華やかな夜会
久しぶりに騎士団の正装を纏ったロゼアリア。慌ただしい日々を過ごすうちに、夜会の日になってしまった。
「なんで俺まで」
「当事者だから」
渋々夜会の出席を承諾したアルデバラン、それからアルデバランの付き添いで来たリブリーチェと共に馬車に揺られている。
ロゼアリアとしてはパートナーのエスコート無しに出席する夜会なので、二人と行動できるのは非常にありがたい。
「パーティー、僕初めてです!」
うきうきと窓から王城を見つめるリブリーチェ。りんごのように紅潮した頬が愛らしい。
「大して良いもんでもないぞ」
「主様は前にも来たことがあるんですか?」
「いや、今回が初めてだ」
珍しくわけの分からないことを言うくらいには、アルデバランは夜会が嫌らしい。
ボヤかれても仕方ない。今日の夜会で見送るカカルクと黒翼騎士団をマヴァロまで転送させるのがアルデバランなのだから。
憂鬱そうなアルデバランのために他愛ない話でもすることにした。
「そういえば、アルデバランから貰ったスピネージュがまだ咲いてるんだけど」
「ロゼに渡す時に保存魔法をかけたからな。一ヶ月は咲くはずだ」
「そうだったの?」
どうりで今も元気に咲いているわけだ。
王城に馬車が着く。ロゼアリアの後ろから、ため息と共に降りるアルデバラン。
「はあ……なんでこんな人間が多いところに来なきゃいけないんだ」
アルデバランにとっては不幸なことに、やはりここでも彼の姿はよく目立った。続々と王城へやってきた貴族達が見知らぬ魔法使いに視線を向ける。
「見世物みたいで気分が悪い。ロゼ、人のいない所に行けないのか?」
「テラスなら人が少ないかも。けどその前に国王陛下にご挨拶に行かなきゃ」
居心地悪そうなアルデバランを連れてパーティー会場へと踏み込んだ。
「やあロゼ。アルデバラン君も。ちゃんと来てくれて良かったよお」
「こんばんはロディお従兄様」
早速ロドニシオに出会った。知らない人間よりは知ってる人間の方がいいのだろう、アルデバランが安堵したように息を吐く。
「アルデバラン君もこんばんは」
「ああ、良い夜だな」
表情と言葉がまったく伴っていない。きょとんとしているリブリーチェにロドニシオを紹介した後、一緒にダリオットへ挨拶に行くことになった。
アルデバランはさっさとテラスへ逃げた。どうせまた威圧的なことしか言わないだろうからと、ロゼアリアも国王陛下への挨拶を強要しなかった。
「アルデバラン君てなかなか楽しい人だよね」
細い長身を見送りながらロドニシオが笑った。
玉座に座るダリオットを中心に、両隣に二人の王妃。王太子ジクターと彼の母である第二王妃が上座側に、第一王妃と王子がジクター達と対を成すように座っている。
王家の事情は貴族なら誰もが知っている。表情にこそ出さないが、王家を前にロゼアリアも酷く緊張した。
アルデバランを連れてこなくて正解だった。
「グレナディーヌ唯一の太陽、国王陛下。並びにグレナディーヌの麗しき月、両王妃殿下。グレナディーヌの若き太陽、ジクター王太子殿下とアトラス王子殿下にご挨拶申し上げます」
「うむ。今宵は楽しむと良い。あの魔法使いにもそう伝えてくれ」
ダリオットはアルデバランが来たことも知っていた。始終緊張しながらも、無事に挨拶を済ませることができた。
「王さま、かっこよかったです!」
王家についてよく知らないリブリーチェには、彼らが荘厳な王族として見えたはずだ。
「ロディお従兄様、アレクお従兄様は?」
「兄さんならどこかにいるはずだよ。父上と一緒かも」
挨拶に行こうと思ったが、今日の夜会には騎士団の出席者が多い。今頃他の騎士団やその関係者の挨拶回りで大忙しだろう。伯父と従兄の元へはもう少し経ってから伺うことにした。
ロゼアリアもロドニシオと共に挨拶回りへ出向く。人懐こいリブリーチェはアルデバランと違い、初めて会う人にも礼儀正しく物怖じせずに挨拶をしていた。愛らしい少年は魔法使いに対する偏見をことごとく払拭している。
「アルデバランじゃなくてリブが魔塔代表になった方が良さそう」
誰にも不遜な態度を取らず、その愛らしさでマダム達を魅了するリブリーチェを見てロゼアリアが率直な感想を漏らした。
「僕はまだまだですよう。主様の代わりなんて、誰もできません!」
「アルデバラン君よりよっぽど社交性があるけどねえ。そろそろ呼んでこよっか。兄さんもアルデバラン君に会いたがってたし」
「アレクお従兄様が?」
一体なぜアレクシスが。銀竜騎士団の人間として話がしたいのだろうか、と首を傾げるロゼアリアに、ロドニシオがにこにこ笑顔で言葉を続ける。
「魔塔の主がロゼを愛称で呼んでるって話したら、ぜひ一度会いたいって」
「アルデバランのことをアレクお従兄様になんて話したの?」
とりあえず、テラスに避難したアルデバランを三人で呼びに行く。まだカカルクには挨拶をしていない。どうせ行くなら、アルデバランも一緒の方が良いと思った。
世話の焼ける魔法使いを迎えに行く途中、ふと視線を感じた。目を向けると、こちらを見ているアーレリウスに気づく。だがロゼアリアはすぐに視線を外した。今さらアーレリウスと話すことなど無いし、すぐ傍にヘレナがいるのだ。関われば面倒なことになるのは目に見えていた。
