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根源を穿つ

 ソミンに結界の権限を渡したアルデバランが、ロゼアリアを振り返る。


「俺達はさっさと本体を潰すぞ。長引くほどこっちが不利だからな。行けるよな?」

「任せて。食べ歩きした後の運動にちょうどいい!」

「ああ……」


 自信ありげなロゼアリアに、アルデバランが天陽市での彼女を思い出す。


「いいか? ロゼは俺から離れるなよ。道中のラウニャドールは無視して、とにかく本体だ」

「分かった。急いだ方がいいよね? 走る!」

「ちょっと待て」


 言うなり飛び出すロゼアリアを追うアルデバラン。しかし、華奢な背中はあっという間に小さくなり。


「おい!!」

「わっ」


 ロゼアリアの眼前に迫った黒炎を金色の光が跳ね返す。


「離れるなと言っただろ!! たった今!!」


 ロゼアリアの元へ転移したアルデバランが、その首ねっこを掴んだ。


「だってアルデバランがそんなに足が遅いとは思わなかったもの」

「まず勝手に飛び出すな!」


 一瞬でも目を離せばロゼアリアは死地に突っ込むのではないか。そう思わずにはいられない。


「まったく。とりあえず、近場まで転移するぞ。そこから先は状況を見ながら進む。いいな? 絶対に走るんじゃないぞ」


 ロゼアリアに釘を刺してから転移魔法で移動。この地全体が気温が低かったが、巨大な影の塊周辺はことさら寒い。息を吸えば灰が凍りそうだった。

 あまりの寒さにアルデバランが舌を打つ。


「チッ……さっさと焼き払うぞ」


 一言に焼き払うと言っても、このラウニャドールは見上げるほど大きい。グレナディーヌでの脅威レベル付けを当てはめれば、A、もしくはSと見積もっていいだろう。


 大木までその距離約三十メートル。内側から焼くには、あの時のようにロゼアリアの剣を突き刺さなければならない。

 数は多くないが、周囲には卵。これらもいつ孵るか分からない。

 自然と息を殺し、慎重に歩みを進める。


「寒すぎるな……」


 アルデバランがボヤきながら火を灯す。小さな種火に見えたが、暖を取るには十分なほど温かい。


「あったかい!」

「凍えても困るからな」


 ロゼアリアがアルデバランに寄る。その向こうで、卵が割れるのが見えた。

 ゆらゆらと振り子のように揺れながら人型が大地に立つ。


「アルデバラン!」

「ああ」


 瞬時に臨戦態勢、ロゼアリアが剣を構えた。


『“降リ注グ流星(メテオリティッラ)”』


 身の毛がよだつ声、直後、二人の頭上に真っ黒な隕石。アルデバランが打ち砕き、破片が周囲に落下した。

 知能があるといっても、にわかには信じ難かった。それでもこの耳ではっきりと聞いた。ラウニャドールが理解できない言語ではなく、この世界の魔法式を唱えるのを。


「なんで……っ! 今卵から出てきたばっかりなのに!」

「他のラウニャドールが学んだことは、恐らく根を通して共有されるんだろう。だから厄介な奴を倒してもキリが無いんだ」

「じゃあ、どうすればいいの? あの根を断絶させれば、ソミン達も助かる?」

「ああ。けど、根に手を出せばアレも動くだろうな。これ以上近づくのが難しくなる」


 言っている間にも次々と卵が孵り始めた。この全てが魔法を学習したラウニャドールなら、迷っている暇は無い。


 根を断絶させるとして、数を考えれば現実的ではない。少なくとも、ロゼアリアが一つ一つ断ち切って回るのは無謀だ。


「根と人型は俺が引き受ける。ロゼは一直線に本体を目指せ」

「分かった! それだったら、走っていいよね?」

「好きなだけ全力で走ってこい。本体が動き出しても援護はする」


 魔窟に落ちた時のように、ロゼアリアの剣に炎が集まる。


「行くぞ」

「うん!」


 ロゼアリアが走り出すのと同時に、アルデバランが人型と張り巡らされた根に雷撃を撃ち込む。バリバリという空気を震わせる音を聞きながら、ロゼアリアは脇目も振らずに走った。


