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二戦目

「──はぁ……はぁ……くっそ、どんだけ頑丈なんだよあのおっさん」


 顎から汗が滴り落ちる。オロルックの見据える先には、未だ余裕を見せるカイウの姿があった。


「ふうむ。見立てた通り骨のある小僧だ。俺も久しぶりに本気を出さねばならんとは」

「よく言うぜ! 全っ然余裕そーじゃねーか!」


 片手で大剣を振り回しておきながら、顔色一つ変えない。本当に療養中の怪我人なのか怪しくなってくる。


(つーか、普段将軍の右腕やってる人の本気なんてこんなモンじゃないだろ)


 この試合は当然勝つつもりだ。だがそれと相手が手を抜くことは別だ。手加減されて掴んだ勝利などなんの意味も無い。少なくともオロルックにとっては。

 剣を握り直し、走り出す。大剣は一発でもまともに喰らえば致命的。だからこそ、カイウが加減をしているのが嫌でも分かって腹立たしい。


(まずはおっさんの本気を引きずり出してやる)


 今までより深く踏み込み、相手の懐を狙う。そのオロルックに対し、カイウはまるで(おうぎ)でも扇ぐように大剣を振った。近づこうとすれば払われる。カイウから距離を取らざるを得ないよう誘導され続けるが、裏を返せば近づいてしまえば勝ち目があるということだ。

 大剣の起動が変わる前に身体の向きを変え、相手を翻弄するためにオロルックは走り続ける。一瞬でも隙ができればあとは飛び込むだけだ。


「どうやら、グレナディーヌ人というのは小回りが利くようだ」


 なかなか捉えられないオロルックに、カイウが面白そうに呟く。頼まれて仕方なく出た武闘会だったが、想像より楽しい試合になるかもしれない。


 動き続けながら隙を逃さぬよう神経を集中させる。

 灰色の地での任務は常に仲間の状態や戦況を気にかけなければならなかった。だからだろうか、こんなに目の前の相手だけに集中したことは初めてだ。

 しかしオロルックは気づいていない。カイウの隙を見逃さないことに意識を向けるあまり、自身の視野が狭くなっていることに。


「っ!!」


 気づいた頃には真横から迫る剣筋。直前でカイウが刃の向きを変え、本来ならオロルックを叩き切るはずだった大剣は彼の身体を強打した。


「ぐっ、がはッ」


 吹き飛んだ身体が転がり、地面が腕や足を容赦なく擦る。なんとか上体を起こすが、今の衝撃で視界がクラクラする。カイウが刀身の側面を向けていなければ確実に死んでいたにもかかわらず、不思議と恐怖は湧かなかった。それくらいには、彼が自分を絶対に殺さない(・・・・・・・)という確信があった。


「どうした小僧。さすがに子供を痛ぶる趣味は無いんでなあ。もう限界だというなら、降参してはくれんかね」

「するわけないっしょ。俺はお嬢の一本取り返すんスから」


 おかげで目が覚めた気分だ。垂れてきた鼻血を乱暴に手の甲で拭い、オロルックがカイウを見据える。


(もっかい、もっと冷静に……)


 大剣を振り下ろす先をこちらが誘導すれば。その時に隙ができれば。

 再度扇がれた大剣を転がり込んで避ける。その真上からさらに大剣が振り下ろされ。


(──ここだ!)


 その一瞬を逃さず、オロルックは身体を跳ね起こした。それと同時に、一直線にカイウの懐へと飛び込む。


「ぐう……っ!」


(入った!)


 脇腹に一撃。だが、浅い。それでもこの一太刀は、カイウの心に火をつけるに十分な一太刀だった。

 もう一本を欲張る前に大剣が薙ぎ払いにくる。再び距離を取らされた。


「ほう……一撃貰ってしまったわい。しかし陛下の手前、このままでいるわけにはいかんな」


 空気が、静かに、けれどたしかに、重力を孕む。


 骨の髄までビリビリと痺れ渡るようなこれは、紛れもなく殺気。カイウが大剣を両手(・・・)で握る。

 これを、待ち望んでいた。


(──来る!!)


