青い決意
生き残った。けれど。
「さっきまで、皆生きてたのに……」
ユフィがポツリと呟いた。誰も、目の前に広がる光景が信じられずにいた。信じたくなかった。
残った子供は二十数名ほど。半分も子供が減った教室は、ずいぶん静かになってしまった。
「うっ、おえぇっ」
カイヤがその場で吐く。カイヤだけじゃない。惨状に耐えきれず泣きじゃくる子、吐き出す子、そしてブレイズやユフィのようにただただ呆ける子ばかりだった。誰も、正気ではいられなかった。
「皆、すまない……すまなかった……」
アグネシアが力無くその場にうずくまる。誰も彼も動けずにいた。
今起きたことが、すべて夢だったらよかったのに。
そう思いながら、抱き締めたフィメロの背中を撫でていた。
再び扉が開き、先程の兵士達が入ってきた。一瞬で空気が凍りつき、その場の全員が固まる。
まだ何かする気か。
しかし兵士達は生き残った子供達には目もくれず。ガラガラと押してきた大きな籠に、血を流して倒れた子供達を無造作に詰めていく。
ブレイズ達は黙ってそれを見ていた。数十分前まで何気なく会話することができた友人達が、ゴミのように回収されて運ばれていくのをただ見ていた。
兵士達が去り、再び静まり返る教室。もう何もする気が起きなかった。たかが魔法一つ使えなかったくらいで殺されるなんて。
「……今日は部屋に戻ろう。いいですよね、アグネシア先生」
リドラの問いかけに、アグネシアは何も言わずにうなずいた。
「リドラ」
前を歩くのっぽを、ブレイズが呼び止めた。
「どうしたの?」
「少し話せないか?」
「僕は構わないよ」
「ありがとう。少し落ち着いてからで良いから……あとで時間をとってほしい」
「じゃあ、夕ご飯のあとにしよう」
「うん」
部屋に戻っても、何をする気になれなかった。未だ震えている妹を撫でながら、ブレイズ自身もどこか上の空で。
(なんであんなことになったんだ……)
どうして殺されなければならなかったのか。魔法一つ使えないのが、そんなに悪いことなのか。魔法使いは皆、どんな魔法でも使えなければならないのか。そうでなければ、生きている価値は無いのか。
(フィメロが無事で良かった……)
あんなに大勢失ったのに。殺されたのが妹じゃなくて良かった、フィメロが無事で良かった、と思ってしまう自分に嫌気が差した。
殺された子供の大半は、フィメロとさして変わらない年齢の子達だったのに。
どうしてこんなに、自分勝手なことが言えるんだろう。
「お兄ちゃん」
ブレイズの腕の中からフィメロが見上げてきた。炎のような瞳が揺れている。
「魔法使いでいるのは、悪いことなの?」
「悪いことじゃないよ」
「じゃあどうして、みんな死んじゃったの? 悪いことだから、パパもママも死んじゃったんじゃないの?」
「違う……」
ただ魔法使いとして生まれただけで悪であるはずがない。ブレイズにだって分からなかった。分かるはずもなかった。ついこの前まで世間と離れ、高原で暮らしていた二人には分からない。
だってこれは、理由のない理不尽なのだから。
食欲なんて湧かなかった。それは他の子も同じようだった。それでも、今食べなければ明日の朝まで何も貰えない。一日二食しか与えられないこの場所で、食欲が無いなどと言ってられない。
(減ってる……)
食堂にいる子供達を眺めれば、いつもより明らかに人数が少ない。他の教室にいる子も間引かれたのだと悟った。
食事を無理矢理流し込んだ。フィメロにもできるだけ食べさせた。
「先にフィメロを寝かせてくるよ」
「分かった」
リドラにそう伝え、ブレイズは先に食堂を出た。
フィメロにシャワーを浴びさせたり、着替えさせたりしていると思ったよりも時間がかかってしまった。
「ごめん、リドラ。遅くなった」
廊下に背を預けてリドラは教科書を読んでいた。簡素なランプの炎が彼の影を床に落としている。
「全然大丈夫。フィメロの面倒を見てたんでしょ? ブレイズは良いお兄ちゃんだね」
「フィメロは俺が守らないとだから」
リドラが教科書を閉じ、ブレイズに向き合う。
「それで、何か話したいことがあるんだよね」
「その前に見てほしいんだけど……それ、借りてもいい?」
「教科書? いいけど」
リドラから借りた教科書をブレイズが床に置く。あの無言詠唱が本当に成功したものなのか、それともフィメロが浮遊魔法を使えただけだったのか確信が持てなかった。
短く息を吐き、もう一度声には出さずに魔法式を唱える。
(“浮遊せよ”)
あの時は奇跡だったかもしれない。ただのマグレだったかもしれない。そもそも魔法を使ったのはフィメロで、本当は無言詠唱などできていなかったのかもしれない。
