第24話 救助開始
第24話投稿いたしました。
激しく明滅する非常灯の光を背に、俺と獅狼で開発局専用エレベーターの強固な扉を力任せにこじ開けた。
「……底が見えないな」
「急ぐぞ、のどかさんは俺たちの後ろを――」
暗闇の縦穴へ飛び込もうとした俺たちを、のどかさんが鋭い声で呼び止めた。
「待って、黎くん、獅狼くん。二人ともこれを着けてねぇ」
のどかが素早い手つきで差し出してきたのは、保存液に浸かった透明なコンタクトレンズだった。
「……コンタクトレンズ? デバイスか?」
「そうだよ、これは『コンタクト型の戦術デバイス』だよ。私のデバイスとリンクして、二人の目に直接マップや戦況データを投影できるんだよ。本来はまだ開発中の試作品だけど……今なら文句は言われないよねぇ」
俺は驚きで目を見張りながらも、急いでその極薄のレンズを指に取り、瞳に装着した。
『むぅ……黎が私以外のデバイスを使うなんて……』
俺の右腕に黒猫の姿で巻き付いていたヴィヴィが、独占欲を丸出しにして頬を膨らませたような、不満げな声を上げた。
「まぁまぁ、ヴィヴィちゃん。今回だけだから」
『ふん!』
数回、パチパチと瞬きをする。
最初は異物感があったが、すぐにレンズが瞳に吸い付くように馴染んだ。
『――生体認証クリア。システム起動』
不意に、脳内に直接語りかけてくるような無機質な電子音が響いた。
直後、真っ暗だった俺の視界に、淡い青色のインジケーターと照準器がフワリと浮かび上がった。
「うおっ!? なんだこれ、すげぇ……!」
獅狼が驚きの声を上げ、自分の手のひらや、暗闇の縦穴を見回す。
ただの暗闇でしかなかった縦穴の輪郭が、暗視機能とワイヤーフレームによって、昼間のようにくっきりと可視化されている。視界の隅には、自身の心拍数や魔力残量までリアルタイムで表示されていた。
『あ! これは確かに便利かも。私の視界も共有しておくね!』
急に機嫌を直したヴィヴィの声とともに、インジケーターの一部が彼女の魔力とリンクして最適化されていく。
「これなら、暗闇での乱戦でも完全に視界を確保できる……。助かる、のどかさん!」
「リンク完了したよぉ。これで安全に進めるねぇ」
俺たちは漆黒の縦穴へ、重力に身を任せて真っ逆さまに飛び込んだ。
顔を切り裂くような風切り音の中、降下速度を制御する俺の視界に、のどかから送られてきた地下の立体構造図が次々と展開されていく。
『二人とも、マップは見えてる?』
「ああ、バッチリだ。これなら迷いようがない」
『地下は全15階層。今は地下2階層付近を降下中だよ。……マップを見て。生存者である局員たちの反応は、地下5階、8階、12階に固まっているねぇ』
視界のマップ上に、生存者が三つの階層に分かれて点滅している。だが、同時に無数の敵の反応が上層から下層へ向かって、まるで蟻の群れのように蠢き、それぞれの階層のセーフルームへ侵攻しているのが見て取れた。
「三カ所に分断されてるのか……ッ! 敵の数も尋常じゃないぞ」
『さらにマップの最下層、第15階層を見て。システムがエラーを吐くほどの、途方もない魔力溜まりが鎮座してる。これが黒幕だよ。異形に局員たちを襲わせて時間を稼ぎながら、自分はまっすぐアダムカドモンの死体の元へ向かったんだねぇ』
俺の視線は、無意識の内にマップの地下8階へと釘付けになっていた。
地下8階は親父のいる医療施設が併設されている。
「……親父」
赤い光点の群れが最も激しく群がっている階層。そこに、俺の親父が取り残されている。今すぐにでも重力に身を任せ、親父の元へ直行したい。
「黎……まずは5階だ。お前の気持ちは分かるが、任務が優先だ……」
「……あぁ、わかってる」
獅狼の言う通りだ。背後に敵を残したまま下層へ行けば、俺たちも親父たちも上から挟み撃ちにされて全滅する。特務防衛局の前衛として、上の階層で助けを待つ局員を見捨てるわけにはいかない。
「……行くぞ、獅狼。地下5階の雑魚どもを、一瞬で片付ける!」
「おうッ! 遅れんじゃねぇぞ、黎!」
俺と獅狼は空中で姿勢を反転させ、地下5階のフロアへ通じるシャフトの扉へ向けて魔力を込めた両足で同時に蹴り込んだ。
分厚い鋼鉄の扉が吹き飛び、地下5階のメイン通路へ突入する。
視界が即座に戦闘モードへと切り替わり、通路にひしめく異形たちの姿が赤いマーカーでハイライトされた。
『黎くん、右奥から3体! 獅狼くんは正面の群れをお願いねぇ!』
「見えてる! 獅狼、道を開けろッ!」
焦りも恐怖も押し殺し、目前の危険を排除する。
俺はヴィヴィの流体を変質させ、片手に長剣を生成した。
