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『たいした苦悩じゃないのよね?』の続きはこちらからどうぞ

たいした苦悩じゃないのよね?

作者: ぽんぽこ狸



 ウォルフォード伯爵家の屋敷には小さな礼拝堂が付属している。シェリルはそこへ毎朝向かって、祭壇に向けて跪く。


 ステンドグラスから差し込む優しい光は、いつもシェリルを温かな気持ちにしてくれるが、それから視線を下ろしただけで少し残念な気持ちになるのはいけないことだ。


 ……私は望んでこうしている、私に与えられた役目は誉れ高く役に立つ仕事だもの。


 そう心に決めて、シェリルは立ち上がって毛足の長い真っ赤な絨毯の上をゆっくりと歩いて、祭壇の中央に置いてある像へと手を伸ばした。


 それは子犬ぐらいのサイズがある像で、モチーフも四足の獣と羽のついた美しい精霊だ。


 そしてその下部には透明なガラスのような魔石が組み込まれていて、今はシェリルの魔法属性の色である水色の光が中心でフワフワと浮いている。


「……どうか、ご加護を」


 つぶやきながら、朝起きたばかりでみなぎっている魔力を込めるために手を添えた。


 すると込めるまでもなく膨大な容量を持っている魔石にシェリルの力は吸い込まれていき、あっという間にすっからかんになってしまう。


 眠って回復したことがまるでまったく無意味だったかのように体の力が抜けてしまってふらりとした。


「っ」

「大丈夫か?」


 一歩ふらつくとすぐそばで様子を見ていた騎士であるクライドがすぐに問いかけた。


「ええ、平気。今日もこれで安心ね」

「……そうだな」


 笑みを浮かべてしっかりと像の魔石を見た。五割程度だった中の光が今はすべてを青く染め上げるように強く光を放っていてこれで今日の役目は終わりだ。


 あとはいくらでも自由に過ごしていいし、明日も同じことをするためにどんな高級なものを食べたっていい。そう王族から許しが出ていて基本的にはそれに甘えて仕事や社交はせずに屋敷の中で静かに過ごすことが多い。


 それだけこの魔法具は国にとって重要なものであり、そして魔力をささげることこそがウォルフォード伯爵家の使命。


 魔力をささげるだけで、騎士もつけられて贅沢な暮らしを送ることができるそれはとても楽で、そんな仕事をもてるなど幸運なことだと言われることは少なくない。


 けれどもそれは大抵この仕事の内容をきちんと知らない人が言うことで決して楽ではない。


「さて、今日は珍しく予定があるもの。準備をしないと」

「ああ」

「忙しくなるけれどよろしくお願いね。クライド」

「わかってる」


 短くつっけんどんな返事をする彼に、いつも通りだなとシェリルは頷いて礼拝堂を後にする。


 それから、今日こそはわかってもらえるといいんだけれど、と思った。


 その楽で贅沢だと言う人というのは、どこかの見知らぬ貴族が噂しているというわけではない。


 そうではなくて実はそうして言ってくる筆頭は、シェリルの婚約者であり第二王子のアルバートなのだ。


 彼はこの仕事の重要性や詳しい内容を教えられているはずである。しかし聞き流しているのか将又覚えていないのか、よく遊びに行こうと誘ってくるのだ。そしてあまりことわり続けると文句を言いにやってくる。

 

 だからこそ少し無理をしてでも交流をして、わかってもらうしかない。家庭教師が彼にその部分を曖昧に説明した可能性だってあるだろう。


 そう思って今回の誘いに応じることにしたのだった。





「本当に行くのか?」

 

 準備をしていて、二回もソファーで休憩を取ってふらふらと移動するシェリルにクライドは短く聞いた。


 その言葉の意図は正直シェリルには読み取れないが、普通に受け取るのならば本当に行って大丈夫か? ということだろう。


「うん。彼が正しい知識を得るまで、待つってこともできないわけじゃないわ。でも将来結婚するんだもの。説明を尽くして理解できなくても、彼があまり得意ではないところは助けに……なりたいと思うし、私も助けてもらうことがあると思うもの」


