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異端者

「一つ、教えてやる」


 その場に立つアルデバランを警戒し、ソミンが少し後退る。


「詠唱は時間の無駄だ。おまけに、相手に『今からこの魔法を使う』と宣言するに等しい。そうだろ?」


 アルデバランが一つ、指を鳴らした。飛び退いたソミンの足元に焼け焦げた跡。閃光を遅れて認識した観客が、稲妻が落ちたことに気づく。


「実戦なら無詠唱が基本。相手が上位の魔法使いなら、詠唱した魔法は全て解除されると思え」


 次々と落ちる霆。空に暗雲はなく、雷光だけが発生している。


「それか、詠唱するならせいぜい“(フルメル)”程度だな」

「それは要素で、詠唱に用いる魔法式じゃないでしょう!」

「魔法式の簡略化、効率化の究極が要素単体での詠唱だ。──“(フルメル)”」


 落ちるだけだった雷が形を纏い、龍神を成す。バリバリと電気を帯びた龍は、空に走る稲妻をそのままもぎ取ってきたようだった。


「“純氷の龍(グラシェス・ドラーコ)”!!」


 噛み付かんと口を開いた雷龍にソミンが氷龍で対抗する。雷と氷がぶつかり合い、激しい音を立てた。


(向こうは母なる石(ミテラ・エリュー)の加護を借りてないのに!!)


 金の光を纏うソミンに対し、アルデバランの身体に変化はない。代償なく魔法を使える分、ソミンの方が圧倒的に有利なはずだった。

 魔力を消費せずに強大な魔法を使うなら、限りなく無駄を無くし、工程を省かなければならない。理を弄り回す代償に払うのが魔力。それを払わず、魔法式の操作を誤れば身体が受けるダメージは計り知れない。


 この男は化け物だ。ソミンはそう直感した。魔法式を極限まで効率化し、しかも無詠唱で扱う。化け物でなければなんだというのか。


「詠唱なんてのは元々、魔法式の操作ミスを減らすためのものだ。エリューを精密に操れるなら必要無い」


 ソミンとてそれくらい知っている。だからアルデバランの異常性をひしひしと感じるのだ。

 ソミンの放った流星(メテオラ)を蒸発させる(アグニ)。簡単に火球の火力を上げながら、同時にこちらへ襲い来る(フルメル)。それをアルデバランは一言も詠唱せずに立っているだけ。


 魔法使いの最高峰とは、彼のような人を言うのだろう。認めたくなかった。罪人の血筋が魔法使いとして優れているなど認めたくなかった。


 無詠唱で複数の魔法を同時に使うなら、魔力を精密に操るどころか一寸の狂いも許されない。もしほんの少しでも間違えれば、良くて手足、最悪の場合身体が破裂するだろう。理を捻じ曲げる代償というのは本来こういうものなのだ。


「そうだ。面白いものを見せてやる」


 アルデバランが何かを思いついた。


「“(グラシェス)”」


 それは氷の要素を示す言葉。だというのに。


「っ、熱っ!」


 防御壁を張りながらも、腕で顔を防ぐソミン。灼熱を孕んだ熱風が渦を巻いていた。


「なんで……」

「魔法式さえ合っていれば魔法は詠唱の影響を受けない。面白いと思わないか?」


 意味が分からなかった。彼の魔法理論は、完全にこちらの常軌を逸脱している。


 魔法の撃ち合いは優劣が無いように見えた。幾度となくぶつかり合い、飛び散り、花火のように輝く様は決闘というよりも派手なショーを彷彿とさせる。


「見世物ごっこはこの辺で良いだろ」


 アルデバランがふと手を止めた。満足気に炎が細められる。


「宣言通り、完膚なきまでに叩きのめしてやる」


 何をするつもりなのか。ソミンがさらに警戒心を引き上げ、アルデバランの次の動作を注視する。


 パチン。


 指を鳴らして現れたのは、無数の火球。なんだ、さっきまでと何も変わらないじゃないか。

 ソミンは(アクエール)で対応する。


「えっ」


 出したはずの水鞠が、霧となって離散する。その間も火球は迫り、ソミンは転がるようにして避けた。


 (何、今の……どういうこと)


