台湾有事に関する随想
1.はじめに
国際政治が行われる世界は無政府の状態にあり(Waltz, 1979)、そして国家に制約を与える社会である(Bull, 1977)。諸国家は、優越的権力無き自然状態の中で相争いながらも、共通の制度の中で己を認識し行動している。
台湾有事という言葉が膾炙している。台湾有事とは「中国による台湾に軍事侵攻することを想定したシナリオ」である(日経新聞, 2022)。大まかな論点は①中国共産党が台湾有事を起こすのはいつになるのか②台湾有事はどの様な影響を及ぼすのか③日本は局外中立という手段を取ることができるのか、という3点ではなかろうか。本エッセイではそれらの問いについて、一定程度の見解を提供することが目的である。
いずれ翻訳等で様々な研究内容につきご紹介できればと思うが、翻訳可能でない論文や、日本語文献も非常に多く、今回はこのような短編形式で記載させていただきたい。
2.秩序なき世界
冷戦終結以降、国際社会における秩序は所謂「リベラルな国際秩序」であった。リベラルな国際秩序とは、「第2次世界大戦後に成立したアメリカを中心とした開放的で制度化された協調的な国際秩序」(アイケンベリー, 2012)であり、先進民主主義国が自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配などの価値や原則に基づく国際秩序や世界貿易機関を中核としたルールに基づく経済秩序の維持・発展をリードし、国際関係の公平性、透明性、予見可能性を高めようという国際協調の潮流を推進していったことによって形成されている(外務省, 2025)。
インド太平洋においてもアメリカが提供する国際秩序は冷戦終結後は適切に機能していた。いや、寧ろリベラルな国際秩序の受益者と言っても良かった(大庭, 2024)。1980年代〜90年代においてAPEC等の地域制度の組成と発展が証左である(大庭, 2012)。
また、各国の安全保障においても、1950年以降の日米同盟や米韓同盟といった二国間のハブスポーク型同盟システムが作用していた一方、ネットワーク型同盟システムの萌芽として、1994年にアジア太平洋地域の安全保障環境を向上させることを目的としたARFが創設された。(山本,2011)
ただし、これらは、あくまで米国という超大国が公共財を提供してきたことが前提であったのである(ナイ, 2016)。イラクやアフガニスタンへの関与は、アメリカの過剰拡張を引き起こし、アメリカが世界の警察官を辞める事へと繋がった(Beig, 2023)。アメリカの衰退と同時に、中国やインドといった諸国の台頭が見られた。結果としてオバマ政権は多極化へと舵を切らざるを得ず(中西, 2010)、アメリカの覇権への挑戦を招くこととなった(Mearshimer, 2019)。新興諸国の台頭の中でオバマ政権はそれらに働きかけ、各国によるルールの遵守と責任分担を強化することで国際秩序の維持を指向した(森, 2013)
中国もまたこの多極化の中で自らが形成する国際秩序のあり方を模索していった。一帯一路構想は2013年当初、TPPから弾かれた中国による、RCEPの停滞を受けた、代替のバランシングであり(浅野, 2024)、周辺国との経済協力の強化が目的とされた(渡辺, 2019, p3)。また同時に、中国の抱えている国内資金や外貨準備を国外に転移することで、国内の過剰供給を緩和し、周辺国のインフラを整備するものであった(梶谷, 2023)。
インド太平洋の安全保障環境もまた、アメリカの相対的な地位低下と共に変化していかざるを得なかった。南シナ海問題については2002年の紳士協定により、一旦の平和が訪れるかに見えていたものの、2009年には米海軍艦艇が中国のEEZ内にて中国艦艇から挑発行為を受けるなど対立が再燃していた(Reuters, 2009)。2011年、オバマ政権はリバランスとしてのアジアへの旋回を発表した一方で(BBC, 2011)、同年ベトナムの調査船への妨害行為など(BBC, 2011)、南シナ海を巡る中国と周辺国の対立は激化の一途を辿っていった。このアメリカの衰退と中国の台頭の中で、インド太平洋の安全保障も、2007年の豪安保共同宣言や2009 年の韓豪安全保障共同宣言に見られるようにスポーク間同士の同盟体制が強化される形で変容していった(神保, 2011)。