 助け合って行きたいと願望を持って言ったシェリルだったが、それは本音だった。


 けれども少しして呟くような声が返ってくる。


「……お人好しが過ぎる」


 その言葉はシェリルに言ったのか、独り言なのかいまいちわからなくて、魔力の回復を助けるハーブティーをコクリと飲む。


 昔から時折思っていたことだが、彼は不思議な人でなにを考えているのかよくわからない。


 なのでぎこちないながらも笑みを浮かべて返しておいたのだった。





 てっきり二人きりでのお出かけだと思っていたシェリルだったが、豪華な馬車に同乗した彼の友人たちを目にして、シェリルは固まってしまった。


「お目にかかれて光栄です。ウォルフォード伯爵! 今日は楽しみね」

「なんと隣国から輸入された魔獣も登場するようです、早く見たいな」


 アルバートの紹介を受けた後、彼らはにっこりと笑みを浮かべてシェリルに言った。


 その言葉にアルバートが反応する。


「ああ、私はもちろん騎士に賭けよう! それに今日はこの女も来ている! これなら、王族専用の観客席の用意もするだろうな」

「わぁ、素敵ですね。アルバート様、でもよろしいんですか……たしかその、禁止されたのは……」

「遊びすぎだから禁止だったのではありませんでしたか? それにウォルフォード伯爵も噂通り顔色が悪いご様子……」


 彼らはなにかを懸念している様子だったが、シェリルはそもそも彼らの話にまったくついていけない。


 首をかしげて必死についていこうと、口をはさむ隙を探す。


 ……それにしても、この女……この女……。


 しかし、婚約者にこの女扱いされたことが頭の中を占拠していてなんだか考えがまとまらなかった。


「いいんだいいんだ! どうせ王位なんて兄上が継ぐ、貴族どもには私は少し享楽好きだと思わせておくぐらいが兄上には都合がいいだろ」

「はははっ、たしかに。なら遠慮なく今日は楽しませてもらいましょう」

「ああ~、今からドキドキしています!」


 しかしすぐに会話は終わって、シェリルが想像していた状況とはまったく違うまま馬車に揺られて移動が始まる。

 

 ……アルバートの手紙では、配慮もするし、二人で話す時間を設けてほしいから、出かけようという話だったはずなのに……。


 この状況はどう考えてもそんな今後のために重要なお出かけではない。


 そのあげく、今の話を聞くと、そう思いたくないが、シェリルはアルバートが遊ぶために利用されているような状況の気がしてしまう。


 シェリルが来るというのならばその場を用意するために人が動くだろうと想定し誘われていたなんて、そんなことはあるのだろうか。


 今までは一応、パーティーへの参加や社交のお供と普通の婚約者として必要なことだとシェリルも納得していたが、これはいささか状況が違う気がした。


 それでも馬車が出発し、引き返すこともできず、会話に入ることができないまま隣の領地の目的地へと到着したのだった。






 人々がざわめく競技場。大きな丸い円状の建物の中には段々になった観客席、中央には広いグランドが広がっており、貴族が通る特別席への道のりですら人々の興奮した喧騒が届いてくる。


 その時点で、シェリルは頭がぐらぐらとしていて、長い廊下に階段、息が上がって心臓が強く脈打って涙がにじむ。


 アルバートはそんなシェリルを気にせずどんどん自分の友人たちとともに進んでいく。


 どうやら今日はこの競技場で行われる趣向の変わった馬上槍試合を楽しみに来たらしい。


 普通は騎士や兵士の一騎打ちとして行われるものだが、普通のそれでは多くの人は満足しない。この国の一部の人間は興奮に飢えている。


「遅いぞ、シェリル。いくら君が、魔力を奉納する役割があったとしても子供のころからやってることなんだ、子供でもできる魔力の奉納なんて大した量じゃない、今更つらくもなんともないことぐらいわかってるんだぞ」

「はっ、はぁ、っ、……はぁ、は」

「早くしろよー」

「まあまあ殿下、あの役目は大変なものですし」

「そうですよ、今日来てくださったのだって……」


 シェリルが言葉も返せずにいることによって、友人たちはアルバートを窘めるようにそう口にしたが、その途端アルバートは目を吊り上げて、すぐそばにいる彼らに強い口調で言った。


「だから、そうして皆が甘やかすからつけあがって体力もつかないんだろ! まったく屋敷の中でいつまでもぬくぬくとして、外に出てきたと思えば大袈裟に振る舞いやがって」


 言われる言葉と、胸の苦しさにふらつきが酷くなる。


 そんなことはない、これでも無理しない程度には体を動かす時だってある。


「私と結婚したらそうはさせないからな、小さな子供ならまだわかるがこうして大人になれば魔力はかってに増えるんだ! いつまでもそうしていれば配慮してもらえると思いやがって。君らも君らだ、甘やかさなくていいと言っただろ」

