第22話 緊急事態
お待たせしました。第22話更新です。
しばらく時間がたち、散り散りになった異形を殲滅していた時。
獅子堂をはじめ、周囲にいる全隊員の通信デバイスから、一斉にけたたましいアラートが鳴り響いた。
「……あ? なんだこの警報。蛍、どうした! こっちの掃除は終わったぞ」
獅子堂が忌々しげに舌打ちをしながら、インカムのスイッチを入れる。
だが、通信越しに聞こえてきた副局長・蛍の声は、いつもの冷静さを完全に失い、焦燥に駆られていた。
『A級隊員と黎は、直ちに帰還しなさい!! 負傷者の搬送はB級隊員に任せなさい! これは緊急命令よ!!』
「落ち着け! 何があった!」
『……今しゃべっている暇はないわ!! 隊員が集まりしだい説明する!』
蛍の、苦々しさを押し殺したような声がインカムから漏れ聞こえる。
「わかった、これよりA級隊員と黎をつれて帰還する」
獅子堂はインカムを切り、こちらを振り返った。
「黎、立てるか」
「……はい、だいぶ回復しました」
獅子堂の鋭い視線を受け、俺は体を起こした。ヴィヴィのおかげで魔力はそれなりに回復していた。
「獅狼、黎、のどか! 全速力で本局へ戻るぞ!! B級隊員、あとは任せた!!」
獅子堂の怒号に近い指示に、隊員たちが一斉に動き出す。
俺たちは、防衛局本局へとひた走ることになった。
◆◆◆
――特務防衛局 本局、最上階。
真っ赤な警告灯が回転し、狂ったように鳴り響くサイレンが廊下を揺らしていた。
鉄壁を誇っていたはずの防壁は無惨にへし折られ、局内には、本局を内部から食い破るために侵入者が置き去りにした異形の咆哮が響き渡っている。
最深部の封印指定庫。
へし折られた重厚な扉の前で、蛍は血の滲むような力で情報端末を握りしめていた。
「……完全にやられたわ。セキュリティの突破から魂の強奪まで、一切の無駄がない。街でのテロは、注意と戦力を外に引きずり出すための囮だったのね」
「あーあ、蛍ちゃん。そんな怖い顔してたら、せっかくの美人が台無しだよ?」
ギリッと奥歯を噛み締める蛍の隣に、ひどく場違いな、甘ったるい声が並んだ。
深紅のツーサイドアップを揺らし、ゴスロリチックにアレンジした黒の制服を着た少女。
彼女は紙袋からホイップクリームがたっぷり乗ったドーナツを取り出し、一口で半分を噛み千切った。
「……いろは先輩。悠長にお菓子を食べている場合ですか」
「腹が減っては戦はできないって言うでしょ。これからガッツリ体力使うんだから、カロリー入れとかなきゃ」
残りのドーナツを口に放り込み、ゴクリと飲み込む。
ズズンッ……! と、通路の奥からアダムカドモンの残滓を宿した巨大な異形たちが、二人を排除せんとその巨体を揺らして迫ってきた。
「侵入者はこの異形どもを足止めとして置き去りにしたようです。ここで時間をかけさせられれば、奪われたアダムカドモンの魂は完全に足取りを絶ちます」
「そゆこと。つまり、こいつらを一秒でも早くミンチにして泥棒を追いかければ、オールオッケーのバッチグーってわけでしょ?」
「…………」
場違いな言葉に蛍が小さく息を吐き、戦術端末を操作して防衛局内の残存防壁をコントロールする。
「……外にいる獅子堂たちに緊急帰還命令は出しました。ですが、到着まで数分はかかります。それまで、単独で持ちますか?」
「――舐められたもんだね」
少女の甲高い声が、突如として低く掠れた大人の声に変わった。
彼女の小柄な背中には、身体とは不釣り合いなほど巨大な『大小二振りの黒い双大剣』が背負われている。
その双大剣が、主の静かな怒りに呼応するように赤と青に明滅を始めた。