「ギィヤアァッ!」
耳障りな金切り声を上げ、右奥から迫っていた3体の異形が同時に飛んだ。不定形な体から、鋭い刃のような触手が何本も突き出しているのがわかる。
「オラァアアッ!!」
時を同じくして、正面の群れに単騎で突っ込んだ獅狼の咆哮が、地下通路を激しく震わせた。
壁を蹴って弾丸のような速度で群れの中央へ飛び込むと、極限まで魔力を込めた大剣を、力任せに横薙ぎに一閃する。同時に剣の峰に備えられた複数の排気口から、青白い魔力のプラズマが火柱のように噴き出した。
爆発的な衝撃波が通路を抜け、大剣の直撃を受けた異形は悲鳴を上げる間もなく、後ろに密集していた数体もろとも木っ端微塵に弾け飛ぶ。
「邪魔だッ!!」
獅狼は空中で姿勢を捻ると、今度はスラスターの噴射角を切り替え、その莫大な反動を利用して強引に大剣を横薙ぎの軌道へと振り抜く。横から飛びかかってきた異形が、ダンプカーに撥ねられたかのように壁まで吹き飛び、分厚いタイルごと粉々に圧殺された。
「敵が堅そうだ……ヴィヴィ」
『うん、【振動エネルギー変換】をつけたよ!』
俺は姿勢を低く沈み込ませ、先頭の一体が振り下ろしてきた触手を紙一重で躱す。そのまま踏み込む勢いを利用し、刃を下から上へ逆袈裟に振り抜いた。
振動エネルギー変換が起動し、超高速の微細な振動を帯びた長剣の刃が、異形の触手と肉体をまるで水面を撫でるかのように一切の抵抗なく両断する。
「シッ……!」
俺は崩れ落ちる一体目を踏み台にして跳躍し、空中にいる残り二体の懐へと一瞬で潜り込む。
極限まで鋭さを増したヴィヴィの刃を横に薙ぐ。
鋼のように硬質化していたはずの二体目の胴体をバターのように両断し、淀みない動きで刃を返し、三体目の脳天から股下までを切り伏せた。
ドチャッ……と泥の異形たちが床に崩れ落ち、やがて黒い霧となって霧散していく。
通路の奥、セーフルームの強化ガラスの向こうで局員たちが目を見開いている。
「右側の3体、処理完了」
少し遅れて降下してきたのどかが、自身のデバイスを片手に合流する。それと同時に、排熱の白煙を上げる機装大剣を肩に担いだ獅狼も残骸の中から歩み寄ってきた。
「こっちも掃除完了だ。結構堅かったな」
「油断するなよ……のどかさん、生存者の確認だ。セーフルームのロック解除を頼めるか?」
「了解だよぉ。ここのセキュリティに直接割り込んで、今開けるねぇ!」
のどかが壁のアクセスパネルにデバイスを接続し、素早い手つきで操作する。プシューッという重い排気音とともに、分厚い隔壁がスライドして開いた。
中には、白衣や作業着を泥と埃で汚した数名の開発局員たちが身を寄せ合っていた。
俺たちの姿を確認した局員たちが、その場にへたり込む。張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、彼らの何人かは安堵のあまり涙を浮かべていた。
「のどか主任……! 助かった……!」
「怪我人はいるか?」
俺が簡潔に問うと、一番手前にいたリーダー格らしき研究員が、震える手で眼鏡を直しながら首を強く振った。
「無事だ。全員かすり傷ひとつない……! 君たちが間に合ってくれなかったら、あの扉もあと数分で破られていた……」
「外の敵はすべて片付けた。のどかさん、ここの防壁は」
「うん、私がこの端末から直接システムを弄って、防壁を最高レベルまで補強しておくねぇ! みんな、本隊の救援が来るまで絶対に外へ出ちゃダメだよ!」
のどかが手際よくコンソールを叩きながら、局員たちを力強く元気づける。彼女がここに残ってシステムを掌握してくれれば、これ以上ないほど心強い。
「わ、わかった。本当に、ありがとう……! どうか、下層に取り残されている他の連中も……」
「ああ、任せておけ」
獅狼がニカッと豪快に笑い、研究員たちを安心させるように親指を立てた。
最低限の無事を確認し、のどかにこの場の防壁補強を任せた俺は、すぐさま踵を返す。
無事に命を救えた安堵感。特務防衛局としての使命を果たした確かな実感。だが、それ以上に俺の頭の中を焦がしているのは、さらに下層で孤立している親父の存在だった。
「のどかさん、ここの護衛とシステム補強は頼む! 行くぞ、獅狼。一気に親父のいる地下8階へ――」
再びシャフトへ駆け出そうとした、その瞬間だった。
俺たちの視界に投影された立体マップの『地下8階』が、突如として赤く、激しく点滅を始めた。
『地下8階の最終隔壁が破られた! 』
端末から状況を見ていたのどかの悲痛な叫び声が、通路に木霊する。
「親父ッ!!」




