第十一話 ミレーヌ大身槍
ベッドから起きあがると、外では鳥が鳴いていた。いわゆる朝チュ……このくだりはもう前にやったからいいか。
ウケていないことを天丼するほど俺は落ちぶれちゃいない。
じゃあ今まで一度も笑いをとってないから天丼できないね。ってやかましいわ!
あれ? このショボいノリツッコミも前にやった気がする……。
あの夢に出てくる声だけのお姉さん、俺のことをずっと見てるのか。もしかしたら、俺以外の人間の行動や思考も把握してるのかもしれないな。
ドラゴの考えてることがわかればいいのに。いや、わからない方が幸せなのかもしれない。万が一、ドラゴが俺のことを憎んでいるのを知ったら俺は生きていけない。
俺は成人式をドタキャンしてしまったがために、この異世界に飛ばされたかわいそうな二十歳の男。友達がいないから成人式に行きづらかったんじゃない。ドタキャンだ。
この世界での名前はソラ・サン。だけど、喋る相手はドラゴくらいだから名前ではほとんど呼ばれていない。
死んでも生き返える、魔法を全て使える、召喚獣を複数持てる、というボーナスをもらっているのでそれなりに楽はできている。
ドラゴというのは俺の召喚獣で、竜人族のクールな美人さんである。しかもめちゃくちゃ強い。もう強すぎて俺の肉体が精神を凌駕するレベル。ゴリラ化しちゃう。
ちなみにドラゴという名前は、竜人族の別称ドラゴニュートというところからとった。
一昨日は欲に目が眩んで死んでしまい、昨日は一日中寝ていたので、今日こそはまともに冒険したい。
左手の親指と中指を素早く二回こすり合わせて本を出す。この行動が不思議な本を出す合図になっている。
この本には俺のステータスなどが書きこまれていて、お金やアイテムも収納できる便利な道具だ。この世界で俺以外の人間がこの本を持っているのは今のところ見たことがない。
まず、一ページ目に書いてあるステータスを確認する。HPもMPも全快だし、状態異常もない。ただ、職業が無職から魔導師になっている。はて? いつの間に俺は魔導師になったんだろう。てか、魔導師と魔法使いがどう違うのかもわからない。
レベルもめちゃくちゃ上がっていた。つい最近まで二だったのが十六に上がっている。
所持ゴールドを見てみると二千ゴールドくらい持っていた。一昨日の朝まで十ゴールドしか持っていなかったのだから、それからすると相当な金額になっているが、なんか少ない気がする。
たしか、少なくとも三千か四千ゴールドくらいは持っていたはずだが、死ぬと半分になるんだろうか。
まあ、俺はこれから死ぬほど危ないことはもうしないからどうでもいいな。
お金の価値は大体一ゴールド=百円くらいのはずである。つまり、元の世界換算で二十万円も持っていることになる。そう考えると割と金持ちかも。
次に、四ページ目の魔法の欄を見ると、魔法が何個も増えていた。レベルが上がったおかげかな?
さらに、六ページ目にある召喚獣の欄を見る。そこにはしっかり『ドラゴ』と書かれていた。
ドラゴは今、俺たちがいる部屋で何もせずにただ立っている。ドラゴの唯一の武器であった木の槍が破壊されて、やることがないんだろう。
「おはようドラゴ、ちょっと武器を買いに行くか」
「おはようございますご主人様。承知いたしました」
寝起きでかなり機嫌が悪いはずの俺だったが、本を読んでいるうちに脳も起きてきて、気分は上々になっていた。俺の寝起きが悪いことをドラゴも気づいているのかいないのか、俺が話しかけるまでは話しかけてこない。
急いで外に出る支度をする。といっても服はずっと同じのを着ているし、荷物は何も持っていないのだが。
階段を降りて、一階にいた神父に一言あいさつをしてから出ていく。この人には教会に二泊も泊めてもらって、質素ながら食事まで用意してもらい本当にお世話になった。
「おはようございます。二泊も泊めてもらってすみませんでした。今日からは自分で宿を借りて寝ますので、今までお世話になりました」
「おはようございます」
神父はあいさつをして微笑むだけで他には何も言わない。別に気にするなということだろうか。
宗教にはまる人たちの気持ちの一端がわかった気がする。自分が大変な時に助けてもらえると感謝するのが普通だ。それが信仰心につながっていくのかもしれない。
俺は無宗教を貫くけどな。なんなら俺が教祖様になるのもやぶさかではない。ちょうど幻術っぽい技も使えるし。ちゅからがわいてくりゅ~って叫べばいいんでしょ。いや、あれは教祖の部下だっけか。
教会の近くにある、剣の看板を掲げている武器屋に入っていく。前に滞在していたイニシウム村の武器屋と同じマークだ。フランチャイズ展開してるのかな?