 そう、オロルックも身構えた瞬間。


「少々お時間よろしいでしょうか。カイウ様に至急お伝えしたいことがございます」


 この場にそぐわぬ女性の声が響いた。見ると、顔を垂れ布で覆った人物が胸の前で手を組んでちょこんと立っていた。

 突然の中断にカイウが訝しそうにしつつも、彼女の方へ顔を向ける。


「どうした」

「はっ。実は……」


 内密な案件なのだろう。カイウの耳元で手短に話すと、彼女は礼儀正しく一礼をして速やかに立ち去っていった。


「なんスか」


 一人蚊帳の外にいたオロルックが不満げに尋ねる。


「いやいや、大したものではない。しかしそうだな、どうやら貴様との勝負は早めに終わらせにゃならんようだ」

「そいつぁ喜んで!!」


 オロルックの方が一足先に踏み込んだ。もう一度、先ほどと同じことをもう一度やればいい。まずは大剣を誘導するところからだ。


 大剣を視界の端に捉えながら、体当たりをする勢いで距離を詰める。否、実際に体当たりをする。重心を低く保ち、下から突き上げるように。相手のバランスが崩れたところへすかさず畳み掛ける。

 オロルックが喉元へ剣を突きつけたところで、カイウは手を上げて笑った。反対にオロルックの表情は「信じられない」と言いたげだった。


「ううむ、これは油断した!」

「ふざけんな!!」


 カイウが反撃をできなかったはずがない。防ぐ手立てだってあったはずなのに。つい先ほどまでの殺気はどこへやったというのか。なぜ大剣を手放したのか。


「いやあ参った参った。あの娘っ子に違わず貴様も粘り強い小僧だった」

「何が『粘り強い小僧だった』だおっさん! 最後手抜いたろ!! 勝手に終わらせんな!!」


 憤慨するオロルックに構わずカイウが大剣を拾う。こんな屈辱的な勝ち方は無い。これでどうしてロゼアリアに顔向けができようか。


「もっかい戦え!! 俺はこんなん認めねぇ!!」

「すまんな、小僧。こっちにも優先順位ってもんがあんだ」

「なんだよそれ!!」


 それが今しがた入ってきた報せであることくらい、オロルックも分かる。長々と勝負を続ける余裕が無くなったであろうことも。だからといってこんな風に試合が終わることは望んでいなかった。

 不満を抱えたまま、促されるようにして控え室へ戻る。怪我の治癒を受けている間もオロルックは悔しそうに奥歯を噛み締めていた。






「──あんなん納得いかねー!!」


 観客席に戻ってからも、オロルックはそればかりだった。そんな彼の状態を見ていれば、ロゼアリアも「おめでとう」とは口にできない。


「さっき、西部でもラウニャドールの襲撃があったって聞いた。それで、第二皇子殿下が軍を率いて急いで向かわれたって。きっとそれが理由だったのよ」

「だとしてもっスよ。俺はちっとも嬉しくねえ」


 同じことをされたらロゼアリアも怒る。だから彼の悔しさはよく分かった。


「別に嘆くことでもないだろ。勝ちは勝ちだ」


 ただ一人、アルデバランはにべもなく言い放つ。それが火に油を注ぐ発言だとは考えないのだろうか。


「はあ!? 何言ってんスかカーネリア卿!! あんなん勝ちって呼ばないっス!!」

「騒ぐなようるさいな。相手が自ら勝負を降りたんならラッキーだろ」

「はん! アンタには一生分かんないでしょーね!!」

「オロルック、少し落ち着いて。アルデバランに騎士の精神を説いても聞くわけないでしょ」


 鼻息荒く憤慨するオロルックをロゼアリアが宥めながら、視線だけアルデバランに向ける。元はと言えばこの武闘会を持ち出したのはアルデバランだ。だというのに、なぜそうも他人事のようにしているのか。

 冷ややかに闘技場を見下ろしていたアルデバランが、ふと視線を上げる。それを追うようにロゼアリアも彼が見る先を向けば、そこにあるのは皇族の観客席。


 誰がどこに座っているかなど分かるはずもないほど離れた距離。席位置の高さから、辛うじてクシャがそこにいることが分かる程度だ。

 それなのに。どういうわけか、皇帝がこちらを見て笑っているような気がした。

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