第25話 鉄道が繋ぐ城下町 繋がった世界――鉄道が運んだもの
鉄道が、開通した。
国と国が、繋がった。
世界は、思ったより広かった。
■開通式
東の村の広場に、1000人のジュウベェが集まっていた。
さくやたちも、全員揃っている。広場の中央には大きなモニターが設置され、師匠の姿が映っている。湖畔のオフィスから、WEB会議で参加していた。
ヤマネコ2号が、静かに駅に停まっている。深緑色の車体が、朝日を浴びて輝いていた。半年かけて作った線路が、ついに湖畔と東の村を繋いだ。
一人のジュウベェが、壇上に立った。
「本日、鉄道が開通したにござる」
1000人のジュウベェが、静かに聞いている。
「拙者たち、ずっと森の奥で暮らしていたにござる」少し間を置いて、続けた。「外の世界を知らなかったにござる。村から出ることもなく、ただ暮らしていたにござる」
ジュウベェは、鉄道を見た。
「でも……今は、違うにござる」
「湖畔まで、一日で行けるにござる」
「外の世界を、知ることができるにござる」
「世界は……こんなに広かったにござる」
その言葉に、さくやたちは涙ぐんだ。閉じた世界から、開かれた世界へ。鉄道が、それを繋いだ。
モニターの向こうで、師匠が口を開いた。
「おめでとう」
それだけだった。
でも、その言葉の重みを、みんな知っていた。
■一日1本の運行
開通式の後、運行スケジュールが発表された。
「一日1本の運行にござる」
ジュウベェが説明する。
「朝、湖を出発。夕方、村に到着」
「翌朝、村を出発。夕方、湖に到着」
「一泊二日の旅にござる」
さくやたちは頷いた。往復で二日。でも、毎日走る。それが大事だった。
「じゃあ、明日から運行開始やな」
「うん」
「誰が最初に乗る?」
ジュウベェたちが、一斉に手を挙げた。
「拙者!」
「拙者も!」
「拙者も!」
全員が手を挙げている。
さくやたちは笑った。
「……じゃあ、50人ずつ交代で行こか」
「はい!」
1000人の返事が、広場に響いた。
■初めての湖
翌朝、ヤマネコ2号が出発した。
ジュウベェたち50人を乗せて、森を抜けていく。窓の外に流れる景色は、見慣れた森。でも、その先に何があるのか、誰も知らなかった。
「拙者、ドキドキするにござる」
「拙者も」
「湖は、どれくらい大きいにござるか?」
「さくや殿が、『めっちゃ大きい』と言っていたにござる」
「『めっちゃ』とは、どれくらいにござるか?」
「……分からないにござる」
そんな会話をしているうちに、森が開けた。
「……あ」
誰かが、小さく声を上げた。
目の前に、湖が広がっていた。
「……大きいにござる」
「こんなに大きな水があるとは……」
言葉を失うジュウベェたち。
さくやたちは、その様子を見て笑った。「初めて見る湖やもんな」「感動するよな」
ヤマネコ2号が湖畔の駅に到着した。夕方の光が、湖を照らしている。
■師匠との初対面
駅のホームに、一人の人間が立っていた。
師匠だった。
ジュウベェたちは、初めて人間を見た。さくやより大きい。でも、違和感はなかった。
師匠もまた、ジュウベェたちを見て、少し驚いた顔をした。でも、すぐに笑顔になった。
「……ようこそ」
師匠が言った。
「湖へ」
ジュウベェたちは、深く頭を下げた。
「初めまして、にござる」
「拙者、リトルジュウベェと申すにござる」
師匠は頷いた。
「師匠です」
「さくやたちの、師匠」
「……師匠、にござるか」
ジュウベェは、師匠を見つめた。
少し考え込んでから、真剣な顔で言った。
「拙者、理解したにござる」
「さくや殿は、拙者の師匠にござる」
「そして、師匠殿は、さくや殿の師匠にござる」
「ということは……」
ジュウベェは、深く頷いた。
「師匠殿は、拙者の師匠の師匠にござる」
「つまり、拙者の大師匠にござる!」
さくやたちが笑う。
「大師匠って何やねん」
「いや、正しいにござる」
ジュウベェは真剣だった。
「では、これより師匠殿を『大師匠殿』とお呼びするにござる」
「いや、普通に師匠でええで」
師匠も、少し笑った。
「師匠で、大丈夫です」
「……そうにござるか」
少し残念そうなジュウベェ。
「では、師匠殿とお呼びするにござる」
「よろしくお願いするにござる、師匠殿」
深く、深く頭を下げた。
師匠は笑った。
「よろしく」
■湖での二日間
ジュウベェたちは、翌朝の便で帰る予定だった。つまり、湖畔での滞在は一泊二日。
初日の夜は、オフィスの宿泊施設で過ごした。「窓から湖が見えるにござる」「夜の湖も、きれいにござるな」「拙者、明日も見たいにござる」