「……っ、申し訳ありません!」

「失礼いたしました!」


 アルバートの言葉に、友人たちは恐れおののき頭を下げる。


 しかしシェリルは汗が頬を伝って落ちてやっと彼らのそばに到着する。


 そして、その彼の言葉からにじみ出る本音、それがやっと理解できてしまった。


 彼は配慮したくないのだ。


 面倒くさくてイラついて、誰しもが融通を利かせるその状況を利用することはあっても、理解もしたくないし、知ってしまったらむしろ不利になるから大きな声と権力でねじ伏せて好き勝手に生きている。


 彼らがなぜ配慮するのか、どうしてこうまでシェリルがつらいのかなんて分かりたくない。自分に都合がいいこと以外は見たくないのだろう。


「わかればいいんだ。さぁ、行こう、せっかく楽しみにしてたんだろ」


 アルバートはとても心が広いみたいな顔をして彼らを許してやった。


 それから使用人をたくさん連れて入ることを想定された広くゆったりとした特別席へと通されて腰かける。


 しかし始まった試合は、小さく怯えた魔獣を馬に乗った騎士が追い詰めて残酷に殺すそんな娯楽だった。


 この国は攻め込まれる危険もないほどの大国で、そして王族と血縁の近いシェリルのような人間が魔法具に魔力をささげもう長い間、魔獣の被害はない。


 その平和の果てで人が求めるものはこんなもので、熱狂する人々の声に、シェリルはその場で意識を失い、屋敷に帰ることになったのだった。





 たった一人の言葉で、それも今まで普通にやってきたことで、彼の気持ちを今更シェリルが知っただけなのに、そう言われるかもしれない。


 気が弱いとか、子供っぽいとか自分の役目を放棄することをそう言い表されるかもしれないとシェリルは覚悟していた。


 けれどもウォルフォード伯爵を守るためだけについているクライドにはきちんと言わなければと思って、シェリルは彼が下がる前に視線を向けた。


「……今日、アルバートに手紙を出したわ。私……情けないし無責任だと言われるかもしれないけれど、自分の願いがきれいごとだからと言ってあきらめたくないの」

「……」

 

 彼は突然そう言ったシェリルに対して、静かに鋭い視線を向けるだけで体ごと振り返ることはなく、彼にとってはあまり興味のないことだったかもしれないと思う。


「でも、たぶんあの人には手の施しようがなくて、私は今までもこれからも自分が納得できる形でしか、なにかをできない。今の仕事をこのまま続けることはできない。理不尽は吞み込めない。だから、ごめんなさい、クライド。手間をかけることになるわ」


 自己中心的な判断だとわかっていても頭を下げた。


 すると彼は、少し考えて言った。


「……当てはあるのか?」

「無いけれどきっと大丈夫」


 その言葉は別に、希望的観測でもなんでも無かった。ただの事実だ。そう判断できる。

 

 しかしクライドは目を見開いて、眉間にしわを寄せてシェリルに言う。


「大丈夫なわけない…………ずっと酷使されてきたじゃないか。シェリル……それなら少し無理をしてでも俺のところに、来ればいい」


 苦しげに彼は言ったが、その言葉は間違いなく優しさをはらんでいて、彼のところというのは彼の実家の話だろうと思う。


 その言葉に思わず目を丸くした。


 ……来ればいいって……そんなの……それに、もしかしてこの人こんなに苦しそうな顔をしてまさか勘違いしている?


