皇帝と大神官
ザジャ帝国の第一印象は「派手」だった。飛行船から降りた途端目に飛び込んでくる、煌びやかな門。精密な彫刻だけでも圧倒されるのに、それを朱に塗りたくり、さらに金を施している。
「わあ、すごいねぇ」
気圧されるロゼアリアの後ろからロドニシオも降りてくる。
「さっさと話をつけに行くぞ」
派手な門には目もくれず、長い足で颯爽と歩いて行くアルデバラン。視線の逃げ場が無いほど豪勢な景観の中で、黒一色の彼の背中は目に優しかった。
(アルデバランの背中を見ながら歩こう……)
到着を待っていた皇宮の兵士と合流し、馬車で皇宮へと向かう。当然、馬車の外観と内観も凄まじかった。これでもかと主張をしてくる皇家の紫、それに負けじと輝く金。華美な装飾を見慣れていないカカルクとココリリは、始終目を白黒させていた。
馬車ですらこれほどなのだから、皇宮の絢爛さと言ったらない。
グレナディーヌの王城は真っ白な石で造られている。一方、ザジャの皇宮はパズルのように木を組み上げた複雑さがあった。こちらを見下ろすような威圧感に、思わず呆けてしまいそう。
そして何より印象深いのは、左右対称な造り。まるで中央に鏡でも置いたかのように、反り返った屋根の先まで違わない。だが、グレナディーヌのそれとは違う。この皇宮から感じるのは、完成された美しさではなく権威だ。
まさに、東の大国、ザジャを表すに相応しい宮殿だった。
「陛下の元まで僕が案内しますよ」
馬車を降りたリエンに、次々と兵士が頭を下げる。その光景に、改めて彼がザジャの皇子であることを感じる。
一歩。また一歩と進んでいくごとに、深淵に近づいているような感覚だ。リエンの後に続きながら、ロゼアリアはそんな風に感じていた。
きっと真っ直ぐ伸びた歩廊が薄暗いせいだろう。幾重にも重なった布や格子窓で直射日光が遮られるからか。天井もさほど高くはないのが、窮屈にも思える。グレナディーヌの王城は天井が高いのだと、ここに来なければ分からなかった。
前を歩くアルデバランを見ていると、余計窮屈に感じる。天井に手を伸ばせば、簡単に届くんじゃないか。
(皇宮の中も左右対称ね。その全てが、皇帝陛下のいる間へと向かってるみたい……)
進むにつれ空気が質量を増す気がするのは、そのせいだろうか。
リエンが立ち止まる。目の前には、巨大な扉。魔塔の門と同じくらいか、それ以上だ。のっぺりと立ち塞がった濃紫が、重たい音を立てて左右に開いていく。
真っ直ぐに伸びた一本の道。左右には控えた兵士が列を乱さず並んでいる。御道の先に階段が続き、玉座があった。背後の大窓が玉座と、そこに座する人物をくっきりと浮かび上がらせている。
「──待ちくたびれたぞ」
この距離をものともせずに響く、低い女性の声。黒く長い髪は癖一つ無く、膝を立てて座る様は品性より豪傑さを伺わせる。
ザジャ帝国皇帝、リュイ・クシャ。
彼女はその場に佇むだけで周囲を圧倒させる女性だった。
クシャが伏せていた目を開く。ロゼアリア達からは見えるはずがないのに、それだけで空気が一層張り詰めた。切れ長の一重はリエンによく似ているが、貫禄が違う。
「ほら、もっと近くに来ておくれ。顔が見えないだろう」
ゆったりとした口調でありながら、決して逆らうことを許さない。彼女の前では、まるで肉食獣を前にした兎か何かにでもなったみたいだった。
(若い……)
近づいて初めて分かったクシャの顔。リエンほどの歳の息子がいるとしても、その姿は若かった。三十代になったばかりにすら見える。
「呪いか」
唯一、クシャに全く臆することのないアルデバランが口を開いた。それに興味を引かれたのか、おや、とクシャが片眉を上げる。
「ひと目で見抜くとは。貴様、さては魔法使いだな?」
「その様子だともって数年、早ければ数ヶ月じゃないか?」
一体アルデバランがなんの話をしているか分からないが、ロゼアリアは冷や汗が止まらない。もって数年とは? 話が見えないが、不穏なことであるのは間違いない。頼むから皇帝陛下の神経を逆撫でる発言だけはしないでほしい。
「さすがですね、アルデバラン殿。陛下は不老の呪いを受けられております」
「進んで呪いを受けたクチだろ。代償は分かってるんだろうな?」
静かに尋ねるアルデバランの声は、どこか冷たい色をしていた。
(不老の呪い……アルデバランも、生まれ直しの呪いを背負っているから気にしているの?)
