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魔塔の主はなかなか手強い

「改めてご挨拶いたします。私はロゼアリア・クォーツ・ロードナイト。隣は部下のオロルック・リグ・ヘヴィンズです」

「どもー」

「ボクはリブリーチェです! この人は魔塔の主様のアルデバラン・シリウス・カーネリア様ですよ! とってもすごい魔法使いなんです!」


 リブリーチェに紹介されたアルデバランは面倒臭そうに足を組んで座る。


「本題に入らせていただきますね。灰色の地で確認されている魔物の巣の侵食が早いのです。どうか、魔物掃討の協力をしてはいただけないでしょうか」

「……」


 アルデバランは何も答えず、ティーカップを持ち上げた。もしかしたら顔を見ることができるのでは、とロゼアリアがアルデバランをじっと見つめる。しかし髪の隙間から見えたのは薄い唇だけで、表情を垣間見ることはできなかった。

 せっかくリブリーチェが淹れてくれたお茶だ。ロゼアリアもカップを口元に運ぶと、ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐる。

 一口飲んでみると、爽やかな甘さが広がりスピネージュの軽やかな香りが鼻を抜けた。


「美味しい……甘いけど甘すぎなくてさっぱりしてる」

「よかったですねアルデバラン様! スピネージュのお茶はアルデバラン様が作ってるんですよ〜」

「そうなのですか?」


 未だ何も言わないアルデバラン。もしかして無視をされている?


「あの……」


 何か返答をもらえないかとロゼアリアがアルデバランに視線を向ける。それを受けたからか、アルデバランがさも面倒臭そうに言葉を投げてきた。


「魔塔はお前ら人間どもにたんまり魔法道具をくれてやってる。それなのに魔物退治に魔法使いを駆り出そうってのか?」

「それは……」


 そう言われてしまうと何も言い返せない。アルデバランの言う通り、今の王国民の暮らしは魔法道具で成り立っている。目に見える所から見えない所まで。


「仰ることは尤もです。しかし、魔物の脅威は魔塔にとっても懸念されることではありませんか?」

「だから魔法使いに魔物を駆らせるって? 言っておくが、魔窟は十年に一度弱体化させている。侵食を防ぐためにこの俺が直々にな」

「えっ、そうとは知らず……」

「つい五年前に魔物の数を減らして土地を回復させたばかりだぞ? この短期間で侵食の速度が上がったっていうのか?」

「騎士団が観測する限りでは、そう考えられます」


 実際に自分の目でも見ている。それなのにアルデバランは鼻で笑った。


「お前らの力不足を魔法使いに押し付けるな。魔法使いなら魔窟に放り投げてもいいと思ってるんだろ?」

「違います! そのようなことは考えておりません!」

「どうだか。お前ら人間は昔からそういう生き物だ。自分の利益のために平気で他人を貶める。魔法使いを奴隷のようにこき使ってきた種族に誰が協力なんかすると思う?」


 かつての戦争が終結しても、怨恨は根深く残っている。隔絶し続けてきた魔塔にとって、人間に対するイメージは三百年前のまま何も変わっていない。ロゼアリア達がここへ来たことを快く思っていない魔法使いも多くいるだろう。