本格的なリベラルな国際秩序の後退はトランプ政権の誕生が引き金であった(ハース,2018)。WTO離脱を仄めかす発言(BBC,2018)や、パリ協定が当てはまるであろう。中国もまた、秩序形成へと至る道を歩めているわけではない。2015年頃には中国外交の重点となっていった一方(渡辺, 2019, p4)、2016年には貸付がピークアウトし、途上国への貸付金は減少に一転した(梶谷, 2025, p.10)。また、途上国への貸付結果も、実態として債務不履行が増加し、2017年スリランカがハンバントタ港の運営権を中国に譲渡する等(AFP, 2017)、所謂債務の罠が発生した。法の支配という点でも国際秩序の交代は顕著化していった。2016年の南シナ海を巡る領有権に関する仲裁判断について、中国外交部は「紙切れ」として無視を決め込み、国際法への挑戦姿勢を明らかにした(日経新聞, 2016)。
ただし、リベラルな国際秩序を維持擁護しようという動きも引き続き見られた点には着目しておかねばならない。仲裁判決と同年、安倍首相はTICADにて自由で開かれたインド太平洋の概念提唱を行っている(外務省, 2016)。FOIPの中核的な理念は、「自由」、「開放性」、「多様性」、「包摂性」、「法の支配」であり(外務省, 2025)、多くの場合においてリベラルな国際秩序と同一の規範的目標として扱われる(キャノン, 2019)。秩序の破壊と再構築の試みはインド太平洋の秩序を曖昧で、かつ多重的な環境として構築していたのである。
国際法と既存秩序への最大の挑戦はロシアによるウクライナ侵攻という形となった。ウクライナ戦争開始後については、本邦領海への侵入も増加しており2024年には過去最多となっている(産経新聞, 2025)。とはいえ、一帯一路国際協力サミット・フォーラム参加国は減少し、経済は内向きとなっており(梶谷, 2025, p.19)、中国もまた進むべき道を見出していない。
秩序の再構築も依然として試みと挫折の渦中にあることは言わずもがなであろう。2023年に提唱されたFOIP3.0はNSSを反映し安全保障の観点を取り入れており、同志国との協力を進めている(Yoshimatsu, 2025)。ただ一方で、国際公共財の維持を志していた何れの国も等しく、多くの人が共通して有している程度の、ナショナリズムという安い誇りに縋らねば一体性を保持できなくなりつつあるのである。
3.迷走するインド太平洋
一般に、安全保障とは得られた価値に対する脅威の不在であり(Wolfers,1952)、国益の実現は安全保障の条件である(防衛研究所, 2008)。そして国益とは、他国の侵略に対する物理的、政治的、そして文化的な一体性の保持に他ならない(Morgentheu, 1952)。
<中国>
中国共産党による統治体制の正統性は革命により担保され、正当性は経済発展により担保されている(毛里, 2004)。故に、中国にとっての安全保障とは、共産党政権と社会主義制度の維持であり、習近平政権開始以降その色彩は高まりつつある(松田, 2021)。故に、中国共産党にとっての脅威の第一は西側が標榜する民主主義というイデオロギーである(松田, 2021)。
第二の脅威は経済である。上述したように、経済発展の継続は国是であり、そして国民の支持を獲得する基盤である(毛利, 2004/ 松田, 2020)。しかしながら、中国経済は高度成長を既に維持できない新状態にある(川島, 2021)。中国共産党は社会主義体制と市場経済のジレンマを抱えている(高原, 2020)。
中国国務院は自国の国益として国家権力、主権、統一、領土保全、人民の幸福、そして持続可能な経済社会の発展を挙げ、アメリカの名指しを避けながらも、アジア太平洋地域における軍事同盟を強化し、排他的な「小ブロック」を形成し、中距離ミサイルシステムを含む軍事力の展開により、地域の緊張を深刻化させていると非難している(国務院, 2025)。
国内での政権も必ずしも常に安定しているかは不明である。習近平政権以前は、上海閥、共青団の争いが主であった(李, 2024)。一方、政権開始以降、上海閥、共青団共に衰退し、習近平を中心とする体制となった(李, 2023)。習の人脈は、精華大学や陝西省に連なる人脈を有している(李, 2023)。これらの人脈の中でも、2024年には福建閥と言われるグループと浙江閥と言われるグループの争いが発生しているとも言われていたとされており(高原, 2025)、2025年10月にはには多くの福建閥とされる将官が失脚しており(日経新聞, 2025)、その2ヶ月後には浙江閥の有力者と言われてきた鐘紹軍も汚職で摘発されているのではないかとされている(人民網, 2025)。
