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ロゼアリアは魔塔へ行きたい

 クロレンス公爵家の馬車を見送り、鼻歌交じりで邸宅に帰ってきたロゼアリア。ご機嫌な様子にフィオラも顔を綻ばせる。


「おかえりなさいませ、お嬢様。良い一日をお過ごしになられましたか?」

「フィオラ、見て! アーレリウス様から貰ったの!」


 早速貰ったばかりのピアスを見せつける。


「とても素敵なピアスですね」

「そうでしょう? 前に私を月の女神様みたいって言ってくれたのを覚えてて、このピアスを作ってくれたの! 真珠が月の雫って呼ばれてるからって! 早く付けたい!」

「かしこまりました」


 自室に戻るなりドレッサーの前にロゼアリアが座る。キラキラと顔を輝かせる彼女の髪をそっとかきあげ、フィオラが形の良い耳にピアスを付けた。


「よくお似合いでいらっしゃいます」

「本当に綺麗。決めた。毎日このピアスにする!」


 屈託なく笑う様は白薔薇姫のそれとはまるで違う。フィオラはこっちの笑顔の方が好きだ。もちろん、白薔薇姫の完璧な笑顔も美しいと思う。しかし幼い頃からロゼアリアを見てきた彼女にとって、この笑顔こそロゼアリアの本物の笑顔なのだ。


(お嬢様がいつか、クロレンス公子様の前でもこの笑顔で過ごせると良いのですが……)


 大袈裟なほどロゼアリアを大切にしているのだ。きっと本来の彼女を知ってもアーレリウスは受け入れてくれるはずだと、フィオラは思っている。


「そういえば、旦那様が魔塔に伺われるかもしれないそうですよ」

「お父様が魔塔に? どうして?」

「なんでも、国王陛下が魔塔と交渉する人をお探しだとか」


 それが魔物絡みの話であることは容易に想像できる。この前の遠征でカルディスも「魔塔に協力を」と言っていた。

 魔塔──三百年もの間人間を遠ざけている、神秘のベールに包まれた場所。数々の魔法道具の発祥地にして魔法使い達の聖域。


「魔塔……! いったい魔法使いがどんな人達なのか、お父様に教えてもらわなくちゃ!」


 その夜、夕食の席で早速ロゼアリアは父に問うた。


「お父様、魔塔に行かれるのですか?」

「まだ私が行くと決まったわけではないんだ。今日の騎士団長会議で正式に協力要請をすることが決まってね」


 それは喜ばしい第一歩だ。魔窟の侵食を食い止めるための希望が見えてくる。


「しかし魔法使いがどのような人達か分からないからか、実際に行く人を決めるのに難航しているところだ」

「では、お父様以外の人が行くかもしれないと?」

「その可能性もある。今国王陛下が人を募ってくださっているよ」


 つまるところ魔法使いという未知の存在を恐れているのか、志願者がいないらしい。

 それならば。


「であればお父様、私が魔塔へ行きます!」

「ん゛んっ、ロゼが魔塔に?」


 愛娘の発言に危うくカルディスが食べ物を喉に詰まらせかける。横で妻が慌てているのが視界に入った。


「魔塔側が簡単に応じるとは思えないですし、そうなるとかなり時間を要することになるかと。騎士団長のお父様が交渉に長期間時間を割くくらいならば、ここは第六部隊隊長として私が魔塔へ向かう方が合理的ではありませんか?」


 ロゼアリアが尤もらしい理由を並べ立てているが「魔塔に行ってみたい!」という好奇心が隠しきれていない。


 しかし一理あると言えばある。日に日に魔物が脅威を増す中、カルディスが魔物討伐に専念できなくなるのは痛手だ。

 それに、おそらく他に立候補する人物もいないだろう。


「……分かった。陛下に伝えてみよう」

「ありがとうございます! 必ず交渉を成立させてみせます!」


 ロゼアリアは既にやる気に満ちている。彼女が遠征に同行できないのもなかなかの痛手になるが、現状を考えれば致し方ない。食事を終えるなり意気揚々と席を立つ娘を、カルディスは苦笑しながら見送った。