「っ!」


 そんな彼女を叩き潰すように、巨木の鞭が振り下ろされる。暗闇の中でも、たった今立っていた地面が抉れているのが分かった。

 本体まですぐそこなのに。夜空に揺れる数多の腕が、接近を許さない。


『■■!』


 何百もの声が集合したような音が鼓膜を打った。不快な響きに耳を覆わずにはいられない。


(本体は魔法を使ってこない? 知識が共有されてるなら、魔法式を本体も知ってるはずだけど)


 ロゼアリアに襲いかかるのは木の幹ほどもある太い触手だ。人型のように魔法を使う素振りは一切見られない。

 これならばグレナディーヌの魔窟と同じように対処できるが、魔法を使ってくる可能性は心に留めておくべきだろう。


 アルデバランの炎を纏っているおかげで幾分か楽に戦える。剣が触手を掠めたところから燃え広がるのだ。完全に斬らずとも倒せるので、気持ちに余裕を持てた。


「んっ、しつこいっ!」


 斬っても斬っても新たな触手が向かってくる。おまけに、アルデバランが根を断ち切る度に断末魔が耳をつんざくのだ。度重なる妨害のせいでなかなか前に進めない。


『■■! ■■!』

「うるさい!」


 苛立ちに任せて目の前の触手を斬る。このままでは埒が明かないと、触手を倒すより進むことを優先した。

 背後から漆黒の腕が迫ってくるのを感じながら、振り返らずに進む。途中で急旋回をし、別の方向から伸びてきた触手の上を駆ける。

 ロゼアリアの後を追ってきた束。ぐるりと輪を描くその中心に躊躇いなく飛び込んだ。こちらを締めつけようと輪が狭まり、黒い壁となってロゼアリアを襲う。その壁に剣を突き立て、重力のままに落ちる。大量の触手を一気に片付けることができた。


『■■■■■■■!!』


 ラウニャドールの悲鳴を浴びながら難なく着地、ようやくその麓にたどり着いた。大きく剣を振りかぶり、思い切り突き刺す。その瞬間、剣を包んでいた炎がぶわりと広がった。


『■■■■! ■■■■■!』


 必死の様子で襲いかかる触手。しかしロゼアリアを包むほど広がった炎が、ロゼアリアに触れるのを許さない。まるで捕まえるように先端が割れた触手も、あえなく金の炎に焼き尽くされた。


「ぐぅっ、硬い! もっと刺さらないの!?」


 剣は辛うじて先端が食い込んでいるが、ラウニャドールも拒んでいるのだろう。ロゼアリアの腕力をもってしても深く刺せない。


「これじゃ絶対足りないのに!」


 自分に迫る触手は炎に任せ、ロゼアリアは両手で剣を押し込んだ。


 ぐいぐいと押し込むロゼアリアに呼応するように、炎が勢いを増す。それもあってか、やっと剣先が沈み始めた。


(どれくらいまで、刺せば……っ)


 全体重を剣にかける。華奢な剣身が軋む感覚が、柄を握る手にも伝わってくる。このまま力をかけ続ければ折れるかもしれない。だからといって、ここで辞めるわけにはいかなかった。


 もっと深く、奥まで。内側から全てを焼き尽くすために。

 炎が煌めく先で、ふと、不思議なものが脳裏に映った。不気味な光を放つマグマ。それが、この地から奪い、溜め込んだエリューだと直感する。汚染されたエリューが血液のように管を通って張り巡らされている。

 つまり、これを焼けばいい。


(もう少しで届く!)


 息を大きく吸い込み、一気に剣を押し込んだ。エリューの脈へ剣先が到達した瞬間、金の炎がその血液に燃え広がる。同時に凄まじい悲鳴が鼓膜を突き刺した。


「う、るさ」

「ロゼ」


 ロゼアリアの手の上から、色白な手が剣を握る。炎がさらに勢いを増し、ラウニャドールが激しく暴れる。


「アルデバラン!」


 隣を見れば、燃える両眼と目が合った。アルデバランはアルデバランで、不思議そうな顔をしてこっちを見ている。


「さっきのはロゼがやったのか?」

「さっきの?」

「ロゼに預けた炎から、コイツの内部が視えた」


 あのマグマはアルデバランにも見えたらしい。しかしロゼアリアが何か特別なことをした心当たりは無い。


「分からない! 剣を押し込んでたら急に見えた」

「そうか。そろそろ引き上げるぞ。内側はこれでいい、あとはソミンだ」

「うん!」


 剣を引き抜くと同時に転移。これで新たな人型は湧かないはずだ。

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