二国間協議
父に連れられ協議に参加したロゼアリアは、好奇心に目を輝かせていた。もちろん、表情はキリリと引き締め、白薔薇騎士団の代表らしく取り繕っている。
(あれがマヴァロの民!)
気づかれないように視線を向けているのは、斜め向かい……と言ってもほぼ対角に座る一組の男女。マヴァロ人の体格が良いというのは本当らしい。カカルクという青年は二十代に差し掛かる辺りだろうに、ここにいるどの騎士団長よりも逞しい体つきをしている。その隣に座るココリリという少女も、ロゼアリアと比べると背が高そうだった。
しかし二人とも垂れ目がちで、カカルクは淡い水色、ココリリは淡いピンク色の髪と瞳を持っている。太くころんとした形の眉もあり、どちらも温厚そうな顔立ちをしていた。
他国の人間を見て初めて分かったが、グレナディーヌ人が小柄で顔の圧が強いというのはあながち間違ってないかもしれない。
「ひとまず、黒翼騎士団を貴国に派遣する方向で決まりましたが……我が国の魔法使い殿は一体いつ現れるのです?」
一向に姿を見せないアルデバランにうんざりした様子の男性。彼はたしか、蒼狼騎士団長のバーステス侯爵だ。マヴァロの二人の前に空席が一つ。
マヴァロへどこの騎士団が行くかまでは滞りなく決定した。問題はその後だ。
飛行艇を持たないマヴァロ共和国へは海路でしか行くことができない。定期的に騎士団を派遣するとなれば、道中船に保護結界を張る必要がある。
つまり、魔塔の魔法使いに協力してもらわなければならなかった。
「魔塔の主殿は白薔薇騎士団の令嬢が説得したと聞きましたが、本当に彼は我々に協力する気があるのかね、白薔薇姫」
蒼狼騎士団長に疑いの目を向けられたロゼアリアは、にっこりと完璧な笑顔を返した。
「だいたい、今もかの地にある魔窟を掃討しているそうだが、それも本当かどうか」
得体の知れない魔法使いを信用できないのも分かるが、それはアルデバランに対しあまりにも失礼だ。ロゼアリアが見たことを全ての灰色の地で行っているなら、アルデバランはグレナディーヌの為に文字通り血を流してくれているのに。
「それについては心配ありませんよ。彼が娘を救い、灰色の地を退けるのをこの目で見ましたから」
代わりに答えたカルディス。それをバーステス侯爵はせせら笑った。
「そういえば、貴公のご息女は魔窟に落ちたようで。やはり、女性が騎士というのは難しいのでは? ああしかし、その傷では今さら縁談もありますまい。クロレンス公子も懸命な判断をしたのでは」
「バーステス侯爵」
カルディスの顔が怒りに染まる。空気が張り詰めたその時、ロゼアリアの真隣からのんびりとした男の声が響いた。
「なんだ、極力急いで来てやったってのにくだらない井戸端会議か? それなら帰っても構わないよな?」
いつの間に来ていたのだろう。アルデバランがゆったりとその長い足を組み、肘掛に頬杖をついている。
お世辞にも品のある座り方とは言えないが、なにぶん手足が長いのだ。そしてその美貌。どうしても絵になってしまう。
アルデバランにロゼアリアが小声で尋ねる。
「カーネリア卿、いつここに?」
「たった今」
「なんだ貴様、どこから現れた!!」
今まで誰もいなかった所に急に人が現れれば、それは誰だって驚く。バーステス侯爵の言葉は尤もだった。
「そっちこそ誰だお前。威勢だけは良いな」
「な、無礼な!!」
「それだけ威勢が良いなら、あの異物共も蹴散らせそうだな。お前も一人で魔窟に落ちてみるか? ん?」
にっこりと微笑むアルデバランは、それはもう、かつて王国一の美姫と謳われた白薔薇姫でも敵わないほどの完璧な美しさだった。
「こいつは五体満足で生き延びたぞ? 人間のくせに大したもんだ。で、お前はどうなんだ?」
人間嫌いなアルデバランにしては珍しく穏やかな声色だが、有無を言わせない圧がある。
「バーステス侯爵、座りたまえ。遠方から訪ねて来られた盟友の前であることを忘れるな。そして、貴殿が魔塔の主殿か? 貴殿の席はこちらなのだが。」