「逃げ出すのなら協力する。あんなふうに蔑ろにされながら生きる必要なんかない。でも、やっと逃げ出す気になったんだな、良かった。シェリル」

「やっとって……あなたそんなふうに思っていたの」

「……だって、君は弱音を吐かないし。俺が言うべき言葉じゃないから」

「…………し、知らなかった。でもありがとう」


 咄嗟にお礼を言うと彼は少しきまずそうな顔をして「いや」と何かを否定して顔を逸らした。


 しかしやっぱり勘違いしている。


 それだけは訂正しておこうとシェリルは「だけど」と続けたのだった。






「んで? なんだよ、父上や母上まで使って呼びつけて、今までこんなことなかっただろ」


 アルバートは礼拝堂の祭壇前で仁王立ちになり、シェリルに対して怪訝な表情を浮かべて問いかけた。


 酷くイラついているということは見て取れたが、シェリルは今日魔力の奉納を行っていないのでいつもよりも体も心も強く持つことができる。


 それに、常に後ろに控えてくれているクライドがシェリルのことを陰ながら応援してくれていたことを知ったことによってさらにやる気が出た。


 自分の中に答えはあったけれど確固たるものではなかった。


 だからこそ、今示してもらう必要がある。


「たしかに、今まではいつかわかってもらえればいいと思っていたからこんなふうにアルバートに強制することもなかったわ」

「わかってもらう? ……ハッ、ああそういうことか、だからこんな場所なんだな」

「そうよ。いくらあなたでも、わかるわよね」


 そう言って普段から魔力をささげている像の元へと足を進める。


 シェリルの青い魔力は魔石の半分以下のサイズになっていた。


「なんだその言い草。私はな、ただ君が甘えているから仕方なく、叱ってやっていたんだ。なにも間違ってなんかいない」

「……」

「子供のころからやっていることが今更つらい訳がないだろ。たしかに重要な仕事だが、だからと言って君に合わせていたらどこにも行けないしなにもできない」


 彼はわかり切ったことのように言う。


「そんなに主張するなら、私を論破できるだけの説明をしてみろ、合理的にな」

「それは、もちろん━━━━」

「おっと、感情的になるなよ。女はこれだから、どうせ、私を感情的に言いくるめて自分の思い通りにしてやろうと考えているんだろう、お見通しだ」

「だから、せつめ━━━━」

「そもそも! 私をこんな場所に問答無用で呼びつける権利が君にあるというのがおかしい。君が魔力を奉納しているから伯爵なのだと言っても、私は第二王子だぞ」


 ……やっぱり、説明しろと言いつつもそんな話聞きたくもないのね。


 彼の行動には腹が立つけれど、それでも自分の中の彼に対する気持ちはさらに確信に変わり、シェリルは速やかに、次の段階に移った。


「っ、あなたっていつもそう! 私の仕事のことを知ろうともしないで! どんなに大変か本当の意味では分からないくせに大袈裟だ、たいしたことないなんて言ってっ」

「!」

「こんなにつらいのになんの配慮もされずにこれから生きていくなんてことできないっ、どうしてそう軽んじるの!?」


 シェリルはヒステリックに彼が言葉を返す暇など与えずに叫んだ。


 物の少ない礼拝堂に、甲高い声がこだまして、アルバートもその使用人たちも驚いた様子でシェリルを見つめる。


 普段の様子からは想像もつかなかった行動だからだろう。しかしアルバートはそこからすぐに嫌悪に表情を変えた。


「日ごろから重たい体を引きずって必死に生きているのにどうして夫になる人にこんなに軽んじられなければいけないの!?」

「だから、それはっ!」

「どうせたいしたことない仕事だから? 子供の時でもできていた仕事だから?」

「そうだ! それをここぞとばかりに主張しやがって、本当にたいしたことなんてない癖に、うるさいんだよ! どうせ皆が自分に気をつかうのが嬉しいんだろ」

「そんなことない、あなたはやったことがないのにどうしてそう言えるの?! 実際にやっているのは私っ! 大変かどうかを決めるのだって私!」


 アルバートも怒鳴り返すとすぐに言い合いのようになり、二人の怒鳴り声が礼拝堂内に響きわたる。アルバートはシェリルの言葉にむかついたのか目くじらを立ててシェリルの方へとズイッと近づいてガンを飛ばす。


 それから、勢いのまま像を指さした。


「じゃあ、やってやるよ。見てろ、別に王族ならだれがやったっていいんだろ!」

「っそ、それは!」


 アルバートはずんずんと像に向かって歩き出す。


「ハッ、でも君は簡単にできると証明されたら私の言うことをちゃんと聞くんだぞ」


 シェリルは焦ったような顔をして、彼を止めるために像へと進む彼に手を伸ばす……素振りをした。


 そしてダメ押しのセリフを言う。


「ダメ!」


 できるだけ大きな声で、しかし彼は止まらない。きっとアルバートは、シェリルがそうされてしまえばこれ以上大変なふりをできなくなると焦っていると、思い込んでくれただろう。