そして、二日目の早朝。
■早朝の稽古
夜明け前、湖畔の広場で音がした。
ジュウベェたちが、剣の稽古をしていた。
「えいっ!」
「やあっ!」
木刀を振る音が、静かな朝に響く。一人一人、真剣な顔で型を繰り返している。誰も手を抜かない。誰も声を出さない。ただ黙々と、剣を振る。
そのとき、一人のジュウベェが足を滑らせた。
「あっ」
バランスを崩して、転ぶ。
「……拙者、失敗したにござる」
刀を抜こうとする。
「切腹……」
「やめろ!」
周りのジュウベェたちが止める。
「転んだだけで切腹はないでござる!」
「だが、拙者……」
「誰でも転ぶでござる!」
「……そうにござるか?」
何事もなかったかのように、また稽古を始める。
その様子を、少し離れた場所から見ている人影があった。
師匠だった。
木の陰に立ち、静かに見守っている。ジュウベェたちは、気づいていない。ただ稽古に集中している。
師匠は、何も言わなかった。ただ見ているだけだった。
朝日が昇り始める。湖が、オレンジ色に染まっていく。
ジュウベェたちの稽古が、終わった。
「……終わりにござる」
「お疲れ様にござる」
全員が深呼吸をして、汗を拭う。
そのとき、一人のジュウベェが気づいた。
「……師匠殿?」
振り返ると、師匠が立っていた。
「あ……」
ジュウベェたちは、慌てて頭を下げた。
「申し訳ないにござる!お騒がせしたにござる!」
師匠は、少し笑った。
「いえ」
「早朝から、お疲れ様」
その言葉に、ジュウベェたちは顔を上げた。
「……ありがたき幸せにござる」
ジュウベェたちは、深く、深く頭を下げた。
師匠は、何も言わずに去っていった。
でも、その背中は、どこか温かかった。
■師匠からの贈り物
朝食後、ジュウベェたちは帰る準備をしていた。
そのとき、師匠が来た。
「帰る前に、これを」
師匠が差し出したのは、小さな巻物だった。
「東の村周辺の開拓計画です」
「あなたたちの村を見て、考えたことを書きました」
ジュウベェたちは、目を見開いた。
巻物を開くと、そこには詳細な地図と計画が描かれていた。
新しい田んぼの候補地、水路の拡張案、森の活用方法。
「……拙者たちのために?」
「はい」
「村が、もっと豊かになるように」
「……ありがたき幸せにござる!」
ジュウベェたちは、深く頭を下げた。
師匠は、少し笑った。
「また、来てください」
「いつでも、歓迎します」
「はい!」
「拙者、また来たいにござる!」
「拙者も!」
次々と声が上がった。
■帰路
夕方、ヤマネコ2号が東の村に到着した。
車内では、ジュウベェたちが巻物を読んでいた。
「ここは、こうすればいいにござるか……」
「なるほど、にござる……」
「師匠殿、すごいにござるな」
一人のジュウベェが呟いた。
「……拙者、師匠殿を慕いたいにござる」
「拙者も」
「拙者も」
次々と声が上がった。
さくやたちは、その様子を見て笑った。
「ジュウベェたちも、師匠のファンやな」
「ほんまやな」
窓の外に、森の景色が流れていく。
■新しい時代
東の村に戻ると、残りのジュウベェたちが待っていた。
「どうだったにござるか?」
「湖は、大きかったにござるか?」
「師匠殿は、どんな方にござるか?」
質問攻めにあいながら、帰ってきたジュウベェたちは嬉しそうに答えた。
「湖は、めっちゃ大きかったにござる!」
「師匠殿は、素晴らしい方にござる!」
「拙者、また行きたいにござる!」
その夜、村の広場で会議が開かれた。
「明日から、毎日誰かが湖に行くにござる」
「順番に、全員が行けるようにするにござる」
「1000人全員が、湖を見るにござる」
「師匠殿に、会うにござる」
全員が頷いた。
鉄道が繋いだのは、距離だけじゃない。心も、文化も、未来も繋いだ。
世界は、広がった。
■師匠の夜
湖畔のオフィス。
師匠は、窓から湖を見ていた。
さくやが、お茶を持ってきた。
「師匠、ジュウベェたち、めっちゃ喜んでましたよ」
「……そうですか」
「また来たいって、全員言ってました」
「……嬉しいですね」
師匠は、少し笑った。
「繋がった」
「距離も、心も」
さくやは、頷いた。
「……うん」
「やり遂げたな」
「繋いだな」
窓の外に、月が昇っていく。
東の村でも、同じ月が見えているだろう。
鉄道が走る。
毎日、往復で二日。
でも、それで十分。
世界は、繋がった。
小さきものたちの手の中で、世界は今日も、静かに、大きく、動いていた。
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