<日本>
日本の国益は一時的国益を除いたものとしては自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配があり、安全保障への課題として、安全保障面の地域協力枠組みの不在や、北朝鮮による軍事行動、中国による現状変更が挙げられている(内閣府, 2022)。
2025年高市首相の存続危機事態発言に対しての混乱ぶりが示す通り、世論では日本の安全保障が如何なるべきかについて議論が定まっていない。2016年時点で日本の安全保障政策や集団的安全保障への肯定的内見が多数派を占めている一方(福田, 2016)、個別具体的な台湾有事への集団的自衛権行使への支持は2025年でも40%に満たない(産経新聞, 2025)。しかし、古来、宮之奇が忠告する通り、虞と虢はおとがいと頬の関係であり、おとがいは頬により身が立つのである。無関与であれば世は事もなしと考えるのは甘えによる妄想の類に過ぎないのではなかろうか。
国内は長らく自由民主党による一党優位制として位置づけられていたものの(サルトーリ, 1980)、長い経済的な停滞の中で、所得格差やデフレ脱却後の急激なインフレーションが齎した閉塞感が漂う中、排外主義を掲げる政党の伸長が見られる等(朝日新聞, 2025)、必ずしも安定的な政権を長期的に見込める状況ではない。
<アメリカ>
トランプ政権は2025年末のNSSに見られるように、西半球の安定と統治、開かれたインド太平洋の構築、欧州の自律的回復、戦略的チョークポイントの支配が挙げられている(White house, 2025)。また、2026年のNDSでは、第一列島線の外側について抑止的防御を構築するとしいる(Department of War, 2026)。
米国内の政権構造は概ね、中国に対し「力による平和」を掲げる優越主義と一国主義的な抑制主義の2つの勢力により成立しているものと考えられ、時として相矛盾する主張が発せられることもあるが、トランプおよびヴァンスは抑制主義的な考え方を有しているといっても良い(森, 2024)。
国益の見直しにより、ケルキュラによって引きずり込まれたアテナイの二の舞いを避けんとする国内意見は十分に有力である。例えばアリソンは、米中関係においては戦争を回避することが最も優先されるとし、同盟による些細な事件から戦争が引き起こされるため、日米同盟についても慎重に見直すべき、と論じている他(アリソン, 2017)、ブレマーも同盟関係を刷新し、国内回帰すべきと論じている。(ブレマー, 2016)。しかし、田斉が滅んだ所以は合従を捨て、秦が他の五国への侵攻に対し傍観したことにある。
国内では2016年以降、二大政党のイデオロギーの純化がさらに進んでいる。現状では、民主党では進歩派およびリベラル左派が、共和党ではトランプ派が伸長しており(島村, 2023)、国内では長期的な分断が予想されている(船津, 2025)。
<台湾>
台湾は国家の外交方針として、「独立自主の精神、平等互恵の原則に基づき、諸外国との良好な関係を築き、条約及び国連憲章を尊重し、海外台湾人の権利と利益を保護し、国際協力を促進し、国際正義を擁護し、世界平和を確保する」としている(中華民国行政院)。対中国という観点で見るのであれば、頼総統が現状維持を謳うように(日経新聞, 2024)、現状維持を望む声が大きい社会であるが、国民党では親中とされる人物が党首となり、「すべての台湾人が誇りをもって『私は中国人』といえるようにしたい」と発言するなど、中国共産党への親和路線を益々強めており(日経新聞, 2025)、分断の目が芽吹いている。
国内では、立法院でのねじれ状態が続き(日経新聞, 2025)、優勢な国民党を始めとする野党の予算案や野党の改定案が通ることが多い状況にあり(JETRO, 2025)、必ずしも安定的な政権運営が行われているわけではない(清水&吉田, 2024)。
<ASEAN諸国>
ASEAN諸国は必ずしも一枚岩ではない一方、一つの勢力として米中何れの覇権も望まず、適度な緊張の中で何れとも安定した関係を持とうとしているが(菊池, 2016)、2000年代後半以降、ASEANと中国のパワー格差が拡大し、中国がパワーポリティクスを意識する中で、当初掲げていた、説得を中心とした対南シナ海外交には限界が来ている(湯澤, 2017)。