 再び迫る火球。今度は氷の結晶を作り出すが、やはりそれも消えてしまう。


「私の魔法が、なんで…………はっ!」


 ソミンの目は、もう何も見ることができない。エリューを通じて周りのものを知覚しているにすぎないのに。

 こちらを見据える炎と、たしかに今目が合った。


──詠唱した魔法は全て解除されると思え。


 脳裏にアルデバランの言葉が思い出される。


「じゃあ……じゃあ、私の魔法が、解除されてる……?」


 尽く魔法式の権限を奪われて、対抗する手段を失っていく。

 攻撃が、防御が、反撃が、一切通用しない。アルデバランの魔法が直撃しないのも、彼の情け故だと理解せざるを得なかった。


 魔法を奪われた魔法使いなんて。大神官という役職を与えられているソミンにとって、魔法を奪われることは存在意義を奪われるに等しい。

 悔しかった。こんな負け方をするなんて。太刀打ちできないほどの強大な魔法で負けるならまだ納得できた。こんな、手足を奪われるような負け方が悔しかった。

 アルデバランは魔法の一切を開示しないため、権限の上書きができない。いくら母なる石(ミテラ・エリュー)に代償を肩代わりさせるとて、見よう見まねで無詠唱を習得できるわけもない。


「今からでも降参するか?」


 赤い目をした悪魔が、そんな囁きをしてくる。


「するわけないじゃない。私はこの国の大神官。他の国の管理者(エリュプーパ)に、それもカーネリアに屈するくらいなら死んだ方がマシよ」

「素晴らしい心がけだな」


 火球が真横を掠めた。彼の魔法は絶対に自分に当たらない。ならば。

 直撃させるつもりで火球の前に躍り出る。もし軌道を外すために他の魔法を使えば、隙ができるだろうと狙って。


「悪いが、これ以上長引かせるつもりはないぞ」


 ソミンの目の前に迫った火球が割れ、黒い格子が生まれる。様々な角度で地面に突き刺さったそれは複雑に絡み合い、ソミンの動きを完全に封じた。魔法が使えなければ、身体の自由も効かない。

 突きつけられた敗北だった。誰がどう見ても分かる敗北だった。


「まだ……っ!」

「いいや、勝負はついた。グレナディーヌとマヴァロの勝ちだ」


 刹那の静寂が過ぎ、闘技場を拍手が包み始めた。多種多様の魔法を披露したこの試合は、多くの観客に興奮を与えたに違いない。






(──遠い)


 割れんばかりの歓声と拍手をぼんやりと耳にしながら、ロゼアリアはそんなことを感じていた。

 つい先ほどまで隣にいたはずのアルデバランが、酷く遠い存在に思える。

 そもそも魔法使いと人間という時点で違う世界の住人。その上向こうは世界に十二人しかいない管理者(エリュプーパ)で、おまけに三百年という人には長すぎる時を生きてきた異端の存在。

 ロゼアリアと対等であるはずがない。頭では分かっていたが、今改めて思い知らされた。


(アルデバランの呪いを解けたらって思ってたけど、もしかしたら私の協力なんていらないかもしれない)


 魔法使いでないロゼアリアでも、ソミンとアルデバランの実力差は見れば分かる。騎士としての能力しかない自分に、一体何ができるだろうか。その騎士としての能力だって、リエンの前では遠く及ばなかったのに。

 魔塔に三百年引きこもっていた魔法使いを引きずり出し、王国との交流をもたらしたことを誇りに感じていたのに。アルデバランの罪の告白を自分だけが知っていることに、優越感すら感じていたのに。


 本当はアルデバランの方がずっと先を歩いていたらしかった。


 武闘会には勝った。けれど喜びは微塵も湧いてこなくて。

 代わりに、どうしようもない虚無感だけがロゼアリアの心に渦巻いていた。

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