ザジャの末皇子
ラウンジは先程と変わらず静かだった。利用者もほとんどいない。
内容が内容なだけに、オロルックとフィオラには席を外してもらった。ザジャの皇子のことは、まだロドニシオ達に話さないよう伝えている。
「りんごのパイを三つと、それに合う紅茶を」
「かしこまりました」
一際奥まった席で、ロゼアリアが注文をする。
ロゼアリアの隣にアルデバラン、二人の向かいに青年が座った。程なくして、りんごのパイと紅茶がテーブルに届けられる。
とても美味しそうだ。フィオラがいない今なら、二つ、いや、三つ食べても良いのでは。
目を輝かせてりんごのパイを見つめるロゼアリアの前に、もう一つりんごのパイが差し出された。
「好物なんだろ?」
「いいの?」
アルデバランはいらないのだろうか。もしかして、りんごのパイは好みではないとか。
「アルデバランは、りんごのパイが好きじゃなかった?」
「食に好き嫌いは無い」
完全な好意でりんごのパイを譲ってくれたアルデバランを意外に思いつつも、くれると言うのだからありがたくいただく。
念願叶って二つも食べられる。と思ったが、このりんごのパイは絶対に美味しい。アルデバランがその美味しさを知らないままなのはよろしくない気がする。
少し悩み、決めた。
「……やっぱり半分だけで大丈夫」
フォークでパイを半分に切り、片方を自分の皿に移す。
「りんごのパイは美味しいもの。食べないのももったいないでしょ?」
「そうか」
残りの半分はアルデバランに返した。
「さて。濡れ衣を晴らしてやったんだ。俺達に協力してもらおうじゃないか」
ゆったりと足を組み、頬杖までついてアルデバランが青年を見る。相手が誰であろうと、アルデバランが不遜な態度を改めることはないらしい。
「我が国の魔塔の主が大変失礼致しました。私はロゼアリア・クォーツ・ロードナイト。この方はアルデバラン・シリウス・カーネリア卿です」
アルデバランを軽く睨んで、ロゼアリアが謝る。幸いなことに、ザジャの皇子が気を悪くした様子は無かった。
「彼の言う通り、僕はザジャ帝国皇帝が末子、第八皇子のリュイ・リエンと申します」
「ふーん。なあリエン、俺達はザジャの皇帝に協力をしてほしいんだ。各国の管理者を招集してくれってな」
なんの断りもなく皇子を呼び捨て。どう見ても人に者を頼む態度ではない。
「アルデバラン! 無礼すぎるわ! 大変申し訳ございませんリエン殿下!」
「いえ、お気になさらずロゼアリア殿。皇子と言っても僕の扱いは城の兵士とそう変わりません。敬称も敬語も不要ですよ」
「しかし……」
「本人がこう言ってるんだ。なら、それに習うのが道理だろ」
勝手に呼び捨てておいてよくも「道理」などと言える。
「どうでも良いことに時間を割きたくない。とにかく、だ。お前は皇帝に口利きさえしてくれれば良い」
「陛下が貴方方の要請に応じるように、と」
「ああ。ラウニャドールの脅威に世界中が晒されてる今、国同士で連携するのはお前らにとっても悪い話じゃないだろ」
だが、リエンの表情は渋い。もしかして協力は断られるだろうか、とロゼアリアは不安になる。
少し躊躇ったのち、リエンが口を開く。
「陛下に口利きをすることは、できます。しかし陛下を説得しろ、と言われたら難しいです」
「リエン、それは、皇帝陛下は私達の要請には応じてくれないかもしれないってこと?」
「その可能性もあります。正直、ザジャの民は、それほどラウニャドールに困っていません」
リエンの言葉は俄には信じ難かった。ラウニャドールの脅威に困っていない国などあるのか。
「ザジャの民は戦を好みます。今国内で人同士での争いが起きないのは、ラウニャドールがいるからです」
「つまり、下手にラウニャドールを殲滅するのは望まないってことか」
うーん、とアルデバランが腕を組む。皇帝がリエンの言った通りの考え方をしていれば、協力要請の答えは「ノー」だ。