クシャ帝はアルデバランの発言をさほど気にしていないようだ。面白そうに口元に笑みを浮かべているものの、その目はあまり穏やかな色には見えない。
「余に対するその不遜な態度、なかなか気に入った。面白い小僧だな」
「陛下、彼らは旅の道中僕を助けてくださったのです。彼らがいなければ、今頃窃盗犯として牢に入れられていたかもしれません。どうか、彼らの頼みを聞き入れてはいただけないでしょうか」
「ほう。我が可愛い末息子を救ってくれた、と。それは礼をせねばな」
くつくつとクシャが笑う。だが、その笑顔を見ても一切安心はできなかった。
「話は既に聞いている。書簡では、ラウニャドールを駆逐する策を考えるために、世界中の管理者を集めてほしい。そうだったな?」
「ああ」
「しかし困ったものだ。我が国において奴らは貴重な戦争相手なのだ。それが失くなるとなれば、ザジャが貴様らの国に刃を向けるとは考えなかったか?」
息を飲んだのはカカルクだった。ロドニシオは何も言わないものの、クシャを見る目に温度が失われる。オロルックやフィオラ達の緊張が後ろから伝わってきた。
「ラウニャドールが消えた後は、世界を巻き込んで戦争をしようってか」
アルデバランが淡々と返す。が、僅かに怒りが滲んでいることにロゼアリアは気づいた。
他でもない、世界を巻き込むどころか太陽の女神諸共殺した彼だからこそ、その悲惨さを知っている。
「可能性の話だ。しかし、建国時代はさぞ楽しかったろうな。余の祖先もあの大罪人には感謝しているに違いない。何せ、戦争の大義名分ができたのだから。余もその時に産まれたかったものだ」
(──!!)
思わずロゼアリアは目を見開いた。クシャが、誰の話をしているか分かったからだ。アルデバランに視線を向けるが、彼は顔色を変えずクシャを見据えていた。
「まあ良い。大神官の意見も聞かず、余が管理者のことに口を出すわけにもいかぬからなあ。彼女をここに呼んだ。あの子がそうすべきと言うなら、余もそれに従おう」
クシャの態度はずっと、余裕を感じさせた。こちらに対する答えは既に決まっていながら、敢えてまだ伏せているような、そんな余裕だ。
「おいでソミン」
今しがたロゼアリア達が入って来た扉が再び開く。振り返ると、一人の少女が数人に支えられるようにして歩いてきた。
黒い髪を大きく三つ編みにし、肩から垂らした少女。大神官と呼ぶにはあまりにも若すぎる。目を伏せ、手にした杖を頼りに歩く様から、彼女は目が見えていないのだと分かった。
ロゼアリア達は自然と端に避け、彼女に道を譲る。瞳を閉じていても、顔の造形の美しさは顕著だった。
そんな彼女が傍を通り過ぎる時、僅かにその眉間に縦皺を刻むのをロゼアリアは見た。
「──ザジャの偉大なる皇帝陛下、クシャ帝にご挨拶申し上げます」
クシャの前でゆっくりと膝をつき、少女が頭を垂れる。
「面を上げよ、ソミン。紹介しよう。この娘が我が国の管理者、ツェイ・ソミンだ」
ソミンが立ち上がり、やはりゆっくりとした動作でこちらを振り返る。
なぜだろう。彼女は目を伏せているのに、睨みつけるかのような圧を感じた。
「ソミン、この者達はラウニャドールを駆逐するために十二人の管理者で集まりたいそうだ。お前がこの者達に賛同するなら、余は協力を惜しまん」
「……」
依然としてソミンの視線を感じる。あまり居心地はよくない。
「……お断りします。私は、祖に牙を向いた血筋とは関わりたくありません。なぜ貴方がここに来ることを許されたのですか、カーネリア」
先ほどソミンが顔をしかめた理由がよく分かった。どうやら彼女は、かつて女神と世界を殺した大罪人がブレイズ・ステラ・カーネリアだと知っているらしい。
こちらを睨むというよりは、アルデバランに嫌悪を示していたのだ。




