まで全く喋っていなかったビッチ女の召喚獣らしき小さい女がいきなり喋りだす。小人のようでかわいい。断っておくが決して俺はロリコンではない。むしろ、お姉さん好きで巨乳好きだ。
「お嬢様は美男美女の2人組がいたのでお声をかけられたのです」
「ちょ、ちょっ待てよ!」
失礼なビッチ女は、動揺してどこぞのイケメンみたいなセリフを吐いていた。相変わらず声がでかい。
それにしても美女はわかるが、美男……だと……。俺も昔は自分のことをイケメンだと思っていたが、女に縁のない生活を送っているうちに、俺はイケメンじゃないんだという現実を受け入れるしかなかった。
俺はやっぱりイケメンだったのか……。どうりで風呂あがりの俺はイケメンに見えると思った。鏡に映る自分ってフォトショップばりに脳内補正がかかってるらしいね。特に風呂場とか洗面台とかの暗い場所だとなおさら補正が酷いらしいよ。
「ふふっ……イケメン……」
「気持ち悪。なんかブツブツつぶやいてるし……。とにかくあたしの質問に答えて」
「質問ってなんだっけ? ……ああ、俺が武器を持っていない理由か。いろいろあるが、一番の理由は俺が魔導師だからだな」
「魔導師……? 魔法使いでもあんまり見ないのに、魔導師なんて見たことないわ。どうせ嘘でしょ。だいたい魔導師なら普通、杖を持ってるはず」
魔法使いはこの世界ではレアらしい。さらに魔導師ってのはもっとレアみたいだ。安易に職業を名乗ったのは失敗だったかもしれない。
ちょっとはったりでも効かせてみよう。魔導師っぽく、手のひらを相手に向けたかっこよさげなポーズをとって、
「魔導師に杖なんていらねーんだよ。殺すぞ。証拠も残さないように跡形もなく消し去ってやろうか」
完全に嘘丸出しなんだが、ビッチ女は顔面蒼白で小刻みに震えていて、ビッチ女の小さい召喚獣は臨戦態勢に入っていた。
こちらのドラゴもすぐにでも戦闘に入れそうな雰囲気だ。
「わかったわよ! 信じる! 信じるから止めて! 殺さないで!」
「冗談だよ。ばーかばーか」
ビッチ女の目が点になって、召喚獣二人の警戒が解かれる。
ビッチ女はまた小刻みに震えていたが、今度の震えは恐怖ではなく怒りだろう。
さすがに悪いので本当のことを話す。
それにしても俺って少年の心を忘れてないなー。少年というか幼稚園児だが。
「まあ、俺が魔導師で魔法を使えるのは本当だ。杖がないのは貧乏で高い杖を買えないだけ。俺の装備よりこっちのドラゴの装備の方が大切だからな」
「信用出来ない! それに自分より召喚獣の装備を充実させるなんて、召喚者としてどうなの。やさしいのかもしれないけどさ……」
え? なんだって? 最後の方が聞こえなかった。
なーんてことはなく、ちゃんと聞こえていたが、ドラゴの装備を優先させているのは別にやさしさからではない。
元々ゴールドの多くはドラゴの稼ぎだし、俺の魔力を上げるよりもドラゴの攻撃力を上げた方が確実に戦闘での効率がいい。ただそれだけだ。金があるなら俺も立派な杖を欲しいけどね。あと、防具もほしい。ああ……それにしても金がほしいっ……。
そんなことを考えていると、ドラゴがビッチ女たちに聞こえないように耳打ちしてきた。
顔が近い顔が近い。耳に息がかかるし、豊満な胸が腕にぼよんぼよん当たるー。
そして、ほのかに水仙の香りがする。あのことを思いだして俺は顔が赤くなった。
「ご主人様、この方たちと一緒にモンスターと戦うおつもりなのでしょうか?」
最初はそんな気はさらさらなかったが、なんか面白いおもちゃみたいだからちょっと欲しくなってきた感じはある。
「どうしようか悩んでる感じだな」
「もし、ご主人様の魔法の秘密が露見するとまずいと思われますが」
たしかに、この女は口が軽そうだし、全種類の魔法が使えるってのがバレたらいろいろと面倒なことになりそうだな。止めておくか。
「じゃあ俺たちはこれで、じゃあな! あばよ!」
「ちょっと待ちなさいよ! あんたの魔法をまだ見てないでしょうが。それに二人より四人の方が絶対効率いいって」