見かねた様子で静かに口を開いたのは銀竜騎士団長。純白の髪に涼やかなブルージルコンの瞳。カルディスの実兄、ロゼアリアの伯父にあたる彼こそ、剣聖として名を馳せるディートリヒ・ライド・べーチェル公爵その人だった。
彼はロゼアリアの剣の師でもある。
ディートリヒを見たアルデバランが、次にロゼアリアを見る。
「いや、ここで結構。お前ら目が似てるな。血縁者か?」
聞くタイミングは絶対に今じゃない。アルデバランの問いは無視して、ロゼアリアは彼をこの場にいる人に紹介する。
「この方が魔塔の主を務める、アルデバラン・シリウス・カーネリア卿です。えっと……グレナディーヌの管理者を務められてる方でもあります。」
最後の紹介はマヴァロの二人に向けてだった。ここに来る前、マヴァロの使節がグレナディーヌの管理者に会いたがっている、という話を聞いていたからだ。
ふむ、とディートリヒが双眸を細める。
「随分と若い者だな」
「代替わりをしたばかりであれば、若い管理者はそう珍しいものでもないですよ。初めましてアルデバラン殿。私はカカルクと申します」
快活な青年に、アルデバランが少し首を傾げて話を聞く。彼のことだ。堂々と失礼な態度を取りかねない、とロゼアリアは隣でヒヤヒヤする。
「そうか。よろしく」
「我が国の次代の管理者も、貴方と近しい年齢なのです。きっとお話が合うかと。アルデバラン殿は管理者を務めてどれくらいなのですか?」
「一昨年前だな。先代は死んだ。まあ、年だったからな」
平然と大嘘をつくアルデバラン。グレナディーヌの管理者は三百年代替わりをしていないし、二代前も彼だ。ロゼアリアだけがそのことを知っている。
「そうでしたか……ご冥福をお祈りいたします」
「うん。気にするな」
(誰も亡くなってないものね……)
「話の腰を折ってすまない。アルデバラン殿、貴殿が来る前に決定した事項を伝えさせてもらう」
「構わん」
「マヴァロ共和国への支援に騎士団の派遣が決定した。そこで、道中、船の保護結界を魔塔の魔法使いに任せたいと考えている」
ディートリヒの話を聞いたアルデバランが片眉を上げた。
「魔法使いの同行? 生憎、今は人手を割けられない。無理だな」
「貴様、そう言って騎士団に協力する気が無いだけではないのか」
先程のことを根に持っているのか、バーステス侯爵がアルデバランを睨んだ。
「懸念事項があるから調査をさせているだけだ」
「ほう、どんな懸念事項があるかぜひお聞かせ願いたいですな」
「今は言えない」
「言えない? なら、やはり協力する気が無いだけでは?」
「だから──」
アルデバランが苛立たしげに舌を打つ。
「ああ分かった。そんなに大人数を移動させたいなら俺が転移魔法で送り込んでやる。引き上げる時もな。これなら文句無いだろ」
「落ち着きたまえ二人とも。ひとまずその案を採用しよう。まずは魔物だ。マヴァロの魔物はグレナディーヌより凶暴性が高いと伺った。そこで、先日脅威レベルの高い魔物と交戦したロゼアリアの話を参考にしたい」
ディートリヒの視線がつっとロゼアリアへ向けられる。あの日のことを話せ、と伯父の目は言っていた。ディートリヒ以外の全員の目もロゼアリアに向く。
「あ……はい。私が遭遇した魔物は巨大なツル状をしており、こちらをいたぶり楽しむ様子がありました」
一つ一つ思い出しながら、あの日のことを話す。必要な情報だけ、客観的に。ロゼアリアの言葉を全員が黙って聞いていた。
(大丈夫。もう怖くない)
ロゼアリアが話し終えると、会場がしん、と静まり返る。ゆっくりとディートリヒが口を開いた。
「ふむ……そうか。ご苦労だった。改めて、よく無事に戻った」
「お心遣い痛み入ります、閣下」
「皆、少し疲れただろう。ここで一度休憩を入れよう」
休憩、という単語に張り詰めていた空気が緩む。ロゼアリアを気遣い、カルディスがそっと声をかけた。
「ロゼ、よく頑張ったね。少し外の空気を吸いに行くかい?」
「そうします、お父様」