それでもあの時より冷静だった。「できない」という迷いはなかった。
床に置いた教科書が、ブレイズの肩辺りまで持ち上がる。
ほら、できた。
「ブレイズ、これは……」
「リドラ、分かったんだ。魔法式さえ組むことができれば、詠唱しなくても魔法は成り立つ」
「どこでこんなことを覚えたの?」
「……アイツらが来た時、フィメロの代わりに浮遊魔法を使ったんだ。本当に俺が魔法を使ったのか、今確かめるまで分かんなかったけど……」
そこまで話して、ブレイズは気づいた。フィメロ以外の子供にも、無言詠唱で魔法を肩代わりすれば助けられたのではないか。リドラに、そのことを責められるのではないかと。
「あ、リドラ、俺は……」
「……ブレイズは本当にすごいね。きっと君みたいな人を天才って呼ぶんだと思うよ」
「そんなんじゃない。だって、助けられなかった……見てるだけだった」
いや、実際は見ることすらできなかった。共に学んできた仲間達の最期から目を背けた。
「……リドラ、俺は色んな魔法を詠唱しなくても使えるようになって、皆をアイツらから守りたいんだ。もう二度と誰も死なせない。今日みたいなことは起こしたくない」
リドラは教室の中でも魔法の勉強ができて、面倒見が良い。だから最初に彼に話した。無言詠唱はブレイズができたのなら、他の子供もできると思ったからだ。リドラなら、ブレイズの言いたいことを理解して皆にわかりやすく教えることができるはずだ。
──それは、ブレイズが一番辛く苦しい思いをしないといけないよ。
リドラに言われた言葉をベッドの上で思い出す。隣では妹が穏やかな寝息を立てていた。
他の子供達の分まで魔法を使う。一体どれだけの魔力を必要とするだろうか。
でも関係ない。もう決めたのだから。
(なんだってやってやる。絶対にここから、全員で逃げ出すんだ)
決意こそしたものの、ブレイズは無言詠唱を甘く見ていた。
「あっ、あああ……っ、うぅ……っ」
呻きながら利き腕を押さえるブレイズ。右腕の肘窩から手首にかけて大きな裂傷が出来ていた。ガタガタ震える腕から血が零れていく。
「ブレイズ!」
リドラが駆けつけ、即座に回復魔法を施す。
無言詠唱は魔法式が上手く組み立てられなければ、体内で暴走した魔力が外へ出ようと逃げ場を求める。それが原因で出来た裂傷だった。
まだ額に脂汗を浮かべたブレイズが大きく息を吐いた。
「やっぱり無理は駄目だ。使い慣れた魔法からじゃないと、君の身体が危ないよ」
「次の間引きがいつか分からないんだ……。少しでも多く、無言詠唱を習得しないと」
あの日からずっと、ブレイズとリドラは毎夜二人で無言詠唱の練習をしていた。二人と言っても、習得を試みているのはブレイズ。リドラは、魔力の暴走で負傷したブレイズの治癒を担っている。
「先に魔力で型を作れる詠唱ありきの魔法と違って、無言詠唱は魔力とエリューを同時に操るんだ。失敗した時の代償が段違いなんだよ? 君の腕が千切れたら、今の僕じゃ治せない」
「なら先に、回復魔法を習得する」
「どうしてそこまで……」
ブレイズが魔法を扱うようになってまだ期間が浅い。だというのに、リドラ達よりもよっぽど後に魔法に触れた彼が、目覚しく成長していくのはリドラも感じていた。
「リドラ、俺の代わりに図書室から解剖学の本をありったけ借りてくれ。俺はもう、借りれる冊数まで借りてるから……」
「詰め込みすぎだよブレイズ。回復魔法は僕が身につける。君の腕が千切れても、僕が治す。だから、そんなに焦らないで」
「焦るよ」
顔上げたブレイズの瞳は縮まり、震えていた。
「焦るよ。何も出来ずに仲間が殺されるのなんか二度と見たくない。皆、フィメロと同じくらいの子供だった。何も悪いことなんかしてないのに。リドラだって同じ気持ちだろ?」
「もちろん、そうだよ」
「無言詠唱が使えるなら、それで皆を守れるなら腕の一本や二本何回千切れようが構わない。出来ないよりずっとマシだ」
そうか。
リドラは納得した。ブレイズには、殺された子供が彼の妹のようにも見えるのだ。あの時無言詠唱が出来ていなければ、そこに妹もいたはずだと怖くて仕方ないのだ。
回収された子供達がどうなったのかは分からない。遺体を埋めてやることもできなかった。
だから、遺った彼らの道具を代わりに埋めた。唯一空の下に立てる、ちっぽけな庭に作った粗末な墓だった。
「……ブレイズ。回復魔法は僕が完璧に覚えて君に教える。だから、君が僕に無言詠唱のコツを教えてくれ」
ブレイズはとうに覚悟を決めている。仲間を守りたいのはリドラだって同じだ。だからリドラも、腹を括ることにした。
これ以上、誰一人として欠けさせたりしない。