では、対アメリカ外交はどうであろうか。中国との領土問題を抱えている国が複数あることから、アメリカへの見捨てられを恐れる一方(浅野, 2017)、西側的な価値観の押しつけへの警戒も有していると共に(菊池, 2016)、フィリピンは同盟のジレンマを抱えているのが実態であり(毛利,2025)、大国間に揺れ動く状態である(庄司, 2014)
4.台湾有事にいたる道程
<前史>
国共内戦により敗北した蒋介石政権は大陸反攻を訴えたものの、1949年末以降、舟山群島、海南島、萬山群島等の離島を失っていった(西川, 2021)。トルーマン政権は当初、中国への不干渉を宣言していたものの、朝鮮戦争の開始により台湾についても不介入を撤回した(西川, 2021)。
<第一次台湾海峡危機>
1954 年の夏頃より、米国と台湾の間に安全保障条約が締結される可能性が囁かれていたことを背景に中国共産党は「台湾解放」の姿勢を強く打ち出すようになった。そして1954年9月、中国は金門島に向けて砲撃を開始し、第一次台湾海峡危機が発生した(松本, 2017)。この攻撃について、米台は中国共産党が台湾解放の解放を探るものとして認識していた(前田, 1995)。当初、アイゼンハワーは台湾への介入に懸念を有していたものの、11月にも大陳島へ攻撃し、中国共産党が陥落させたことから、日華相互防衛協定締結に繋がった(松本, 1998)。米国は台湾の守る範囲を台湾及び澎湖諸島に限定する形で、中国への徒な挑発を避けると同時に、中国の軍事行動を抑止する曖昧戦略を採用することとなった(松本, 1998)。
<第二次台湾海峡危機>
1957年12月の大使級格下げ問題に端を発した外交問題から、米国政府が台湾問題の平和的解決への意思が欠如していると見做した中国共産党は、米国に対する批判の姿勢を強めていった。一方、中ソ関係に亀裂が走る中、フルシチョフの平和共存路線は中国への焦りを招いた。翌年1958年にイラン革命を巡るヨルダンへの武力介入を契機とし、同年、毛沢東は金門島への攻撃を決定した(松本, 2020)。
1958年8月23日、PLAは金門島への砲撃を開始した。補給船は早々に破壊され、事実上金門島が封鎖される中(村上, 2020)、中華民国国府は米国政府への支援を要請し、米国は第七艦隊を派遣、中華民国の輸送船団の護衛を決定した。米国政府は、防衛対象の限定を中華民国政府に通知せず曖昧にし、中華民国側が過度な反撃に出ないように抑制を図ろうとした(五十嵐, 2021)。
9月には台湾の海上封鎖を突破し、金門島の陥落の恐れは低減していった。また、共産党内でも好戦派の粟裕が解任された結果、中国指導部内の停戦支持派の意見が優勢となり、金門島砲撃を徐々に低減させ、最終的には終結へと繋がっていった。この後、1958年10月23日の「蔣介石・ダレス共同コミュニケ」では「金門島及び馬祖諸島の防衛は、台湾及び澎湖諸島の防衛と密接に関連している」ことが明言され、アメリカ側の明確さが一定打ち出されることとなっていった(松本, 2020)。
<第三次台湾海峡危機>
1988年に成立した李登輝政権は急速に民主化を進めるとともに、国交関係のない国家を含む外国へ積極的に訪問し、中国共産党を刺激した(林, 2016)。1995年、米国上院外交委員会で、李登輝総統の訪米許可を求める決議案を可決したことから、李登輝は母校であるコーネル大学を訪問しスピーチを行った。これに対し、中国共産党は態度を硬化させた。これを景気に中国共産党は大規模な軍事演習を開始した(野村, 2011)。また、中国共産党には決して認められない総統選挙の開始を受け、台湾を威圧した(林, 2016)。
中国がミサイル発射演習を開始した後、米国は1995年12月に空母ニミッツを台湾海峡に通過させ懸念を示したが、中国の演習は抑えられなかった。1996年3月には、ペリー国防長官が「極めて明確で曖昧さのないメッセージ」を伝えるべく、2隻の空母戦闘群を派遣した(Porch, 1999)。1996年3月14日に中国は、台湾への攻撃の意図がないことを米国へ伝達し、米国のペリー国防長官が「危機は過ぎ去ったと理解している」と発言したことより、第三次台湾海峡危機は集結した(野村, 2011)。
5.台湾有事という未来
この種の問いは往々にして占いと変わらない程度の信頼性しか持ち得ないが、屡々質問される問いであり、推察するうえで、異なった現状分析を提供してくれるものではある。何故ならば、言説が認識を形成するように、認識もまた言説を形成するからである。その意味で答えるならば、2027年説、2035年説が主流ではなかろうか。
