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贈り物と恋心

「アーレリウスだけれど。当面は謹慎処分となったそうよ」


 優雅にティーカップを手に取りながら、ヘレナが淡々と語った。

 ヘレナにお茶に誘われ、一体どんな用件があるのかと警戒しながら来てみれば。


「そうでしたか」


 ロゼアリアも紅茶に口をつける。こうしてヘレナとお茶を共にする日が来るとは、夢にも思わなかった。

 アーレリウスがあんな事件を起こしたにもかかわらず、ヘレナは婚約を解消する気は無いらしい。


「貴女、あれだけアーレリウスにご熱心だったくせに随分呆気ないのね。ザジャの旅で他に好きな殿方でもできたのかしら」

「けほっ」


 思わず咽せる。そんなロゼアリアの様子に、ヘレナがギョッと目を開いた。


「あら、まさか本当に?」

「ち、違います」

「ザジャの皇族? それとも、あの魔塔の主?」


 カップを置いていてよかった。でなければ、また咽せていただろう。


「違いますから。そんな方はおりません」


 なぜこうも鋭いのか。こちらの様子を伺うヘレナに悟られぬよう、平静を装う。

 アルデバランへの恋心など知られてはならない。人間嫌いの彼が、結婚を拒む彼が、こちらを好いてくれることなどないのだから。自分の中にある感情に気づいた時から、この想いは自身の胸に秘めると決めた。


 ふん、とヘレナが鼻を鳴らす。


「まあいいけど。もっと早く貴女がアーレリウスを諦めてくれたらよかったのに」


 ふふふ、と苦笑いを返す。もしかしたらロゼアリアが白薔薇姫を演じていたのと同じように、アーレリウスも完璧な王子を演じていたのかもしれない。

 ヘレナはきっと、素のアーレリウスを昔から愛していたのだろう。


 今日のお茶会がヘレナと二人きりでなければ、あっという間に「白薔薇姫に新しい想い人がいる」なんて話が出回っていたに違いない。アルデバランが社交界を全く知らないと分かっていても、当人の耳に入ったら、と考えてしまう。


「はあ……ヘレナ様も侮れない方ね」

「お嬢様、大丈夫ですか?」


 額を押さえるロゼアリアをフィオラが心配そうに見つめる。ロゼアリアとヘレナの仲の悪さはよく見てきた。今日はその二人でお茶会だと言われたのだから、心配で堪らなかった。


「うん、大丈夫。それより、時間があるから星祭りの贈り物を探しに行こう。騎士団員の分も用意するから、早く決めなくちゃ」

「はい、お嬢様」


 星祭りまであとひと月と少し。せっかく王都に来たのだから、贈り物を見繕うことにした。星祭りの日に恋人や大切な人

と贈り物を贈り合うのが本来の文化だが、近年では友人や仕事仲間など、どんな相手とも贈り合うのが主流になっている。

 ロゼアリアは毎年、家族や騎士団員、フィオラやオロルックなどの友人、そして婚約者へ贈り物を用意していた。今年は婚約者への贈り物は用意しないので、御用達の装飾品店で注文する必要も無い。


「フィオラは誰にあげるの?」

「もちろんお嬢様にお渡しいたします!」

「オロルックとかは」

「オロルックですか? お世話になっている騎士団の方にもお渡しする予定なので、オロルックにも渡しますよ」


 これはなかなか道のりが遠そうだ。オロルックに渡す贈り物はこのままだと大多数に当てたうちの一つ、でしかないだろう。

 頑張れオロルック、とロゼアリアは心の中でこの場にいない友人を応援した。






 アルデバランへの恋心を自覚してからというもの大変だ。仕事とは分かっていても、こうして会えるのが嬉しい。貴族に対する彼の相変わらずな物言いにヒヤヒヤするのは変わらないが。