 しかし実際には、ただの制止の言葉、きちんとシェリルは止めた。


 そしてなにより、彼がきちんとこのことを知っていたならば、起こらなかった事故。


「ひっう、ひぐぅぅうぅぅ!!??」

「……」

「あぁ、っ、あっ、あ! た、ひぃ、たすけぇ」

「……ダメだと言ったのに」


 像の魔石は彼の魔力で煌々と輝き、すっかりシェリルの魔力などなくなってしまった。


 そして魔力を抜かれた彼はその場にへたり込んで、呂律も回らない様子。祭壇に体を預けて非常に情けない姿だった。


 もうこれですでに手遅れの状態だったが、シェリルは目を細めて、彼をすぐに支えた使用人たちになど目もくれずに、しゃがんで目を合わせた。


「ところでどうかしら。たいしたことはなかった?」


 小首をかしげて問いかけると、彼は頬を引きつらせて、眉間にしわを寄せる。


 とてもそんなふうでは無かったが、シェリルに大きな顔をされるのがよっぽど嫌だったのか、彼は声を震わせながらも言った。


「どぅ、どうってことない、君は、おおげさ、なだけだな!」

「……そうね。たいしたことのない苦労だった。それでいいわ。誰に会ってもそう言ってあげる」


 すると彼は勝ち誇ったようにハッと笑みを浮かべたけれどシェリルは続けて言った。


「だってもう、その像の魔石を私の魔力で満たすことはできないもの。あなたの持つ魔力を超えることは不可能、魔法具はより強い魔力を持ったものを選んだのよ、だから私はお役御免ね」


 小さく笑みをうかべる。


 何故そのようなことが言えるかというと、常に酷使されて来たせいで幼いころからくらべて、魔力総量の伸びが悪く、シェリルは王族にしては魔力が多くないからだ。


 健康な彼の潤沢な魔力の総量は、シェリルよりもずっと多い。


 そして魔石の中の魔力の残量はタイムリミット。これが無くなれば契約はなくなり、国は安全ではなくなる。


「え……はっ、はぁ、なにを言って……」

「だから、この魔法具の契約者は王族一人だけ、そしてそれは魔力を注いでいる人間の中で一番魔力総量が多い人間が選ばれる」

「……?」


 魔力の総量を判定されて契約者が変わるなど、常識的に考えればとてつもない複雑性を持った契約だが、そもそもこの契約は神にも等しい精霊との契約で魔獣の損害を国からなくすというものだ。


 そんな膨大な利益をもたらし神の所業としか思えない契約内容に比べたら、魔力をささげる中で一番魔力を多く捧げることができる王族を選定し、契約者にするというのは人間の理解の範疇の中の契約ともいえる。


「この魔法具を扱う人は、贅沢と楽をして、悠々自適に暮らせる。それは、できるだけ長生きをさせて今の契約者の、魔力を衰えさせて総量を下げて、次の世代で若干上回る子供を使って継承できるようにするためよ」


 そうして王族の魔力的損失を少なくするために、傍系の子供が使われる。


 そしてまた、王族から血を混ぜて、シェリルが老衰して魔力の総量が少なくなる頃に、それを少し上回る程度の子供に継がせる。


 そんなふうにこのサイクルは進んできた。契約者をウォルフォード伯爵として優遇し、そして次の世代にできる限り損失なく継がせることができるように。


 しかし、それでは話がおかしい。どうしてこんなに彼が疲弊するまで魔力を抜かれてしまったのか。と彼は疑問に思っているのだろう。


 その疑問を晴らすためにシェリルは丁寧に教えてあげた。


「ただそれだけだと、こんなになった理由がわからないわよね。それはね、この魔法具が、一定量の魔力ではなく、生命維持に必要な分以外のすべての魔力を奪うからよ」

「う、嘘だろ。なんてことを……」

「でも大丈夫よ。あなたも、この屋敷で悠々自適な生活を送って老後の魔力が弱まる時期になったら解放されるのだから。不慮の事故で、私が止めたにも関わらず契約者になってしまったけれど、たいしたことない仕事だもの、余裕よね」