2027年説の根拠は①デイビッドソン発言②共産党のアニバーサリーの2点であろう。1つ目の根拠は、アジア太平洋軍司令官のP.デイヴィッドソンが2021年、上院の公聴会で「台湾は彼ら(中共)の野望の一つである。そして、脅威はこの10年、いや、実際は今後6年間で顕在化すると私は考えている」と述べたことに始まる(The Gurdian, 2021)。またこの種の報告は2023年には国家情報長官室から(Director of National Intelligence, 2023)、2024年にはアキリーノインド太平洋の軍司令官から述べられている(日本経済新聞, 2024)。これら一連の主張の背景は2027年までに台湾に侵攻できる、若しくはアメリカの介入を阻止可能な能力が構築されることがある。2点目の根拠は人民解放軍の建軍100周年を迎えると同時に習近平3期目の三周年だからであるとする(時事通信, 2025)。
一方で、習近平の反腐敗闘争が続くと共に(産経新聞, 2025)、腐敗による軍の近代化も遅延している可能性がある(US Department of Defense, 2024)。2025年に粛清対象となった林向陽は台湾方面に相当する東部戦区の司令官であったし(朝日新聞, 2025)、何衛東も東部戦区の軍事作戦立案トップの司令員から中央軍事委副主席になっている(日経新聞)。また、張又侠や劉振立も失脚したと考えられており(読売新聞, 2026)、中央軍事委員会も習近平と張昇民を残すのみとなっている。張昇民もロケット軍の指令員はしているが、東部戦区の経験は過去にない(新華社, 2025)。仮に張又侠と劉振立が失脚していた場合、PLAの上将クラスは、張昇民と董軍、そして2025年末に上将位に登った、韓延勝と楊志斌の4名のみとなる。
2035年説の根拠は台湾側の見立てになろう。ただし、中華民国国防部の報告に依拠するならば、2035年に侵攻する、とまでは述べていない。中共の陸軍は「戦訓合一」の指導方針のもと「デジタル化、無人化、人工知能(AI)化」への発展を継続的に推進し、統合演習の規模拡大を加速させ、2035年までに現代化の達成を目標としており、海軍は「近海防御、遠海防衛」という戦略的要求に基づき、2035年までに、第一列島線から第二列島線の間の海域において、縦深防御およびA2/ADの構築を目標としている(中華民国国防部, 2025)。
6.来たる台湾有事の姿
台湾有事の侵攻方法という議論については、Wood&Ferugsonの議論が最も有名であろう。Wood&Ferugsonは段階的侵攻として、PLAが台湾本島を直接攻撃するのではなく、①金門島(など中国本土に近い島嶼の奪取、②澎湖諸島の占領、③台湾本島西岸への本格侵攻と3つの段階に分けて徐々に支配地域を拡大し、台湾を戦略的に孤立させて最終的な制圧を狙う構想を論じている(Wood&Ferugson, 2001)(詳細な内容については過去、筆者の論文要旨紹介として連載している『然りて平和を求む者は戦に備うべし』の「(論文解説)中国は如何にして台湾に侵攻するか(U.S. Naval War College )」をご参照いただきたい)。
近年ではCSISが活発に台湾有事に関するウォーゲームやシナリオ分析を刊行している。簡単に概要を記載しておくと、2022年のシナリオでは、上陸作戦を伴わずに台湾に強要を行うシナリオを分析しており、①参戦に基づく政治工作、②核による恐喝、③検疫および封鎖、④封鎖をエスカレーションさせた排除区域の設置、⑤空爆及びミサイル攻撃、⑥斬首作戦がシナリオとして考えられるとしている(Jensen, Bogart & McCabe, 2022)
2023年のウォーゲームでは、水陸両用侵攻を想定した内容となっている。本ウォーゲームによるならば、開戦から数時間で台湾海軍および空軍が壊滅するとし、ロケット軍の支援下で中国海軍は台湾を包囲し、船舶や航空機の進入を阻止するとしながらも、台湾の地上部隊は橋頭堡で頑強に抵抗し、自衛隊の支援を受けながら米軍が台湾の救援に至るとしている(Cancian, Cancian&Heginbothamm,2023)。
2025年のウォーゲームでは、いくつか其々のシナリオの違いを描きながらも、人的および物的コストが莫大な水陸両用侵攻を必要とせずに、台湾が中国との統一に同意する可能性がある選択肢として封鎖を想定している。シナリオではそれでもなお人的及び物的損失が大きいこと、エスカレーションのリスク、台湾単独の抵抗の不可能性、台湾の脆弱な資源供給力、完全封鎖に依る台湾への深刻な社会影響が指摘されている(Cancian, Cancian&Heginbothamm,2025)。
