間引き
ここへ連れて来られたことは納得していないが、それでも魔法の勉強は楽しかった。魔法を使う工程に慣れるまでに二日とかからず、三日目には詠唱単体で魔法を使うこともできた。
「ブレイズって天才! もうそこまで魔法を扱えるようになったの!?」
ユフィが目を輝かせている。授業と授業の合間に、子供達はこうして魔法を教え合っていた。
勉強は楽しい。ここでは食事など、生活していくのに最低限のものは与えてもらえる。かつて畑の世話や食事を作るのに使っていた時間は、全て魔法を学ぶために使うことができた。
自分にもフィメロにも、友人がたくさんできた。
ここでの生活も案外悪くないかもしれない。次第にブレイズはそう思うようになった。
「──魔法使いの育成は順調ですか? 神官長」
尋ねられた銀髪の男性が、恭しく頭を下げる。ブレイズとフィメロを部屋まで連れていった彼だった。
「ええ、閣下。そろそろ最初の間引きを行おうかと。カーネリアの子供もおりますゆえ、何も心配はございません」
「それは良かった」
ここは漆黒の要塞の最上階、最高指揮官の執務室だ。机の上で両手を組んでいるのは、若くして最高指揮官の座に着いた男。
「リービル神官長、貴方に任せて正解でした。しかし、あれだけの数を全て失っては惜しい。ゴミならば処分で結構ですが、使えるものは用途に応じて分けておいてください」
「仰せのままに」
執務室を出たリービルが、配下を連れてそのまま魔法使いの子供達がいる塔へと向かう。石の床に、数人分の靴だけが冷たく響いた。
それはあまりに唐突だった。
いつものようにアグネシアの授業があると思っていた矢先、教室に入ってきたのはあの神官長。リービルの姿を前に、ブレイズの表情は思わず険しくなる。
(アイツ……!)
親が死んだことを誇れと言ってきた人間だ。今後何があっても彼を好ましく思うことはないだろう。
「全員揃っているようですね。これから最初の間引きを行います」
「リービル様、それは」
「アグネシア。間引きの基準にちょうどいい魔法はどれですか?」
リービルが無造作に教科書を捲る。その隣で、アグネシアは表情を青ざめさせていた。
「待ってくだされ、リービル様。まだ魔法を扱い始めたばかりの子も多いのです。もう少し時間を──」
「アグネシア、私に意見するつもりですか? 何の役にも立たないゴミ同然の貴様がこうして生きているのは誰のおかげか、忘れてしまいましたか?」
「……」
銀眼に鋭く睨まれ、枯れ枝のような老人は口を噤んだ。その姿は、風に吹かれれば折れてしまいそうなほど弱々しく映った。
「閣下は次の管理者が未だ現れないことを懸念されている。今使えないものは不要です」
「……」
「それに、全ての人数分の血の盃を用意するには管理者の血を全て抜いても無理な話でしょう。間引きをするに越したことはありません」
アグネシアはもう何も言わなかった。ただ静かに、息を顰めてそこに立っているだけだった。
「さっさと始めましょう。他の教室では既に作業を始めていますから。こちらから順に、そうですね……浮遊の魔法でも使ってもらいましょうか」
指名された子供は、困惑しながらも浮遊魔法で自身の教科書を浮かせて見せた。それを見たリービルが頷く。
「良いでしょう。次」
次の子供も同じように教科書を浮かせる。淡々と進んでいく試験のような時間に、しかしブレイズは嫌な予感を覚えていた。
(アイツ、間引きって言ったよな……浮遊魔法が使えなかったら、何するつもりだ?)
