第15話 甘い休日
お待たせしました、第15話投稿です。
ブリーフィングが終わり、半日だけだが隊長から休暇をもらった。
「ねぇ黎!私、街を見て回りたい!」
俺の首元に巻き付いていた黒猫姿のヴィヴィが、床へポンと飛び降りて人間の少女の姿に戻るなり、目をキラキラさせてそうねだってきた。俺が悩んでいるといつの間にか隣にいた、のどかさんが話しかけてきた。
「いいじゃない、黎くん。せっかくの半休なんだから。ヴィヴィちゃん、ずっと研究所の冷たい部屋に閉じ込められてたんでしょ? 外の世界、見せてあげなよ」
俺は深くため息をついて、ヴィヴィの頭にポンと手を置いた。
「……わかったよ。ただし、絶対に俺の側を離れないこと。少しでも腹が減ったらすぐ言え。お前の腹の虫は、俺の魔力でどうにか抑え込むからな」
「やったー!! 黎、大好き!!」
大喜びで俺に抱きついてくるヴィヴィを見て、のどかさんがポンと手を打った。
「あ、でもヴィヴィちゃん、その防衛局の検査着のままじゃ街で目立っちゃうね。私に任せて! 予備の服、可愛くコーディネートしてあげるから!」
「ホント!? のどか、ありがとう!」
そのままヴィヴィは、のどかさんに手を引かれて嬉しそうに女子寮の方へと消えていった。
ーーー
数十分後。
「黎くん、獅狼くん! お待たせー! さぁヴィヴィちゃん、二人に見せてあげて!」
のどかさんに背中を押されるようにして、ドアの奥からひょっこりと顔を出したヴィヴィの姿に、俺は思わず言葉を失った。
のどかさんの予備の服を少し詰めて改造したという、ダボッとしたオフホワイトのパーカーに、黒のショートパンツ。肩のあたりで無造作に切り揃えられた黒髪が、彼女が跳ねるたびにふわりと揺れる。
パーカーの袖が少し長くて、指先だけがちょこんと出ているのが、とても愛らしい姿だった。
「……じゃじゃーん! どう、黎!? 変じゃない!? 似合ってる!?」
ヴィヴィが俺の目の前まで駆け寄り、期待に満ちた上目遣いで顔を覗き込んでくる。
至近距離で見ると、彼女のシアン色の瞳が、廊下の冷たい蛍光灯の光を反射して宝石のようにキラキラと輝いていた。
「……あー、似合ってるぞ、可愛いと思う」
「えへへー! のどかがね『これなら、黎くんもイチコロだよっ!』って言ってた」
「のどかさん!? 何吹き込んでんですか!」
「あはは! だって黎くん、そういうアクティブな子が好きそうだったから」
のどかさんが悪戯っぽくウインクをする。俺は抗議の声を上げようとしたが、ヴィヴィが俺の右腕にギュッと抱きついてきたせいで、それも有耶無耶になってしまった。
「早く、行こ! 黎、案内して!!」
「落ち着け……服を引っ張るんじゃない」
はしゃぐヴィヴィに引きずられるようにして、俺たちはのどかさんと獅狼に見送られながら、防衛局の厳重なセキュリティ・ゲートへと向かった。
特務防衛局の冷たい灰色の壁を抜け、防衛壁の内側に広がる居住区へと足を踏み入れた途端、俺の鼓膜を小気味良い喧騒が打った。
「わぁ~!すごいねっ!!」
「あぁ、こんなに賑わっているんだな」
「黎はあんまり街には来てないの?」
「あぁ、俺も防衛局に来る前はずっとスラムにいたからな、あまり街のことは知らないんだ」
「んじゃ、ヴィヴィと一緒だね!」
ふと、甘いに匂いが吹き抜ける。
「わぁっ! 黎、これ何!? すっごくいい匂いがする!」
「なんか甘い匂いがするな」
ヴィヴィが目をキラキラさせて指差したのは、子供や家族でにぎわっている移動販売のクレープ屋だった。
「あれは確かクレープだな。薄い生地に生クリームとかフルーツを巻いたスイーツだな」
「クレープ……! 私、そんなの防衛局の研究所で食べたことない!黎は食べたことあるの?」
「いや、食べたことはない」
「そうなの?」
「スラム育ちだからなぁ……あんな高級なものは食べたことはない」
だが……今の俺には金がある!!