7.台湾有事の深刻性
台湾は一般的に、半導体の集積地であると同時に(読売新聞, 2024)、台湾海峡は世界における海上輸送のチュークポイントであり、年間の通行船舶数は12.5万席に上る(坂本, 2024)。台湾有事が発生した場合、半導体生産がストップすることは言わずもがなであるが、海上輸送への影響が非常に大きい。ロンボク海峡経由を使用するという議論もあるが(小谷, 2016)、小谷は別論文にて朝日新聞の、ロンボク海峡についても有事には閉鎖される可能性を踏まえ、これらを自由に使い、敵の利用を拒絶すべきとしているとする中国国内の意見を載せた記事を引いている(小谷, 2019 )。第2列島線内にあるロンボク海峡およびマカッサル海峡もA2/AD領域となった場合、オーストラリアの南方から南太平洋を経由し、西太平洋を北上することにならざるを得ない(秋元, 2014)。し、最悪の場合は石油輸入すらできなくなる状況も想定される(川嶋, 2023)。
台湾を失陥した場合、なお一層目も当てられない。上述の文脈を踏また議論をすると、台湾の陥落により、中国が日本の海上生命線を脅かす手段を開発し、日本に対する強圧的な影響力を獲得するようことを後押しするだろう(ヨシハラ, 2023)。また、ドミノ理論の文脈で検討した場合、中国が台湾の支配権を獲得すれば、その拡大はそこで止まらない公算が大きく、第一列島線域内の他の国々にもリスクを齎す可能性も存在する(Rakwong, 2024)。
台湾失陥の影響はシーレーンの問題のみではない。もし米国が中国に軍事的に敗北した場合、後ろ盾としての米国の能力に信頼を失うであろうし、米国の軍事介入なしに中国による台湾侵攻が成功した場合、インド太平洋諸国は、米国のコミットメントに対する意志とと能力の両方に対する信頼を完全に失い、ASEAN諸国や韓国は中国に傾倒するであろう(Kamiya, 2023)。また、米国と日本が民主的な台湾を防衛できなかった場合、東アジアにおける自由民主主義の退潮と、独裁主義の拡大を国際社会に印象づけることになるだろう(Kamiya, 2023)。
8.日本の選択
中立が好ましいのは何れの国が勝利しようとそれらに脅威を感じない程の強国のみである(グィッチャルディーニ, 2018)。仮に日本が不介入という選択肢を採った場合、行動自体は米国への裏切りにしかならず、日米同盟の崩壊は不可避であろう(呉, 2004, p.215)。本邦が頑なな無関与を貫いたとてヴェネツィア共和国と同じ道を辿ることにしかならない。
9.本稿の限界
本エッセイでは、インド太平洋のと各国の現在という縦、横の側面から概観した。しかし、本来記載すべきであるインドやオーストリアといった諸アクターについては書ききれていない。また、台湾有事後の国際秩序などについても検討はしきれていない。
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川嶋, 2023, 台湾有事抑止における日本の対応に関わる考察
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湯澤, 2017, ASEANの対南シナ海外交の効用と限界―ルール形成の取り組みを中心に
庄司, 2014, ASEAN の「中心性」 ――域内・域外関係の視点から――
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坂本, 2024, 海上輸送のチョークポイントを巡る複合リスクと世界経済―海運、商品市況、サプライチェーン、インフレ、金融政策への影響
前田, 1995, 第一次台湾海峡危機とアイゼンハワー政権
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野村, 2011, 1996 年の中台危機―当時の総統である李登輝は、中台危機の際、どのような対応を行い回避したか?-
村上, 2020, 第二次台湾海峡危機(八二三砲戦)における金門地区への補給
島村, 2023, 2022年中間選挙とアメリカの政治の分断
森, 2024, 第2次トランプ政権の外交・防衛(1)―抑制主義者と優先主義者の安全保障観と同盟国へのインプリケーション―