畑仕事における間引きとは、生育の悪い苗を取り除くことだ。間引かれた子供は一体、どうなるのか。浮遊魔法はここにいる全員が使えるわけじゃない。フィメロもまだ、使えなかった。
「次」
「あの、僕、まだできなくて……」
視線を落としておずおずと答える子供に、リービルはただ冷たい視線を投げるだけ。
「早く始めてください」
「だから、まだできなくて……」
「では結構。剣を」
リービルが配下から剣を受け取る。鞘から抜き取ると、彼は何の躊躇いもなく子供の胸を突き刺した。背中を銀の刃が突き破り、刺された子供は呆けた表情をしていた。
ブレイズが息を呑み、教室中で子供達の悲鳴が上がる。中には泣き出す子もいた。
「リービル様!!」
アグネシアが叫ぶが、もう遅い。心臓を突き刺された子の身体からはとっくに力が抜け、誰が見ても絶命していることは明らかだった。
「間引き、と言ったでしょう。使えないゴミは処分しろと閣下も仰っていましたから。さあ、続けますよ」
だが子供達はパニックに陥り、それどころではない。慌てて教室から逃げ出そうとする子の行手を兵士が阻む。阿鼻叫喚の中でブレイズは咄嗟にフィメロを抱き寄せた。
ここは狂っている。早く、逃げなくては。
結局誰一人逃げることはできず、凍りついた空気の中で「間引き」は続行されていた。鼻を啜る音と嗚咽が常にどこかから聞こえ、床はところどころ赤く濡れていた。誰もが俯き、友達に剣が突き刺さる瞬間にギュッと目を瞑る。
地獄だった。そうとしか言いようがなかった。
その地獄の中でブレイズもやはり俯き、右手で左手を力一杯握り締めていた。震える指先は冷たく、冷や汗が止まらない。
(どうする!? このままだとフィメロはアイツに殺される。どうすればいい!?)
ブレイズは浮遊魔法を使える。しかしフィメロは使えない。順番が回ってくれば、妹は目の前で殺されてしまう。どうにか、どうにかしなければ。
妹は絶対に守ると誓ったのだから。
(俺がフィメロの代わりに本を浮かせれば……でも、どうやって)
考えろ、考えろと自分に言い聞かせる。必死に息を吸って、脳に酸素を送る。
(詠唱、詠唱せずに魔法を使えば、俺がやったってバレない)
リービルの足音がすぐ傍まで近づいていた。
無言詠唱などやったことも無い。どんな代償を伴う魔法か、そもそも可能なのかも分からなかった。けれど迷っている場合ではない。
「次」
リービルの声が真上から降ってきた。とうとう、ブレイズの番だった。一度深呼吸をして、すっかり使いこなした魔法式を唱える。
「……“浮遊せよ”」
重たげな教科書が宙に浮き上がる様はこれまでで一番美しく、安定していた。リービルが満足げに頷いた。
「次」
フィメロの番だった。
「え、“浮遊せよ”」
今にも泣き出しそうな妹の声と同時に、ブレイズも心の中で必死に詠唱する。
(“浮遊せよ”!! 頼む!! “浮遊せよ”!!)
魔法式に沿ってエリューを操ればいい。エリューさえ操れば詠唱せずとも魔法は成り立つ。理論上は可能なはずだった。
「……」
すぐ傍で、リービルの持つ剣が鈍く赤い光を放っていた。鉄に似た臭いが鼻につく。
祈るような気持ちで何度も唱えた。
どれくらい経ったのか、ブレイズには分からない。本当は一瞬だったのかもしれないが、彼には酷く長く感じた。
フィメロの机に置かれた教科書が、重たげに浮き上がる。けれどたしかに、しっかりと浮き上がった。
「まあ、いいでしょう。次」
助かった。大きく息を吐こうとして初めて、自分が呼吸を止めていたことに気づいた。
(だめだ。まだ油断できない。俺が代わりに使ったって、絶対アイツにバレちゃいけない)
心臓が口から飛び出そうな勢いで脈打っている。安心したからか、抑えきれなくなった妹の泣き声が後ろから聞こえてきた。今すぐにでも抱き締めてやりたい。
けど今は、リービル達が教室を出るまで耐えなければ。
最後の一人まで回ったリービルが、教壇の上に戻ってきた。
「いいでしょう。最初の間引きはこれで終了です。半分くらい、ですかね。明日から、残ったものをまとめて引き続き勉強をしてください」




