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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
間章 あの子が忘れた物語Ⅱ
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魔法という世界

──唇を噛み締めて後悔した。こんなことなら、高原を出るんじゃなかった。

 ゲイツの家に迎えに来た男達が、魔法使いを捕まえる人間だったなんて。けれどあの衛兵を呼んだのはゲイツだ。つまり、最初から自分達はゲイツに騙されていたのだ。


(でもなんで、ゲイツさんは俺達が魔法使いだって……俺でも知らなかったのに)


 コンコン、と扉をノックする音でブレイズが身構える。フィメロを背中に隠し、扉の先を睨んだ。


「誰だ」

「あ、えっと、新しく来た子達だよね?」


 子供の声だ。警戒しつつも、ブレイズは扉に近づいてそっと開く。


「こんにちは!」


 そこにはブレイズと同じくらいの子供達が五人ほど立っていた。全員、あの首輪を付けている。


「魔法使い……君達も?」


「そう! 私はユフィ。こっちは双子の妹のネフィ。それからこののっぽがリドラで、その隣はカイヤ。で、この子はメオ。他にもいっぱいいるよ。ここにいる子達はみんな魔法使いなの」


 ということは皆、あの衛兵達に騙されてここへ連れて来られたのだろうか。


「君は? なんていうの?」

「俺は……ブレイズ。ブレイズ・ステラ・カーネリア」

「カーネリア? 管理者(エリュプーパ)様と同じ名前だ!」


 ユフィが表情をパッと輝かせた。


管理者(エリュプーパ)?」

「母なる石《ミテラ・エリュー》を管理する、すごい魔法使いなんだよ! ブレイズは目の色も管理者(エリュプーパ)様と一緒だね。家族なの?」


 自分の家族など、フィメロ、それから両親以外に知らない。管理者(エリュプーパ)という存在は初めて知った。もし母がその管理者(エリュプーパ)なら、今も生きていることになる。


「その管理者(エリュプーパ)って女の人?」

「ううん、おじいちゃんだよ。もうすぐ死んじゃいそうなんだって」

「そう、なんだ……」


 母に会えるかもしれない、という淡い希望は瞬く間に潰えた。仮に管理者(エリュプーパ)と言う人物と自分達の血が繋がっていたとしても、会ったことが無いのならただの知らない人だ。


「ねえ、ユフィ達も怖そうな男の人達に連れて来られたの?」

「私とネフィはパパとママに連れて来られたよ。パパもママも魔法使いじゃないけど、私達は魔法使いなの。もしかしたら、私達のどっちかが新しい管理者(エリュプーパ)様に選ばれるかもしれないってパパが言ってた」

「僕は教会にいたんだけど、ある日ここに連れて来られたんだ。でも僕やユフィ達は多分良い方だと思う。買われて来た子もここにはたくさんいるから」


 リドラの言っている意味がブレイズにはよく分からなかった。ブレイズが知らないだけで、奴隷として魔法使いが売られていることは珍しくもなんともない。ゲイツの所で会ったカラーという少年もそのうちの一人だ。

 むしろ、ここに集められた子供達のほとんどが奴隷商から買い付けた魔法使いばかり。とはいえ、一応部屋や食事などを与えられている点を考えればカラーのように働かされている魔法使いよりも良い環境にいると言える。


「おにぃちゃん」


 フィメロがブレイズの背中から顔を覗かせた。歳が近かったリッカとはすぐ打ち解けられたものの、自分よりずっとお姉さんだと分かるユフィ達には尻込みしているらしい。


「わあ、かわいい! ブレイズの妹? こんにちは」


 ネフィがしゃがみ、フィメロと目線を合わせる。


「うん。妹のフィメロ。フィメロ・ルクス・カーネリア」

「こ、こんにちは」


 おずおずとフィメロが挨拶を返した。


「私とユフィは双子だから、年の離れた妹がいるのってすごく羨ましい! ブレイズとそっくりね!」

「フィメロは母さんによく似てるんだ」


 この髪も目も、顔の造形すら母から受け継いだ。兄妹の外見に父の面影は無い。

 ここへ連れて来られて途方に暮れていたが、彼らが訪ねてきてくれて本当によかった。おかげでフィメロも泣き止み、落ち着いている。


「ね、そろそろ時間じゃない?」


 メオがユフィの服を引っ張る。


「あ、そうだね。二人に教えるね。次の管理者(エリュプーパ)様を選ぶまでの間、魔法の練習をするんだよ。管理者(エリュプーパ)様に選ばれた時に、すぐに色んな魔法を使えるように」

「魔法の練習?」

「こっち! ついてきて! あ、首輪はつけないとだめだよ! 魔法が使えないし、神官長様に怒られちゃうから!」


 渋々首輪を付け、ユフィ達の後について行く。どうやらこの建物はブレイズ達に与えられたような部屋の他に、椅子と机をいくつも用意された広い部屋もあるらしい。ブレイズ達が入った時には、既に座席の半分以上に子供達が座っていた。


「首輪についてる番号と同じ席に座るんだよ。ブレイズ達はさっき来たばかりだから、この端っこの席になると思う」


 ユフィが指したのは、格子が嵌められた窓の下にある席。随分古く、座ると木が軋む音がした。


 きっと今から魔法の勉強とやらをすることになるのだろう。どうすれば魔法を使えるのかなど、ブレイズは知らない。不安を胸にしたまま座っていると、先ほどブレイズ達が入ってきた扉からまた誰かが入ってきた。