「ったく、なんでアイツらはあんなに話が通じないんだ」


 ぶつくさ文句を言うそのしかめ面すら美しい。よく目立つ長身だから、常に目で追ってしまう。

 いや。望みの無い恋だから早いうちに諦めると決めたじゃないか。けれど、一緒に仕事をしている今くらいは……。どうせ婚約者もいないのだし。


「ロゼは。今日はもう帰るのか?」

「えっ。あ、ううん。もうすぐ星祭りだから、少しお店を回ってから帰るつもり」

「そうか。気をつけて帰れよ」


 言うなり、ピリピリした様子のアルデバランは姿を消してしまった。呆気なくいなくなる魔法使いに寂しさを感じずにはいられない。

 一緒に行く? とでも言えばよかった。

 アルデバランは星祭りに興味が無さそうだった。贈り物を贈る文化など知らないだろう。


「オロルック、王都を見てから帰ろう」

「ああ、星祭りのやつっスね。了解っス」


 落胆しながらも、オロルックと一緒に市へ向かう。


「リブにあげる物なんだけど、クッキー缶はどうかなって。でもたくさん持ってる気もして」

「あー、たしかにお菓子って難しいっスね。リブが好きな物だけど、だからこそ色んなの持ってるだろうし」

「うーん。やっぱり特注しようかな」


 リブリーチェなら何をあげても喜びそうだが、せっかく渡すのだから一番良い物を選びたかった。


 これが良いんじゃないか、こういうのはどうか、とオロルックと相談しながら様々な店を見て回る。


「あ、ここってお嬢がよく来てた装飾品の店っスよね」

「そうそう。でも今年は用事無いし……」

「いいんスか?」

「まあ、せっかく近くに来たし……お母様にあげるものが見繕えるかも。入るだけ入ろ」


 両親へのプレゼントはとっくに決めていたが、より良い物が入手できるなら考える。この装飾品店はロゼアリアの求める物を完璧に形にしてくれるからお気に入りだった。


「ロゼアリア様、ようこそおいでくださいました」


 ロゼアリアの姿を捉えた店主が、深々と頭を下げる。アーレリウスと婚約破棄したことは、既に彼の耳にも入っているはずだ。


「少し見ていっても?」

「もちろんでございます。どうぞごゆっくりお過ごしください」

「ありがとう」


 何か特注する予定は無いが、加工されたアクセサリーや宝飾の材料となる石を見る。


(この石、リブの瞳と色が似てる。贈り物として何か加工できるかも)


 とろけるような蜂蜜色のシトリン。リブリーチェの瞳の色によく似ていた。

 しかし加工するとしても、何に加工するべきか。


(たしか、魔法を使うのに魔法石が必要なんだっけ。リブは魔法石のピアスをしてたし)


 そうなるとピアスなどの装飾品は無しだ。加工して渡したところで、無用の長物になるだけだろう。

 悩みながら他の鉱石を目で追っていると、ある鉱石に惹かれた。


 炎のようなカーネリアン。その色は彼の瞳にそっくりだった。


(ど、どうしよう)


 アルデバランに贈り物を贈るべきか。

 リブリーチェに渡すなら、アルデバランにも渡すべきではないか。彼は魔塔の主なのだから。

 しかし、これでアルデバランに対して特別な感情があると知られたら?

 いや、でも。


 真剣に悩むロゼアリア。かつてアーレリウスに贈る物でも、ここまで悩んだことはない。


(リ、リブにも渡すんだもの。アルデバランに渡したって、何も不自然じゃないはず)


 そうだ。友人の魔法使いには贈り物をするのに、魔塔の主に贈らないのは失礼だ。アルデバランだって親交のある相手なのだから。

 では何を贈ろうか。


(アルデバランは管理者(エリュプーパ)だから、魔法を使うのに魔法石はいらないんだっけ)


 それなら、様々なアクセサリーを検討することができる。


「……あの、この石を使ってピアスを頼んでもいい? アーミラリ天球儀をモチーフにしたデザインで、金はアンティークゴールドにしてもらいたいのだけど」

「かしこまりました。後日デザイン案をお持ちいたします」

「私がこっちに来るわ。それともう一つ頼んでもいい?」


 結局、アルデバランへ贈るピアスとリブリーチェへのプレゼントを注文した。リブリーチェへのプレゼントは悩んだ末にくまのぬいぐるみを選んだ。ぬいぐるみの目と首につけるリボンに、シトリンをあしらうデザインにした。


「お嬢、ああ見えてリブは十一歳なんですよ。ぬいぐるみ遊びするかなぁ」

「そうだけど、すごく似合いそうじゃない? クッキー缶と合わせて渡そうと思って」


 くまのぬいぐるみを持つリブリーチェの姿は容易に想像できた。とてもよく似合っている。


「で、お嬢ってカーネリア卿好きなんスか?」

「はあ!?」


 オロルックからの急な問いかけに、ロゼアリアが大袈裟なほどの反応を見せる。


「ないない!! そんなことないから!! ピアスは、リブに贈り物するからアルデバランのも用意した方が良いと思っただけ!! 私はもっと、筋骨隆々な人が好み!!」

「クロレンス公子が既に当てはまってないんだよなあ」


 アーレリウスの姿を思い浮かべるオロルック。彼は筋骨隆々などではなく、男性の中でもかなり華奢な身体つきだ。ロゼアリアの言う好みとは真逆の位置にいる。アルデバランもそうだった。


「アルデバランは友達!! ただの友達!! 友達にだって贈り物するでしょ!!」


 手をぶんぶん振って否定する主の分かりやすさに、もはや笑いも込み上げない。ジトっとロゼアリアを見るオロルックに慌ててロゼアリアが取り繕っていた。


「オロルックこそ、フィオラへの贈り物は買ったの?」

「あ!! そうやって俺に矛先を変える!!」

「ちゃんと伝わるもの渡さないと、フィオラは一生分からないわよ。ていうか、もう言っちゃえばいいのに」

「そーいうお嬢はどうなんスか!! 俺のこと言えないくらい分かりやすいっスからね!!」

「だから違うって言ってるでしょ!!」


 ぎゃあぎゃあと言い争いながら帰路につく二人。大切な人への贈り物は用意したが、星祭りが開催されなければ意味が無いこともよく分かっていた。ちゃんと相手へ渡すためにもラウニャドールから国を守らなければならない。

 だから用意した贈り物は、星祭りへの希望でもあった。

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