 最初に声をかけてくれたのがリブリーチェで本当に良かった。


「どうせ分かっていないようだから教えてやる。お前らに魔法道具を売ってるんじゃない。恩を売ってるだけだ。これ以上力を貸せだなんて図々しいことは二度と言うなよ」


 二度と言うなどころか二度と顔を見せるなと言いたげな圧だ。だがここで怯むロゼアリアではない。オロルックに手を出し、持たせていた書類を貰う。


「これはグレナディーヌ王国からの正式な協力要請です。国王陛下も承認されています。白薔薇騎士団だけでなく、全ての騎士団が魔窟の侵食を危惧しているのです」

「だから?」

「どうか協力をお願いいたします。もちろん、納得いただける謝礼を魔塔にお渡しすると約束します」

「謝礼? その気になれば金なんかいくらでも造れるのに、金を欲しがるわけないだろ」


 いくら魔塔の主であろうと貨幣を勝手に造るのは罪に問われる。偽造はもちろん、たとえ本物の金貨を造ったとしても罪は罪だ。


「今のお言葉は聞かなかったことにします。では、他に何か望むものを──」

「結構だ。魔塔が望むのはこれまで通り人間と一切の関わりを持たないことだけ。それ以上はない。何度言われても返事は変わらないからな。そろそろ帰ってくれ」


 ロゼアリアが口を開くより先にアルデバランが指を鳴らした。今の今まで魔塔の中にいたはずが、いつの間にかあの大きな門の前に移動している。


「な、何?」

「瞬間移動ってやつじゃないすか?」


 状況を飲み込めずに周囲を見渡すロゼアリアと、呑気に首を傾げるオロルック。アルデバランとリブリーチェの姿は見当たらない。自分達だけ追い出されてしまった。


「うぅ……なかなか手強いわね魔法使いって」


 一応、門を押してみるロゼアリア。先ほどは簡単に開いたそれは、今はびくともしなかった。おそらくもう中に入れてもらえない。


「んー……困ったわね。陛下や騎士団長の方々からサインをいただいた書類を置いてきてしまったし」

「他に入り口がないか探してみましょうか?」

「あまり期待できないけれど、探すだけ探してみましょう」


 魔塔の中へと続く門は大きいが、魔塔をぐるりと囲む柵は門ほどの背丈ではない。上手く足を掛けられれば登れるかもしれない。


(もし入り口が見つからなかったら実践してみよう)


 絶対に白薔薇姫でいる時はやらない行動だ。そうでなくとも普通の令嬢ならやろうとしないし、普通に考えて不法侵入だろう。

 魔塔の周辺を探ろうとした時、二人の目の前にパッとリブリーチェが現れた。


「わっ、リブ。」

「すみませんロゼアリアお姉さん、オロルックお兄さん。せっかく来てくれたのに」

「リブが謝ることではないわ」

「そうっスよ。そもそも、勝手に入ったの俺とお嬢っスからね」


 あれは一人でに門が開き、その先の扉も一人でに開いたのだ。断じて不法侵入ではない。


「ボクもお手紙読みました! 皆さんは魔物のことで困ってるんですよね? ボクにできることがあれば、お手伝いさせてください」


 なんて健気な良い子なのだろう。アルデバランにぜひリブリーチェの爪の垢を煎じて飲んでもらいたい。


「良いの? あっ、そしたら私達が魔塔に入れるよう協力してくれない?」


 リブリーチェが魔塔へ入れてくれれば不法侵入の手段を用いなくて済む。


「もちろんです!」

「実は中に忘れ物をしてしまって。明日取りにこようと思うから、その時に開けてほしいの」

「お嬢明日デートっスよね」

「そうだったわ。では明後日また来るから、その時にお願いしても良い?」


 まさか自分が、いっときでもアーリウスとのデートの約束を忘れてしまうなんて。


「お二人が来たら開ければいいんですね! でも、忘れ物なのに明後日でいいんですか? 今ボクが持って来ますよ?」

「明後日で良いの。私が忘れ物に気づくのは邸宅に戻ってからだから」

「えっと……?」


 ロゼアリアの言葉にリブリーチェが困惑している。

 書類の忘れ物は再び魔塔に入るための口実。作戦はこうだ。忘れ物をしてしまったことに帰宅してから気づき、回収するために魔塔へまたやって来た。アルデバランに小言を言われても「忘れ物を取りに来ただけ」と言えばいい。


「ふふん、我ながら良い作戦ね」

「どうっスかねえ。確実にヤな顔はされると思うっスけど」

「そう簡単に応じないのは織り込み済みよ。ここからよここから。心強い協力者を得られただけで、初日としては十分でしょ」


 ねー、とロゼアリアがリブリーチェを見る。よく分かっていないリブリーチェはにこにこしていた。


「さ、帰るわよオロルック。あの気難しい真っ黒お化けを説得する計画を立てなくちゃ」


 真っ黒お化けが誰を指しているのかすぐ分かる。本人に聞かれていたらどうするつもりなのか。


 少し名残惜しそうなリブリーチェと別れ、二人は邸宅へ向かった。

 魔窟のことは話したが、深刻さを理解してもらえなかった。次はそこをもっと具体的に伝えてみよう。

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