拾われ者とはいえ防衛局にはちゃんと給金がある。
しかも、ヴィヴィを止めたことでボーナスももらっている。
「ヴィヴィは何がいい?」
「うーん、このチョコバナナっていうの気になる!!」
「んじゃ、チョコバナナ2つお願い」
「あいよ!!」
店員から受け取ると、並んでいた前の人より明らかにサイズが大きいことに気付く。
「でかくないか?これ」
「あんた、防衛局の人だろう?あんたらのおかげでこうして商売できてるんだ!!サービスだよ、サービス!!」
「…そうか……ありがとう」
心があったかくなるのを感じながら受け取ったクレープをヴィヴィに渡す。
ヴィヴィは「わぁぁ……!」と感嘆の声を漏らし、小さな口を限界まで大きく開けてガブリとかじりついた。
「んん〜〜っ!! 甘い! 美味しい!」
「どこか、座って食える場所を探すか……」
俺たちは広場の中央にある、噴水に面したレンガ造りのベンチに腰を下ろした。
太陽の光が水しぶきに反射してキラキラと光り、近くでは子供たちが追いかけっこをしている。
「んん〜っ! 黎、これすっごく美味しいね! この生クリーム?がとっても甘くておいしい!」
口の周りに白いクリームをべったりとつけながら、ヴィヴィは幸せそうに足をバタバタさせている。
「……美味いな」
俺も自分の分をかじりながら、少しだけ目を細めた。
スラムのゴミ山で、親父にしごかれてその日暮らしをしていた頃は、こんな甘いものを腹いっぱい食える日が来るなんて想像もしていなかった。
防衛局に入って、厄介だが賑やかな相棒ができて。さっきのクレープ屋のおっちゃんみたいに、俺たちの仕事を労ってくれる人たちがいる。
ふと、隣で夢中にクレープを頬張るヴィヴィの横顔を見た。
こんな姿を見ていると、ただ女の子にしか見えない。かつての俺のように、スラム出身だというだけで、冷たい目を向けられる謂れなんてこいつにはないはずだ。
(……なら俺は、こいつをちゃんと一人の子供として見てやるか)
俺は懐からハンカチを取り出すと、ヴィヴィの口元を拭ってやった。
「わっ、ちょっと黎、くすぐったい!」
「クリームつけっぱなしで歩いてたら、ただの食い意地の張ったガキだと思われるぞ。ほら、食い終わったなら行くぞ」
「うんっ!」
クレープの包み紙をゴミ箱に捨て、再び賑やかな広場を歩き始めると、周りが少し騒がしくなった。
「……えぐっ、うわぁぁぁん……っ!」
少し先の時計塔の下で、小さな女の子が顔をくしゃくしゃにして泣いていた。年齢は五、六歳くらいだろうか。周囲の大人たちは遠巻きに見ているだけで、どうしていいか分からず困っている。
「黎。あの子、どうしたの? どこか痛いのかな」
ヴィヴィが不思議そうに首を傾げた。
「いや、親が近くにいない、迷子だと思う」
そう聞くと、ヴィヴィはタタタッと女の子の目の前まで駆け寄り、しゃがみ込んだ。
「ねぇ、大丈夫? お母さんとはぐれちゃった?」
「ひぐっ……うぇぇぇん……ママぁ……っ!」
女の子は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、ヴィヴィを見上げてさらに大きく泣き声を上げた。ヴィヴィはオロオロと慌てて、自分の両腕をパタパタと振った。
「な、泣かないで! 大丈夫だよ、私がすぐに見つけてあげるから! ええとね、背中から触手を出して、この時計塔のてっぺんまで登って上から探せば、一発で……!」
ヴィヴィの足元の影が、ドロリと不穏な液状に変わりかける。
俺は慌ててその頭にポンと手を置き落ち着かせる。
「落ち着け」
「黎?」
「ここで力を出すわけにはいかない、ここで力を見られるとパニックが起こる」