 随分とやせ細った男性だ。ゆっくりとした足取りで壇上に立つ。彼の首にも、同じように魔法石の首輪が付いていた。


「ああ……君達がカーネリアの子供達か……」


 落窪んだ目がこちらを見つめる。隣でフィメロが小さく悲鳴を上げた。ブレイズが、フィメロの手をぎゅっと握る。


「まさか、若いカーネリアの血を見ることができようとは……ああ、君達がどれほどの魔法を扱うのか、とても興味がある……」

「俺達、自分達が魔法使いだなんてさっき知ったばかりなんだ。魔法の扱い方なんか知らない」


 枯れ枝のような老人をブレイズが睨みつける。両親の代わりに自分がフィメロを守ると決めた。誰が相手でも決して怯んだりしない。


「そう難しいことではない……君達にもエリューが見えるはずだろう」

「エリュー……?」

「今もほら……そこら中にあるのが見えないか」


 眉を潜めるブレイズの腕を、ユフィがちょんちょんとつついた。


「キラキラしてる光の粒子だよ!」


 光の粒子。そう言われるまで気にしたことはなかった。なぜならそれらは、産まれてから今まで当たり前に見えていたものだったから。他の人にも当然、見えるものだと思っていたから。

 まさかこれが、魔法使いにしか見えないものだなんて、ブレイズもフィメロも知らなかった。


 老人の名はアグネシア。ここで子供達に魔法を教えているという。彼曰く、魔法とはエリューを操って自然現象を再現することだそう。

 より上級の魔法を扱えるようになると、単なる自然現象の再現以上のこともできるとか。


「エリューを操るったって……」


 授業を終えて部屋に戻ったブレイズは、宙を見つめた。そこには今も、エリューがキラキラと瞬いている。気にするようになればなったで視界が騒がしい。

 魔法を使うには、己の魔力で魔法式を作らなければならない。形成する魔法式をイメージしやすいように、今日は飽きるほど描き取りをさせられた。


「その魔法式を作りながら詠唱……」


 指先で今日何度も描いた魔法陣をなぞる。


「“風よ(ヴェンダ)”」


 そよ風が前髪を巻き上げ、消えていった。ブレイズが自分の手のひらを見つめる。

 なるほど。今のでなんとなく分かったかもしれない。

 魔力はインクであり、器。そこにエリューを注いで、初めて魔法は完成する。


「……」


 ふと思い立ったブレイズがもう一度空中に指を向け。


「……いや、詠唱してた魔法式しか知らないな。たしか……“浮遊せよエアル・グラヴィーシャ”」


 唱えたのは、カラーが使っていたあの魔法。しかし何も起こらない。やはり詠唱だけでは駄目らしい。与えられた、随分くたびれた教科書をブレイズがめくる。


「おにぃちゃん、何してるの?」

「魔法の練習だよ。上手く魔法が使えたら、ここから逃げられるかもしれないだろ?」


 フィメロも教科書を覗き込んできた。まだ幼い妹には、ここに書いてある文字はなかなか読めず首を傾げていた。


「グラヴィーシャって言ってたから……あ、あった。“重力(グラヴィータ)”か。えっと、物を浮かせる魔法だから……」


 浮遊させるには、物体にかかる全ての力を考えなければならない。浮かせようと思った本は、まず重力によって下方向へ引っ張られている。その力よりも大きな、上向きの力を与えれば浮かび上がるはずだとブレイズは考えた。


「魔法式は分かったから、次はできるはずだ。もう一度……“浮遊せよエアル・グラヴィーシャ”」


 今度は本が跳ね上がり、天井へ激突した。上向きの力が大きすぎたらしい。急に真上へ飛んだ本にフィメロがびっくりしている。


「ご、ごめんフィメロ。えーっと、下向きの力よりもほんの少しだけ大きい上向きの力を与えればいいのか? でも本にどれくらいの力がかかってるか分からないし……あ、もしかしてこの式で計算して力の大きさを数字にすればいいのか?」


 机に置かれた紙とペンを手に取り、ブレイズがカリカリと見様見真似で教科書の式を書き写す。計算なんて、料理で材料を量る時や買い物をする時くらいでしか使ったことがない。それでも、未知の世界に触れるという好奇心には抗えなかった。

 フィメロを寝かしつけた後も、ブレイズは時間を忘れて計算と魔法式を紙に書き出している。


「つまり、これくらいの力が与えられるように操るエリューの量を調整する必要があるんだな。今度こそ……“浮遊せよエアル・グラヴィーシャ”」


 ふわりと本が浮き上がり、空中で静止した。静かな光景だが、ブレイズはものすごく集中している。本をこの場に保つということは、常に重力と同じだけの力を与えるようにしなければならないからだ。少しでも与える力が小さく、または大きくなれば本が動いてしまう。無意識に呼吸も止めていた。

 ふう、と身体の力を抜くとともに魔法が解け、重力を取り戻した本が下へ落ちる。床に落ちる前にブレイズが本を両手で受け止めた。


「カラーはこんなすごいことをやってたんだ」


 達成感に満ちた表情で呟くブレイズ。


 これが、後に『黒い魔法使い』と呼ばれる魔法使いが誕生した瞬間だった。

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