テラスのベンチに腰かけるアルデバランは、夜闇に紛れるように存在感を消していた。
「何か用か」
「アレクお従兄様がアルデバランに会いたいんだって」
「誰だそいつは」
「俺の兄さんだよー」
アルデバランが片眉を上げる。見知らぬ人に会いたいと思われる理由が無い。
「せっかく夜会に来たんだから、ずっとそこで不貞腐れてないで顔出しなよ」
ロドニシオの誘いを断ろうとしたが、腕を引かれて強制的にベンチから立たされる。
「仕方なく来ただけだ。人間と仲良くなるつもりはない」
「まだそんなこと言ってるの? 私やロディお従兄様と仲良くなれたんだから大丈夫よ」
渋面を隠そうともしないアルデバランを無理矢理パーティー会場に連れ戻す。それだけで何人かがこちらを振り向いた。
全身を覆う黒、グレナディーヌ人より遥かに高い身長、そして目を惹きつけて離さない美貌。これだけ目立つ要素があるのだから、人目を引くのは当然だ。
「じゃあ、私はリブと美味しいご飯を食べに行くから。アレクお従兄様と仲良くね」
「おい、一緒に来ないのか?」
見捨てる気か、とでも言うような表情のアルデバランに笑顔で手を振り、リブリーチェと共に離れる。あとはロドニシオに任せた。
どうせ自分はダンスを踊る相手もいないのだ。今日はとことん、リブリーチェと美味しいものを堪能しようと思う。
「リブ、何か食べたいものはある?」
「あのマカロンの山がいいです!」
「美味しそう! でも先にご飯を食べなくちゃ」
サラダはマヴァロ産の野菜だ。味がしっかりしているから素材そのままの味で食べる、とココリリが言っていたのを思い出す。まずはドレッシング無しで食べてみようか。
ロゼアリアが食事を楽しむその先で、案の定アルデバランは人に囲まれていた。あの性格でも魔塔の主。魔法使いへ畏れを抱いているとはいえ、関係を持てるなら持ちたい貴族も多いのだろう。
間違いなく苛立っているアルデバランを完全に他人事として眺めながら、ロゼアリアはマカロンの山に手を伸ばす。
「リブ、マカロンはこのくらいでいい? もう少し欲しい?」
「あと二つ! あと二つだけ追加してください!」
「分かった。二つでいいのね?」
ドレスすら着ていないロゼアリアに声をかける令息はいない。白薔薇姫と謳われていた頃はひっきりなしに声をかけられたというのに。
もう一度アルデバランに視線を向ける。彼の周りには令嬢も多く集まっていた。
(どんな家柄だろうと、アルデバランがそもそも人間に好意を抱くはずないのに)
自らの大罪ゆえに結婚を避けている男だ。たとえ白薔薇姫だろうと、彼の心を奪うことなどできない。だから彼女達は無駄な努力をしている。結婚相手なら他の男性を探す方がよっぽど有意義だ。
まただ。アルデバランがソミンと戦った後のような虚しさをまた感じる。彼が、遠い人になっていくように思ってしまう。
「……リブ、少し疲れたからテラスで休んでくる。リブはまだここにいる?」
「はい!」
ケーキに狙いを定めるリブリーチェと分かれてテラスへ。何組ものカップルがそれぞれ広く間を空けて恋人との時間を楽しむ中、ロゼアリアは一人ベンチに腰掛けた。
「ふぅ……」
会場から漏れる華やかな音楽を聴きながら、背もたれに身体を預けた。体力はある方だと思っていたが、さすがに帰国後休みなく動き回っていた疲れがあるようだ。
「お一ついかがでしょうか」
ぼんやり視線を投げていると、ウェイターがトレイに乗った飲み物を勧めてきた。テラスで過ごす人にも飲み物を配りにきたようだが、見ての通り恋人との時間を楽しむ者ばかり。トレイの上のグラスはまるで減っていなかった。
気の毒に思い、ロゼアリアは一つ貰うことにした。
「じゃあ、お酒じゃないものがあれば」
淡いピンク色の飲み物を受け取った。しゅわしゅわと気泡が下から昇る様を楽しんでからひと口。甘酸っぱい味と共に、炭酸が口の中でぱちぱち弾ける。
まだアルデバランは人に囲まれているだろうか。きっとこの後うんざりした様子でテラスに逃げ込んでくるに違いない。あの様子じゃ、料理には手をつけていないだろう。アルデバランのために料理を取り分けてこようと思った。いらないと言われたら、自分が食べればいいのだし。たしか、食に好き嫌いは無いと言っていたはず。
「……あれ?」
立ちあがろうとして、身体が重いことに気づく。心なしか瞼も重い。夜会の最中に眠なるほど疲れていたのだろうか。
(……っ、違う!)
油断した。まさか、王室主催の夜会で飲み物に薬を盛られるとは思わなかった。
(誰か、人を呼ばなきゃ……!)
頭では分かっているのに声が出せない。眠気に抗えず、ロゼアリアはその場に倒れ込む。手から滑り落ちたグラスが割れる音も、もう耳に入らなかった。
穏やかな寝息を立てるロゼアリアの上に、人影が落ちる。シルバーブロンドの髪を持つ青年だった。
「──いけない。これ以上君の美しい顔に傷をつけたくないからね」
割れたガラスがロゼアリアに触れないよう、慎重にその身体を抱き上げた。
「愛しい僕のロゼ。やっとまた君に触れられた」




