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一難去らずにもう一難

(具体的に……って、あれ以上どう具体的に話せばいいのよ)


 アーレリウスとデートの最中でもアルデバランを説得する方法を思案する。


「ロゼ、どうかした?」

「あ……少し考えごとをしておりまして」

「君の頭の中を支配するなんて、それが悩み事でも妬けてしまうな」


 少し拗ねたアーレリウスの表情を見た途端、考えていたことがどうでもよくなってしまった。


「アーレリウス様以上に優先すべきことなどございません」


 白薔薇姫の言葉にアーレリウスが満足そうに微笑んだ。


「可愛いロゼ。君は本当に完璧だ。そんな君を困らせることがあれば、僕が必ず力になるよ」

「ありがとうございます。さすが、頼もしいですわ」


 口元に手を添えてはにかむ。そう言ってくれるのは嬉しいが、魔塔の主を説得しようとしてるだなんて言えない。


(完璧……そう、白薔薇姫は完璧でいなくちゃ。魔塔に通おうとしてるなんて決して知られちゃいけないの)


 隠し事がまた一つ増えた。「頼もしい」なんて言っておきながら、アーレリウスを頼れることは一つも無い。重ねた嘘が静かに首を絞め、息苦しくさせる。


「あの……アーレリウス様」

「ん? どうしたのかな」

「実は……おじい様が体調を崩されてしまって、数週間ほどコークラント領に伺うことになったのです」

「そうか。それは心配だ。優しいロゼ。それで悩んでいたんだね」

「はい……」


 もちろん嘘だ。祖父は何の病も無くピンピンしている。魔塔に集中的に出向く期間を確保するためについた嘘。胸につかえる罪悪感を飲み込んで、困った表情でアーレリウスを見上げる。


「ですから、その、アーレリウス様としばらくお会いできなくて……」

「構わないよ。結婚すれば僕達は毎日一緒にいられるからね。心配でたまらないんだろう? 僕のことは気にせず、行っておいで」

「本当にありがとうございま──」


 ロゼアリアの身体をアーレリウスが引き寄せ、優しく抱き締める。彼の珍しい行動に驚き、ロゼアリアが慌てた。


「あ、アーレリウス様?」

「君としばらく会えなくなるなんて、初めてのことではないはずなのに寂しくてたまらないよ。帰ってきたら君の時間を僕にたくさんくれないか?」

「も、もちろん、です」


 頭の中がパニックだ。こんなにアーレリウスと間近で触れ合ったことなど無い。


(こ、これはどうすればいいの!? 抱き返して差し上げるべき!? 白薔薇姫ならどうするのが正解!?)


 抱き返すべきかどうか悩んでいる間に、アーレリウスがそっと身体を離した。体温が離れたことが惜しい。


「ごめんね、困らせてしまったね。けれど来年には結婚をするから、少しずつ慣れていこうか」

「慣れ……っ、」


 それはつまり、このような触れ合い方をすることが多くなるということか。白薔薇姫を演じることも忘れて顔を真っ赤にするロゼアリアに、アーレリウスはくすくすと笑う。


「君は本当に可愛らしいね、ロゼ。このような表情を他の男性に見せてはいけないよ?」

「アーレリウス様以外の方と二人で過ごすなど決してありませんっ!」


 顔が熱い。アーレリウスにこんな一面があったなんて。


 顔の熱は邸宅に戻ってからも治まらなかった。着替えの時に鏡に映ったピアスを見て、またアーレリウスのことを思い出してしまう。


「お嬢様、首や肩はお疲れではありませんか?」

「あ……うん。マッサージをお願い」

「かしこまりました」


 フィオラの施術を受けながら、深呼吸をして思考を切り替える。


(魔塔のこと、考えなきゃ。結局何も浮かんでない)


