勝利のゲン担ぎは『カツカレー』
今から少し前、東北のとある地方の町に小さな店構えの大衆食堂がオープンした。店の名前は『絶対、カツよっ!』である。
そしてその店のオーナー兼シェフはおん歳88歳の勝代ばあさんであった。
因みに店の名前がなんか変なのは、勝代ばあさんの旦那が生前営んでいた精肉店の名前をそのまま使っているからである。
つまり勝代ばあさんの旦那は相当自身が揚げる『カツ』とマイハニーな『勝代ばあさん』に入れあげていて、ふたつの語呂合わせで店の名前を決めたのだろう。実際その店の一番の売れ筋は『カツフライ』だった。
で、店の名前が『絶対、カツよっ!』だからか、はたまたシェフの名前が『カツヨ』だからなのか、勝代ばあさんの店のカツカレーを食べたら色々いい事が起こったという噂が一部の人々の間で広がり始めた。
曰く、駄目元で3年間恋焦がれていた彼女に告白したら、仕方ないわねと言いつつ付き合ってもらえる事になったとか、無理難題ばかりを押し付けてくる取引先の担当が自分で採ったキノコにあたって死亡したとか、小説投稿サイトの懸賞に応募したら500円のギフトカードが当たった等々、勝代ばあさんのカツカレーを食べたら幸運に恵まれたという話は、来店客の間でネタとして結構話題になっていた。
しかし勝代ばあさんのお店は大衆食堂なので別にカツカレーだけが『カツ』を使ったメニューではない。カツ丼やカツレツ定食だってあるし、頼めばカツサンドすら作ってくれるのだ。
だがそれらを食べて幸運に恵まれたという話はとんと出てこない。あくまでカツカレーを食べた時だけ運が巡ってくるらしいのだ。
それに噂になっていると言っても小さな地方都市の中だけの話なので、それで勝代ばあさんのお店が大繁盛っ!とまではいっていない。
いや、お店自体は繁盛しているのだ。昼時などは出遅れると15分くらいは席が空くのを待たなくてはならないほどである。
まぁ、それはそもそもの話、勝代ばあさんのお店が小さいので席数もそんなにないのが影響していいるのだろう。
と言うか、この店は勝代ばあさんがひとりで切り盛りしているので一時にお客が大勢来ても捌ききれないのである。
だから営業時間も昼時と夕方の短い間だけだ。但しお店自体は業務形態を『居酒屋』に変えて夜も営業している。
但し店長は別の人だ。つまり勝代ばあさんは場所と機材を貸しているだけである。もっとも貸していると言ってもその金額はタダみたいなものだった。
つまりこの場所貸しは、勝代ばあさんにとって料理人を目指す若い子の為に自分が持っているリソースを使って助けようというボランティアのようなものなのだろう。
勿論貸した相手が店の掃除をサボったりゴミ出しをちゃんとしていなかったりしたら叱った。実際それらの事で直ぐに対応しなかった子は店を追い出されたりもしている。
そして季節は夏。勝代ばあさんのお店は大衆食堂なので当然『冷やし中華始めました』の幟旗が店先に立つ。しかしやはり一番の人気メニューは『カツカレー』だった。
そんなもう少しで夏休みとなる時期の日曜日。この日は近所でイベントがあるという事で本来ならば店はお休みなのだが町会長さんから頼まれて勝代ばあさんも臨時でお店を開けた。
そして丁度その日、練習試合の為に隣町から遠征してきていたのが第33高校の野球部員たちだった。
まぁ、試合の結果はちょっと残念だったのだが、勝っても負けても腹は空く。なので試合の帰り道、店の外へ漏れ出てくるカレーの匂いにつられて部員たちは勝代ばあさんのお店に入り、今日の屈辱は地区予選で晴らすっ!とばかりにみんなでカツカレーを食べてゲンを担いだのだった。
因みに野球部員たちは、この店のカツカレーにまつわる噂は知らない。と言うかカレーの匂いに誘われこの店の看板すら見ずに中に入っていた。