「……わかった」
「なら……隠れて使えばいい」
「え?」
「体の一部を俺に隠せ」
俺はポケットに入っているハンカチを出して手首を隠す。
「お嬢さん、ここをよく見てね?」
「……?」
俺は隠している手首に、銀色に輝く少し奇妙なデザインの腕時計を作る。それを後ろで見ていたヴィヴィはなるほど!という顔をし、腕時計に魔術刻印を刻むことによって、即席のデバイスを作る。防衛局の連中が見れば一発で魔術の結晶だと気づくだろうが、一般人には少し凝ったデザインのアクセサリーにしか見えないはずだ。
「……3、2、1……ハイ!」
「わぁぁ!」
ヴィヴィは、女の子の目の前でニカッと満面の笑みを浮かべた。
「すごいでしょ! これね、魔法の『ママ・コンパス』っていうの! 秘密のおまじないがかかってて、これを付けてる間は、ママが近くに来るとキラキラって光って教えてくれるんだよ!」
ヴィヴィは、俺の手首に巻かれた時計の文字盤を指さしながら、少しだけ誇らしげに言った。
このデバイスには、デバイスから一定範囲内にヴィヴィが刻んだ魔力波形に似たものを探知すると発光するという魔術が刻んである。
俺は手首からその時計を外し、女の子の小さな手首へと巻き直す。少しサイズは大きかったが、ヴィヴィが後ろから魔力でベルトの長さを微調整し、女の子の手首にピタリと収まるようにした。
「……キラキラって、光るの?」
女の子は、少しだけ涙を拭い、手首の時計をじっと見つめた。
「あぁ、光る。このお姉ちゃんのおまじないは、すっごく強いからな。だからもう泣かなくていい」
俺は女の子の頭を優しく撫で、立ち上がった。
「さて、おまじないだけじゃママは来ない。俺たちも一緒に探しに行こう」
俺が促すと、ヴィヴィは女の子の小さな手を握り、もう片方の手で俺の手を掴んだ。
俺、女の子、ヴィヴィ。三人で並んで、平和な居住区を歩き出す。
「お姉ちゃん、お名前なんていうの?」
「私はヴィヴィ! あのお兄ちゃんは黎って言うんだよ!」
「ヴィヴィお姉ちゃん。……ママ、どこにいるかな……」
女の子は、時折手首の時計が光らないか確認しながらも、ヴィヴィの明るい声に心を許したのか、ぽつりぽつりと話し始めた。
それから数分後女の子の腕に巻かれた時計の文字盤が、淡い青色にピコン、ピコンと明滅を始めた。
「あ! 光ったよ!」
「ママ……っ? ママぁ!!」
時計の光に気づいた女の子が声を上げると、血の気を引いた女性が、弾かれたようにこちらを振り返った。
「マユ……っ! ああ、よかった、無事で……!」
「ママぁっ!」
女の子は俺たちの手を離し、母親の元へ一直線に駆け出していった。母親は膝から崩れ落ちるようにして娘を抱きしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼしている。
「本当に、本当にありがとうございました……っ! この子、急にいなくなってしまって……」
「いえ、無事に見つかってよかったです。……ほら、ヴィヴィ」
俺が肘で小突くと、ヴィヴィは少し照れくさそうに笑って、女の子に向かって手を振った。
「バイバイ。もう、お母さんの手離しちゃダメだよ」
そう言ってヴィヴィが指先を小さく鳴らすと、女の子の腕に巻かれていた銀色の時計が、ふわりと淡い光の粒子になって宙に溶けて消え去った。
「あ……時計、消えちゃった」
目を丸くする女の子に、ヴィヴィは悪戯っぽくウインクをする。
「ママに会えたから、秘密のおまじないはお・し・ま・い! 魔法がなくても迷子にならないように、これからはずっと手を繋いでおくんだよ」