 アルデバランを攻略するにはどうすればいいか。まずはあの人間嫌いを和らげなければ。


「ねえフィオラ、人間が嫌いな人にはどう接すれば仲良くなれると思う?」

「人間がお嫌いな方ですか?」

「そう」

「仲良くなられるのはとても難しいと思いますが……何かお手伝いをしたりすると良いのではないでしょうか」

「お手伝い?」


 なるほど、ボランティアか。しかし魔法使いに人間の手伝いなど不要な気がする。


「お手伝いの他は何かある?」

「他、ですか……。そうですね……共通の話題があれば、仲良くなりやすいかもしれません」

「共通の話題……それだわ!」


 ぽん、とロゼアリアが手を叩いた。

 アルデバランと自分に共通の話題は無い。ならば作ってしまえばいいのだ。魔法や魔法道具に興味があることを示せば、少しは警戒心を解いてくれるかもしれない。


「フィオラのおかげで上手くいきそうな気がする」

「お役に立てたのであれば幸いです」


 魔塔の中にはあれだけ面白そうなものが転がっているのだ。話題作りには困らないはず。






「──ロゼ、少しいいかい?」


 夕食の席でそう切り出したカルディスの表情は疲れて見えた。たしか今日は騎士団長会議に行っていたはず。そこで何かあったのだろうか。


「どうされましたかお父様」

「来月、マヴァロ共和国の使節団が来ることになってね」


 マヴァロ共和国。海を渡った先にある国で、農業が盛んなことで知られている。


「マヴァロの方々が?」

「どうにも、魔物絡みで来るらしいんだ。おそらく、他国でも似たような状況なのだろう。魔物討伐の依頼だと言うのが今日の会議での見解だ」

「マヴァロは自衛団のみで、軍隊などが無いのですよね。だからでしょうか」


 自衛団だけでは魔物に対処しきれなくなった故に他国へ支援要請をする。なんらおかしいことではない。ただ、タイミングがあまり良くなかった。


「ロゼも分かっているだろうが、今のグレナディーヌに他国を支援できるような余裕はない。魔窟の侵食が加速度的に広がっているせいで、騎士団の遠征回数も増えている」

「そう、ですね」

「そしてどういうわけか、マヴァロの使節団は魔塔との会談を求めているんだ」

「魔塔と会談?」


 そこまで聞いてロゼアリアは考えた。騎士団がマヴァロに支援をするとなれば、まず魔窟の侵食を止めなければならない。それには魔塔の協力が不可欠だ。そしてマヴァロは魔塔と会談を要求している。もし魔塔にも支援を求めているのだとすれば、やはりマヴァロより先にこっちの魔窟問題を解決してもらわなければならない。


「つまり……来月までにグレナディーヌへの協力要請とマヴァロの支援要請について、魔塔の主を説得しなければいけないと?」

「そういうことになる」


 無理だ。自国の協力要請にすら応じないアルデバランが、他国のために動くわけがない。それも来月までなんて、もう二週間も無いじゃないか。

 しかし自ら名乗り出た手前、「無理です」なんて言えるはずがない。


「分かりました……最善を尽くしたいと思います」

「ああ。頼んだよ」


 困ったことになった。まさか二ヶ国の命運を握るはめになるなんて。もし達成できなかったとなれば、国際問題に発展するのではないだろうか。しかもマヴァロからは多くの農作物を輸入している。これを止められてしまうと、グレナディーヌだけの農業ではやっていけない。いくら魔法で年中問わず耕作ができるとはいえ、農地は限られているのだ。


「も〜〜〜〜! それもこれも全部、あの真っ黒傲慢お化けが頑固で分からず屋なせいよ! そもそも! 黒い魔法使いがアンジェル様を殺さなければ魔物なんて存在しなかったのに!」


 ベッドの上で枕をボスボスと叩く。もう悠長に「魔塔見学」なんて言っている場合ではない。


「もしこのままあのお化けを説得できなくて、マヴァロの輸出を止められたら……私が失敗したせいだって話が広がって、騎士団に所属してることもアーレリウス様にバレちゃうかも……!」


 駄目だ。それだけは絶対に避けなければ。

 叩いていた枕を抱き締めながら自分を奮い立たせる。


「よし! 真っ黒お化けを魔窟に落としてでも協力させてやるわ! まずは、明日で仲良くなってみせる!」


 最初は友達作戦からだ。フィオラの助言を元に明日は動いてみよう。

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