 彼は力の入っていない震える手を必死になってシェリルに向ける。


 その手が引き留めようとするものなのか、怒りのままに乱暴にしようとするものなのかシェリルにはわからない。


 しかし、軽く払って同情も憐憫も何も感じることなく見据える。


 どちらにせよ、もうシェリルは彼のことを理解しようとも受け止めようともしない、彼が最初にそうした通り、シェリルにだってそうする権利があるのだ。


「さようなら」


 短く言って、礼拝堂を出る。


 きちんとクライドはついてきてそのまま手はず通りに行動するのだった。






 シェリルはこれまでの貢献と、アルバートの件の謝罪の意味を込めて、新しい爵位をもらった。


 アルバートはその後、シェリルの報告によって正式にウォルフォード伯爵となり今でもこの国を支えている。


 何度か逃亡を図ったらしいが、起き抜けにすぐに魔力を限界まで抜かれるのでいつもうまくいかずに捕まり、彼が逃げ出したという話を聞いたことはない。


 自分がたいしたことないといった苦労からも逃げ出そうとするなんて、情けのない人である。


 そんな人に尽くしてわかってもらおうとする未来など拒絶してよかったとシェリルは改めて思う。


 だからこれで良かったのだ。


 それに今は、自分の仕事も、彼の仕事もお互いに理解しあえて大切なものだと思える。


 遠くから玄関口へと向かってくる馬車を見つけてシェリルは背筋を正して笑みを浮かべた。


 午後の優しい日差しの中で、石畳を囲む低木が小さく葉を揺らしている。


 こうして彼が帰ってくるのを外に出て心待ちにすることができる。それは未だに慣れない感覚だけれど、素晴らしいものだ。


 到着してすぐに降りてくるクライドの手を取る。


「おかえりなさい。クライド、ケガはない?」

「当たり前だろ。そんなに弱くない」

「良かったわ。あなたの帰宅に合わせてシェフと腕を振るったの、今晩は楽しみにしていて」

「…………」

「周辺領地の様子も聞きたいわね、それから━━━━」


 相変わらずつっけんどんな言葉を返してくる彼に、気にせずシェリルは言った。


 しかし手を離されてその代わりに、向きあって肩を両手で押さえられて、何事かと視線を向けた。


「……そんなに、無理しなくていい。俺はそんなふうに接待されなくても機嫌悪くならないし、第一、体調は……」


 すごく真剣そうに言われて、シェリルは少し驚いてから、彼の様子に声を漏らして笑う。


「ふふっ」


 どうやら怒っているというわけではなく、シェリルのことを思いやってそんなに難しい顔をしているらしい。


 普通の健康な女性ができることをやっただけでそう言われるのはどこかむず痒い。


「おかしなことは言ってないだろ。シェリル、君は弱音も吐かないし無理をしすぎるきらいがあるから」

「そう、ね。私も自分の体がこんなによく動くのは慣れないし、あなたもそれをそばで見ていたから心配になるのはわかるの」

「なら━━━━」

「でもね、私、自分の大切な人が誰より認めてくれるなら苛酷なことでも自分の役目と思ってできる。だからこの程度のことぐらいどうってことない、むしろ楽しいぐらいだわ。クライド……認めて欲しいのよ」

「…………」

「剣をふるって人を助けるあなたはすごいわ。たくさんあなたの話を聞いてあなたの仕事に称賛を送りたいし、家で食事を作って待っていたいし、あなたの生活を整えて思いを伝えて……そういうふうに暮らしたいのよ」


 彼を見上げて言うと、クライドは困ったような機嫌の悪いような顔をしていて、けれども肩から手を離して、とてもそっと抱きしめた。


 それから頬にキスをする。


「シェリルの言葉はたまにとてもすごく、素直でで驚いてしまう。でも尊重し合いたいってのは同意だ。……でも、やっぱり心配だし、そばで守ってもやれないのは心苦しい」

「あんがい、あなたは過保護なのね」

「違う。ただ……俺だってシェリル、君を大切にしたいと思っているだけだ」


 そしてまた抱きしめて、シェリルを離さない彼に、アルバートとはまったく違うと少し比較した。


 けれどもその考えすらクライドには失礼だろう。

 

 彼とクライドでは比べ物にならないほどに、シェリルはもうクライドが大切なのだから。


「ありがとう……お互い様ってことね」

「ああ」


 お互い同じだけ心配で大切に思っていて、相手を尊重していくそんな生活をこれからも続けていきたいと思ったのだった。






最後まで読んでいただきありがとうございます。連載版始めました。下記やシリーズ欄からも飛べます、よろしければどうぞ。


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