中に入ると、
「いらっしゃい」
と、声をかけられる。個人経営のラーメン屋っぽい雰囲気だ。
俺は元いた世界で、寂れた個人経営の飲食店でよく食事を摂っていたのでこの雰囲気はありがたい。店の大将と仲良くなるまではいかないが、メニューとかについて時々聞いたりもしてたしな。
特に一人ラーメンはいい。一人焼肉とかに比べて圧倒的に敷居も低いし、ふらっと入った店が美味しかったら得した気分になれる。
店の中は前にイニシウム村にあった武器屋と同様に、壁や棚に武器がいっぱい並んでいた。こっちの店の方が広くて商品の置き方も綺麗かな。
まずは、ドラゴの得意武器である槍が置いてあるところへ向かう。
ゴールドは結構あるので、できればドラゴには丈夫でよく斬れる槍を買ってあげたい。そもそも俺が持ってるゴールドの多くは、ドラゴが倒したモンスターが落としたものだしね。
ひとえに槍といってもいろいろなものがあった。先端だけを見ても一直線なものや十字になっているものなどがあり、棒の部分が木や金属でできたものもある。長さもそれぞれ違い、めちゃくちゃ長いものから、身長の半分以下の長さしかないものまであった。
俺みたいな素人じゃどれがいいかわからないな。というか、槍が重すぎて選んでるだけで疲れる。
ドラゴにどれがいいか聞いてみよう。
「ドラゴ、ドラゴの装備を見てるんだけど、どれが一番良い槍なの?」
「あそこに飾られてある槍が、おそらくこの店で一番の槍だと思われます」
ドラゴが指さした先には二万三千ゴールドと書いてある、見るからに貴重そうな槍があった。
うん、それ無理。元いた世界換算で二百三十万円じゃねーか。この店、結構凄いのか?
「聞き方が悪かったな。予算二千ちょっとで買えるものの中でドラゴの手に一番合いそうな槍はどれだ?」
「それはこれですね」
次に指さしたのはミレーヌ大身槍と書かれたでかい槍であった。棒の部分は長いし、刃の部分もでかくて、すげえ重そう。値段は二千百ゴールド。
「なるほど。じゃあこれにするか」
「この槍をつくったミレーヌという人物の魂が込められているのが、はっきりとわかる素晴らしい一品です。槍頭もですが、柄にもしっかりとこだわりが見えます」
俺には魂とかこだわりとかは全然わからないけど、ドラゴがそう言うのなら間違いないのだろう。いい仕事してますね~って感じか。
ミレーヌってのが製作者の名前で、大身槍ってのが大きい槍って意味みたいだな多分。わざわざ武器に製作者の名前がつけられてるってことは、この町では有名な鍛冶職人なのかもしれない。
「ですが……」
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え。俺らのためになることなら、どんどん進言してくれって昨日話しただろ。」
「この槍を買ってしまっては、ご主人様の武器や防具を買うゴールドが少なくなってしまうのではないでしょうか?」
たしかに今の全所持ゴールドが二千ちょっとで、これを買ったら他の装備を買うゴールドが少なくなるどころか、他の装備はまず何も買えない。防具とか回復アイテムもまだ全く持ってないし、服もそろそろ買いたい。
でも、この期を逃すと、この槍が売れてしまって買い逃しちゃう可能性があるんだよなー。
他にも千ゴールドくらいで良い槍があるんだろうけど。どうしよう。どうするのよ俺。選択肢のカードをいろいろと見ていたが決めた。
ええい! 買っちゃえ!
「この槍を買おう。たしかにドラゴの言うことももっともだが、この槍は魅力的だ。ドラゴにも似合うだろう」
「さすが、ご主人様も私以上にこの槍に魂を感じていらっしゃるのですね。未熟な私のためにありがとうございます」
なんか俺が過大評価されてるけど、訂正するのもめんどくさいから別にいいや。それに褒められて悪い気はしない。俺は褒められて伸びる子。まあ、貶された記憶しかないんだが。
俺はドラゴに槍を持たせてカウンターでお金を払いに行く。
銀貨二十一枚の入った革袋を本から取り出して支払いを済ませる。ちなみに、銀貨一枚が百ゴールドで、本から銀貨を取り出そうとすると布袋ではなく革袋が出てくるみたいだ。
残金八十ゴールドなり~。この町の宿屋がいくらなのかは知らないが、おそらく一泊分くらいだろう。でも、どうせこれから稼ぎにいくのだから問題ない。