「誰に向かって聞いてるんだい、蛍。泥棒をタダで逃がすほど、アタシも防衛局もヤワじゃないんだよ」
狂気的な笑みを浮かべた最古参の戦鬼が、絶望の淵に立たされた防衛局本部でただ一人、無数の化け物たちへ向けて双大剣を構えた。
◆◆◆
「嘘、だろ……」
先を走っていた獅狼が、信じられないものを見るように足を止めた。
そこには、無残に破壊された防衛局の一階メインロビーが広がっていた。
通路の壁、床、ひしゃげた天井のあらゆる場所に、先ほどまで俺たちが街で死闘を繰り広げていたのと同じ……いや、それ以上に強固と思われる異形たちの残骸がへばりついている。
ある肉塊は炭化して燻り、ある肉塊は氷に閉じ込められたまま粉々に砕け散っている。まさに、理不尽な暴風雨が吹き荒れた跡だった。
その地獄絵図の中心。
双大剣を床に突き刺した少女の姿があった。その小柄な身体からは、尋常ではない量の白い蒸気が立ち昇っている。
「あ、みんなおかえり! お疲れ〜☆」
深紅のツーサイドアップを揺らし、タピオカミルクティーをチューチューと吸いながら、少女が甘ったるい声で手を振ってきた。
獅子堂がその姿に気付くと声をかけた。
「また派手にやりましたね、いろは先輩」
「お〜獅子堂じゃないか」
いろははタピオカの最後の一粒をストローで吸い上げると、空になった容器をポイと瓦礫の山へ投げ捨てた。
「え……いろはって、一騎当千を名実ともに体現しているって言われてる、あの鬼灯いろはさんですか?」
信じられないものを見るような獅狼の言葉に、少女――いろははパチンと片目をウインクしてみせた。
「えへへ、そうだよ! 防衛局のアイドル、いろはちゃんでーす☆」
「……口の利き方に気をつけろよ。見た目はアレだが、俺より前から最前線に立ってるA級の大隊長だ。生意気な口きくと吹っ飛ぶぞ……」
獅子堂の言葉に絶句する。
今目の前で決めポーズをしながらウインクをしているのは、どう見ても十歳そこらの少女にしか見えない。
「隊長より、昔から……? じゃ、じゃあ実年齢は一体……」
獅狼が震える声で地雷を踏み抜こうとした、その瞬間。
「ストーップ! そこから先は女の子のヒミツ! レディの年齢を詮索するなんて失礼な男の子なんだからっ!」
いろはがビシッと獅狼に指を突きつけ、ぷくっと頬を膨らませる。
「す、スンマセンした……ッ」
獅狼が咄嗟に深く頭を下げる。
その横で、獅子堂がやれやれとため息をつきながらボソッと呟いた。
「フン。もうとっくにいい年齢のくせにギッ……」
ドゴォォンッ!!
次の瞬間、獅子堂が前触れもなく吹っ飛んだ。
巨体が大理石の床を削りながら壁まで吹き飛ばされ、激突した壁に軽いクレーターができる。
「あー、手が滑っちゃった」
拳を突き出した姿勢のまま、いろはが『てへぺろ』と可愛らしく笑う。
その少女の姿に、俺と獅狼は『絶対にこの人には逆らわない』と心の中で固く誓った。
「……ガハッ……痛ぇ……」
腹を押さえて呻きながら立ち上がった獅子堂が、忌々しげに避雷針を床に突き立て、悔しそうに顔を歪める。
「……こんな惨状で、あなたたちは一体何をやっているんですか」
静かで、しかしひどく冷ややかな声が、吹き抜けのロビーに響き渡った。
声のした大階段を見上げると、情報端末を抱えた副局長の蛍が、呆れたようなため息をつきながら降りてくるところだった。
「あ、蛍ちゃん! 獅子堂のお口が悪かったから、ちょっと可愛がってあげてただけだよ☆」
「……いろは先輩。遊んでいる場合ではありません。事態は最悪です」
蛍はコツコツとヒールの音を響かせて俺たちの前に歩み出ると、いつものふんわりとした空気を引き締めたのどかさんと視線を交わした。
「蛍、全員集まったわね。状況を説明してくれ」