「戦が好き……なるほどな」
「陛下に掛け合うことはお約束します。しかし、説き伏せることまではお約束できません。これで大丈夫でしょうか」
「問題ない。皇帝に会うまでに対策を考えられるんだ。礼を言う」
対策と言ったって、明後日の昼にはザジャについてしまう。リエンのことをロドニシオ達に伏せたままにするなら、アルデバランとロゼアリアだけで考えることになる。
(でも、アルデバランのことだからもう何か思いついてたりして)
りんごのパイを頬張りながら、チラリとアルデバランを見る。甘く煮たりんごとマスカルポーネがよく合う。やっぱり、アルデバランから丸々一個貰うべきだったかもしれない。
「リエンは、これからどうするの? そもそも、どうして一人で飛行船に?」
いくら身分を隠しているとはいえ、危険すぎる。実際、アルデバランにはバレているのだし。
「諸事情からしばらく帝国を離れていたのです。修行と言えば伝わりますかね。皇子と言っても末ですし、一人旅を特に反対されることはありませんでした」
第八皇子ともなれば、皇位継承権争いから遠いはず。どうやらリエンは、自身の身分に囚われることなく自由に過ごしてきたようだ。
まだ白薔薇姫だった頃にリエンと出会っていたら、彼を羨ましく思っただろう。
「では、今は里帰りをしてるのね」
「その通りです」
「もし嫌でなければ、ザジャまで一緒に行動しない?」
行く先は同じなのだ。せっかく知り合えたのだから、もう少し彼と仲良くなりたい。
「構いませんよ。アルデバラン殿には皇子であると見抜かれてしまいましたからね。他にも僕のことを見抜く人がいることを考えると、このまま単独行動を続けるリスクが無いとも言い切れ無いですし」
「安心して。貴方を狙う人がいたら私達が守るわ」
胸を張るロゼアリア。リエンが仲間になってくれたら、初めての土地でも心強い。
「私達の他にも私の従兄やマヴァロの人がいるんだけど、リエンを紹介しても良い?」
「ぜひ。よろしくお願いします」
よかった。これでリエンのことをロドニシオ達と共有できる。こんな重要事項をアルデバランと二人だけの秘密にするのは、少し心配だった。
翌朝、飛行船はスモグランドの港に到着した。ほとんどのグレナディーヌ人がここで降りていくのを、ロゼアリアとオロルックが並んで展望ホールの窓から眺める。
「みんな降りちゃった」
「スモグランドは貴族に人気っスからねえ」
宝石で有名なスモグランド公国は世界各地の貴族がよく訪れる。質の良い宝石を目当てにする貴族はもちろん、それと同じくらいに有名なのが五大宝石湖だ。新婚旅行で、澄んだ青い湖やエメラルド色の湖をゆったりと遊覧船から楽しむのが多くの令嬢の憧れだ。
両親も新婚旅行でスモグランドを訪れたことから、自分もアーレリウスと結婚した暁には、なんて夢を見ていた時もあった。
燃料や食料の補充のため、飛行船はしばらく停泊する。もう少し長ければ、スモグランドを観光したのに。
観光は次回の楽しみにして、念願だったトマトのケーキを食べていると離陸のアナウンスが響いた。
次に飛行船が停泊するのはザジャだ。
「あ! ねえ、アルデバラン見て!!」
スモグランド上空でロゼアリアが目を輝かせる。アルデバランを窓まで連れてくると、遥か下の景色を指した。
「ほら、五大宝石湖! 上からだと全部見える!!」
「たしかにな」
五つの湖は宝石と称するに相応しい彩光を放っていた。これは、飛行船ならではの楽しみ方だ。遊覧船よりも贅沢かもしれない。
「うわあ、綺麗……バケツ一杯分くらい持って帰れたらいいのに」
「あれは太陽光の赤い光が吸収されて、青い光が散乱するから青く見えるんだ。水そのものが青いわけじゃ──」
アルデバランが何か言ってる。
「とりあえず、綺麗ってことね」
「全然違う」
アルデバランはまだ何か言ってるが、ロゼアリアにはさっぱり分からなかったから聞き流しておいた。