「フィオラ、肩のマッサージして〜」


 入浴を終えたばかりのロゼアリアがフィオラにねだる。アーレリウスとデートをした日はいつもこうだ。常に気を張ってるせいだろう、首や肩が痛くて仕方ない。


「かしこまりました」


 指圧をしてもらってやっと痛みが和らぐ。こんな姿絶対に人には見せられない。


「魔塔に行く許可、貰えると思う?」

「旦那様も反対されていらっしゃらなかってので、大丈夫ではないでしょうか。奥様は少し心配されていましたが……」

「お母様は心配症だもの。灰色の地より危険な場所なんてそう無いわ」


 それはそうだ。笑いながらも、ふとフィオラが問う。


「お嬢様はその……魔法使いが怖くはないのですか?」


 全く関わりが無いからこそ、人々は魔法使いに恐れを抱いていた。かつて対立していた歴史があることも要因だろう。


「魔法使いが怖いなんて、人間が勝手に騒いでるだけでしょ。私は怖くない」


 ロゼアリアが言い切る。窓から入り込んだ夜風が、ふわりと彼女の髪を揺らした。


──だって、魔法使いは。


「だって魔法使いは私とお母様を助けてくれたのよ。覚えてないけど」

「奥様がお嬢様をお産みになられた時のことですか?」

「そう」


 ロゼアリアの母、ロゼッタは難産で母子共に命を落としかけた。それを救ってくれたのが当時わずか五歳ほどの魔法使いだと父から聞いた。


「お父様が言うには炎を閉じ込めたような、すごく綺麗な瞳を持った子だったそうよ。ドラゴンが人に化けたような美しい顔立ちだとも言ってた」

「奥様とお嬢様を救ってくださった方なのですから、旦那様にとってはアンジェル女神様やエレトー女神様のように神々しく感じられたはずですよ」

「そういうこと?」


 父の言葉を大袈裟だと感じていたが、家族の命の恩人ならそれも頷ける。

 ロゼアリアの出産が命懸けだったことで両親は二人目を拒んだ。ロードナイトの直系がロゼアリアただ一人なのはそれが理由だ。


「魔塔へ行ったら私とお母様の恩人に会えるかもしれないわね」

「その時はぜひ、私からもお礼を申し上げさせてください」


 主の恩人は従者の恩人。フィオラの言葉にロゼアリアがくすぐったそうに笑う

 ベッドに入る頃には、ロゼアリアの心は魔塔への興味でいっぱいだった。






 早急な対策が求められているせいか、ロゼアリアの申し出はすぐに承認された。あっという間に国王陛下公認の交渉役に任命される。


 魔塔に伺う前に、まずは手紙を送った──が、いくら待っても返事が届くことはなかった。

 二通目、三通目……。どれも結果は変わらず、何の音沙汰も無い。気づけばひと月が過ぎ、アーレリウスとのデートも四度を数えた。


 ここから考えられることは一つだ。既に魔塔は人間の要求に応じる気がない。


(他の手紙に埋もれてる可能性……は低そうね)


 ある日の夜、ベッドに仰向けに寝ながらロゼアリアは考える。まさかここまで人間を拒んでいるとは。

 となるともう、できることは一つしかない。


 行っちゃえ。魔塔に。






 翌日。ロゼアリアは朝食を終えると真っ直ぐに騎士団の宿舎へ向かった。


「オロルック!」

「お嬢、おはようございます。手合わせに来たんスか?」

「行くわよ!」

「え、どこに」

「魔塔に決まってるじゃない」

「え? 今から?」


 オロルックがキョトンと目を丸くする。今から魔塔に行く? そんな予定は知らされていない。


「今じゃなかったらいつ行くの」

「明日とか……」

「明日はアーレリウス様とデートの日だもの」

「ああ、なるほど……」


 諦めの笑みを浮かべ、すぐに支度を始めるオロルック。 


「すっごい急っすね。手紙の返事が来たんスか?」

「来てないわ」

「え?」

「来てないから行くの。昨日寝る前に思いついた」


 どうりで急なわけだ。

 オロルックを待つ間にロゼアリアは馬車の手配をし、魔塔へのルート確認まで済ませる。朝食から一時間も経たずして馬車はロードナイト伯爵邸を出発した。


 目指すは王都郊外の黒い巨塔だ。

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