なので部員たちがカツカレーを食べたのは偶然である。だが偶然という邪念のない願い故だったからなのだろうか、勝代ばあさんのカツカレーは部員たちの願いを受け入れてくれたらしいのである。
なので第33高校野球部は夏の地区予選でくじ運悪く第4シードの高校と一回戦でぶつかってしまったにも関わらず、激戦の末、勝利してしまった。
その後も第33高校野球部の快進撃は止まらず、とうとう決勝にまで駒を進めたのである。この大番狂わせに地元の人たちは大喜びだ。
気の早い人などは、甲子園への遠征費用に使ってくれと寄付を申し出た程である。
だが、地区予選決勝という大舞台にて勝代ばあさんのカツカレーは願い事のブッキングという問題が発生してしまった。
そう、実は相手高校の監督もゲン担ぎの為に勝代ばあさんのカツカレーを試合毎に食べており、その願いとは勿論優勝して甲子園に行く事だったのだ。
因みにその高校は県内でも屈指の強豪校だ。なので当然実力はある。そしてその実力を常に発揮できるだけの猛練習も続けていた。
それでも監督としてはすがれるものならば何にでもすがりたかったのだろう。なので勝代ばあさんのカツカレーだけでなく各地の神社仏閣廻りまでして必勝を祈願していた。
但し、これは別に監督が野球部員たちを信じていないからではない。そもそも部員たちが血の滲むような練習を日々頑張っている事は指導している監督自身が身を持って知っている。
しかし知っているからこそ、監督は彼らを神仏にすがってでも甲子園へ連れて行きたかったのだろう。つまり出来る事は全てやるっ!という事である。
そして決勝の前日。第33高校野球部の誰かが勝代ばあさんのカツカレーのご利益の話を聞いてきてみんなに話した。
そしてならばもう一度食べて万全を期そうと、部員たちは練習を早めに切り上げて隣町にある勝代ばあさんのお店に向かった。
だが、そこで彼らはカツカレーを食べ終え店から出てきた相手校の監督の姿を見た。しかもその監督は店の前で振り返ると店に向かってなにやら祈りを始める。
そんな姿を見た第33高校野球部の部員たちは、相手校の監督が何を祈っているのかを自然と理解した。
もう一度言うが相手校は県内屈指の強豪高である。そこの監督が真剣な顔でゲン担ぎまでしているのだ。
その姿を見た野球部員たちは、今回の決勝はご利益だけで勝てるほど甘くはないと理解する。それは相手も同じではあるが相手校には自分たちがこなせなかった練習量という裏づけがある。
そんな二校が戦ったとしたら結果は火を見るよりも明らかだ。そんな相手校の監督の『やれる事は全てやりきった。それでもすがりたくなる思い』の重さに、第33高校野球部の部員たちは運だけで勝ち上がってきたと揶揄されている自分たちを恥じたのだった。
なので彼らは今回はカツカレーを食べるのをよそうと決めた。しかし食べ盛りの部員たちはいつも腹ペコだ。店から漂ってくるカレーの匂いにさっきからお腹は鳴りっ放しである。
なのでカツカレーではなく普通のカレーならばいいよな?と言う事で、結局カレーライス自体は食べてしまったのは致し方あるまい。
そして日付は変わり決勝戦当日。遠くの山に入道雲を見ながら、第33高校野球部の部員たちは夢にまで見た甲子園への切符を賭けて最後の戦いへと走り出した。
そんな彼らの頭の中には最早ご利益などという言葉はない。実力こそが全てであり全力を出す事のみが結果に結びつくのだと固く信じて彼らは白球を追いかけるのだ。
そして今、グラウンドには二校の選手たちが並んでいる。そんな整列する彼らに向かって甲子園行きの切符を賭けた最後のプレイボールの声が球審により高らかに宣言された。
はたして栄光の勝利を掴むのはどちらのチームかっ!それはきっと神様ですら判らないであろう。何故ならば『若さ』と『情熱』は、時として『奇跡』を生み出すからである。
そんな彼らの青春を捧げた運命の第一球が今、ストライクゾーン目掛けて放たれた。
-完-