「……うんっ! お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」
女の子が満面の笑みでぶんぶんと手を振る。ヴィヴィは噴水広場へと歩き出しながら、何度も後ろを振り返り、しっかりと抱き合う母子の姿を見つめていた。
「どうした、ヴィヴィ」
「……なんかね、変なの」
ヴィヴィは、戸惑うような、けれどとても嬉しそうな顔で俺を見上げた。
「あの子のお母さんにありがとうって言われて、あの子に手を振ってもらって。……黎の魔力をもらってないのに、なんだかここが、すっごくポカポカして、お腹がいっぱいになったみたいに満たされてるの」
「どうした、ヴィヴィ」
「……ねぇ、黎。あのお母さん、なんであんなに泣いてたの? 見つかって嬉しかったんじゃないの?」
ヴィヴィが不思議そうに首を傾げる。
「嬉しいから泣いてたんだよ。それに、自分の子供が大事だからだ。絶対に失いたくないから必死に探すし、無事だったから安心して涙が出るんだ」
「大事……失いたくない……」
ヴィヴィは自分の両手を胸の前で合わせ、ぽつりと言った。
「……私にはお母さんいないから、そういうのよく分からないや。研究所のおじさんたちは、私が壊れても、また新しいのを作ればいいって言ってたし」
その淡々とした言葉に、俺の胸の奥がズキリと痛んだ。
俺には親父がいたが、こいつは兵器として作られ、親の愛情も、誰かに失いたくないと思われる温もりも知らずに生きてきたのだ。
俺は足を止め、ヴィヴィの頭にぽんと手を乗せた。
「なら、俺がお前の家族になってやる」
「……え?」
「ヴィヴィは俺の大事な相棒だ。誰かがお前を壊そうとするなら、俺が全力でぶっ飛ばしてやる。だからヴィヴィも自分を大切にしてくれ」
俺が少し乱暴に頭を撫で回すと、ヴィヴィは目を丸くした後、シアン色の瞳を潤ませてパァッと顔を輝かせた。
「……うんっ!!」
ヴィヴィは嬉しそうに目を細め、俺の腕にギュッと抱きついてきた。
「黎、あったかい! 黎の魔力と同じくらい、すっごくポカポカする!」
「だから魔力と一緒にすんなっての。歩きにくいから離れろ」
「やだー! ずっとくっついてるもん!」
腕にぴったりと張り付いたまま離れようとしないヴィヴィを引きずるようにして、俺たちは広場の中央にある、噴水に面したレンガ造りのベンチに腰を下ろした。
広場では、大道芸人が作り出す巨大なシャボン玉を追いかけて、子供たちがはしゃぎ回っている。太陽の光を反射して七色に光る球体が、青く澄み切った空へとゆっくりと昇っていく。
俺たちは並んで座り、その平和な光景をぼんやりと眺めていた。
その時だった。
『――――ヴゥゥゥゥゥゥンッ!!!!』
居住区を囲う巨大な防衛壁、その全スピーカーから一斉に吐き出された禍々しい重低音の警報が鳴る。
『――緊急警報、緊急警報。防衛壁内、複数箇所で大規模な魔力異常を検知。テロリズムの可能性大。これは訓練ではありません。近隣のシェルターへ至急避難してください』
空を見上げると、先ほどまで澄み切っていた青空が、まるで血を流したようにドス黒い赤色へと染まり始めていた。そして、はるか遠くに黒煙の柱が何本も立ち上るのが見える。
胸のポケットで、防衛局の専用端末が狂ったように振動し始めた。
画面には、隊長である蛍からの緊急招集を告げる赤い文字が明滅している。
立ち上がり、悲鳴を上げて逃げ惑う人々の波に逆らうように、俺は黒煙の上がる方角へ鋭い視線を向ける。ヴィヴィは俺の腕から離れ、冷たいシアンの瞳を細めた**。**
「行くぞ、ヴィヴィ」
「……うん」