めんどくせーやつに捕まったもんだ。俺、渾身のパクリギャグにツッコミもしないし。
まあ、ツッコミがないのは当然だからいいとして、こんな時は罵倒するに限る。罵倒すればたいていの人間は引くからな。精神的にも物理的にも。
「うるせーよ、ビッチ女。家に帰ってばあさんの作ったとうもろこしのカスでも食ってろ」
ちょっとアメリカンチックに罵倒してみました。たしか、アメリカ人の罵倒ってこんな感じだったはず。映画の見すぎか? てかビッチとか通じるんだろうか。
その俺の言葉に対して、なぜか、ビッチ女の小さい召喚獣が反論してくる。
「お嬢様はビッチではありません。処女です」
「な、何言ってんのよあんたは!」
顔を真っ赤にして自分の召喚獣を諌めるビッチ女。いや、ビッチ女ではなく処女。
そうか、こいつ処女ビッチだったか……。
処女にはやさしくなるのが男である。もちろん、※ただしかわいい子に限る、だが。
「そ、そうか……大変だなー。では、俺たちはこれで失礼しまーヴッ!」
振り返って立ち去ろうとしたら、おもいっきり肩をつかまれた。そりゃもうおもいっきり。
「待ちなさいよ」
ドラゴとはまた違う、ドスの利いた低い声で足止めされて、肩も凄く痛い。
その瞬間、ドラゴは俺の肩をつかんでいた処女ビッチの手をはたき上げ、その隣にいた小さな召喚獣の首筋に槍を刺す寸前で止めた。
「ただ話をしているだけなら私も動かぬつもりでしたが、ご主人様にこれ以上危害を加えるのであれば容赦はいたしません」
「やめろ! ドラゴ!」
ドラゴは俺の声で槍を小さい召喚獣の首筋から離す。
凍りつくその場。周りには何事かと野次馬が集まってくる。
「とりあえず逃げるぞ。お前らも」
「う、うん」
走ってその場から立ち去る俺とドラゴ。少し後ろにさっきの二人も何か話をしながら追走してきていた。
町の外に出た時には騒ぎからは完全に遠ざかることができたようだ。
「ドラゴ、やりすぎだ」
「申し訳ございませんでした」
「すまなかった。お前らを攻撃しようとは思ってなかったんだが……。ドラゴも謝る相手が違うだろ」
「お二人とも、この度は本当に申し訳ございませんでした」
ただ、冷静になって考えると、ドラゴの行動はもちろん褒められたものじゃないが、あの場所で延々と押し問答をしているよりは、町の外に出るきっかけを作ってくれたドラゴの行動が、結果的にはいい方向に働いた気がする。
「いや、あたしもちょっと熱くなっちゃって……」
むこうもしおらしく謝ってくるから、こいつらを無下にはできない状況に追い込まれてるような……。
「あれだけのことをされたのに、まだ俺たちと一緒にモンスターと戦うつもりか?」
「ええ、魔導師の魔法なんてそう見れるもんでもないしね。それになんかあんたたちに興味湧いてきたし」
どういう興味なのかは測りかねるが、とにかく四人でモンスター狩りを行うことになってしまった。
一応、名前くらいは聞いておくのが礼儀だろう。
「名前は? 俺はソラ・サン。あと、召喚獣のドラゴ」
「ドラゴ……。あたしはミレーヌ・スミスよ。こっちは召喚獣のカザ」
ん? ミレーヌ? なんかどっかで聞いたことある名前だな。
「その槍、あたしがつくったものよ」
「えええええええええ!」
このあと、さらに驚くことになるのだが、ミレーヌはエルフで、カザはドワーフらしい。俺の一般的な知識だと、普通ドワーフが鍛冶職人だと思うんだが、ミレーヌはエルフにして剣や槍、斧の生産を生業にしているそうだ。
この世界のことはよくわからんが、魔導師よりもエルフの鍛冶職人の方が珍しいんじゃないんだろうか。
あと、エルフってもうちょっとおとなしい感じじゃないの?
ちなみに、自分がつくった槍をドラゴが持っていたことが嬉しくて、俺たちに声をかけてしまったらしい。職人ってのはそういうもんなんだろうな。
俺も職人じゃないけど、自分で作ったゲームとか小説とか絵とかを褒められると嬉しいだろうし。まあ、褒められるどころか、完成したことすらないが。