のどかさんの言葉に、蛍は手元の端末を操作し、ロビーの中央にホログラムスクリーンを展開した。
「結論から言います。最上階の封印指定庫に保管されていた『アダムカドモンの魂』が強奪されました」
「……悪い。俺たちが外で手こずったせいで、本局を薄くしちまった」
まだ腹をさすりながら、獅子堂が苦々しく吐き捨てる。
「獅子堂大隊長の責任ではありません。敵の作戦と逃げ足が、完全にこちらを上回っていただけのことです」
「チッ……黎が言ってた通りだな。外のドンパチはやっぱり、この本命を隠すためのただの囮だったってわけだ」
獅子堂が俺を一瞥し、ギリッと牙を鳴らした。
「……あの、すみません」
重苦しい空気の中、俺は恐る恐る口を開いた。先輩たちの深刻そうな反応でただ事ではないのは分かるが、俺にはどういう事態なのかわかっていない。
「俺、『アダムカドモンの魂』がどんなものなのか、よく分かっていないんですが……それを手に入れると、具体的にどんな恩恵があるんですか? わざわざこんな大規模な囮作戦を仕掛けてまで、黒幕が欲しがった理由って……」
俺の質問に、蛍は手元の端末を操作し、ホログラムスクリーンに球体のような複雑な術式構造を映し出した。
「アダムカドモンが神と呼ばれる所以は、その魂が持つ唯一無二の権能……それは『時空間干渉能力』よ」
「時空間、干渉……?」
「ええ。過去や未来への干渉、そして空間の掌握……。これまで防衛局が、大規模な魔力異常を事前に察知して警報を出せていたのも、最上階に安置されたアダムカドモンの魂がもたらす『未来予知』の恩恵を基本システムに組み込んでいたからなの」
蛍の淡々とした、しかし絶望的な事実の開示に、俺は息を呑んだ。
その魂を奪われたということは、防衛局は今後、敵の襲撃を事前に察知する方法を完全に失ったということだ。さらに、未来を見通し、時空間を操る究極の力が、正体不明の黒幕の手に渡ってしまったことを意味している。
獅狼もそのことは知らなかったようで、驚いた顔をしていた。
「ていうことは、相手はこっちの動きが全部わかるってことッスか……? 今後、俺らに勝ち目はないんじゃ……」
「いいえ。時空間干渉能力には明確な弱点があるわ。……それは、過去や未来に干渉したとしても、新たな並行世界が作られるだけだということよ。過去を変えられて、今の私たちが消滅するような事態にはならないわ」
「理由はなんであれ、ロクなことにならないのは確定でしょ」
いろはが、床に突き刺していた双大剣を軽々と引き抜き、背中に背負い直した。
その瞬間、彼女の顔から笑顔がスッと消え去り、凄まじい底冷えのするような大人の殺気が周囲の空気を重くする。
「アタシたちの足元に泥塗ってくれたんだ。どこのどいつか知らないけど、次見つけたら……問答無用で吹っ飛ばしてやろうかねぇ……」
十代の少女の姿をした防衛局最古参が、狂気的な笑みを深めた。
その直後だった。突如として、本局の巨大な建造物全体を揺るがすような、不気味な地鳴りが響き渡った。
「地震……!? いや、違う!」
「外を見ろ!!」
獅子堂の叫びに、俺たちは無残に吹き飛ばされた1階エントランスの入り口から、外の景色へと一斉に視線を向けた。
ここからでもはっきりと見える。
先ほどまで俺たちが死闘を繰り広げていた、街の交差点の方角。そこの上空が、まるで絵の具をぶち撒けたようにどす黒く歪んでいたのだ。
エントランスの向こうで渦巻く二つの異常な光景を見つめながら、先ほどまでサポートしていた隊員がサッと血の気を引き、手元の端末を猛スピードで弾いた。
「…… この二つの異常な固有波長…クトゥレヴィアとハリストゥールです!!」




