第八話 それ二人を繋ぐ運命の音…え!?二人ではないのですか?
二階のメイド詰所の小さな会議室で、私たちは「メイド案内」という冊子をもらいました。この世界の印刷技術と紙の製造は進歩していて、魔術師が魔力を込めた石で動く印刷機があります。
冊子は糸で閉じられています。
ふと、前世で友達のコピー本を作った時のことを思い出しました。
真夜中にホッチキスの芯がなくなり、苦肉の策で針と糸で閉じたら、たまたまそれが余っていた真っ赤な刺繍糸で――買ったお客さんが「これって運命の赤い糸ってことですか?」と嬉しそうに尋ねてこられたことを。棚からエモい展開でした。
「では、まずはメイドチームのそれぞれの役割を説明していきますね」
シンシアさんが冊子を開いて説明を始めました。
私たちは同じ長椅子に座っています。シンシアさんは背筋を伸ばして座り、私はペンを持って猫背で座り、アレサは机に頬杖をついて冊子をぺらぺらめくっています。
「まずは清掃チームです。要人部屋、階層別、施設別の班に分かれます。洗濯チームは各要人、騎士寮、保育園で班分けされています」
(1)清掃チーム
城内と城内施設を担当。夫婦の部屋、老師(元王)の部屋、客室は特別担当がつく。リーダーはハイター。
(2)洗濯チーム
女王と宮廷道化師、老師は担当が一人つく。厨房のエプロンなど各種制服、騎士寮の洗濯物、保育園の洗濯を請け負う。リーダーはミヨシ。
(3)メンテナンスチーム
場内のインフラ設備管理チーム。厨房の火の回りや水回りの安全点検。衛生管理。魔石、薪、ろうそくなどの備蓄管理。リーダーはパッシィ。
(4)伝達チーム
情報課。手紙の仕分け、情報の管理。また場内での伝言と手紙の配達を行う。リーダーはハヤカ。
(5)総合相談チーム
場内で働く人、暮らす人の相談を請け負う。リーダーはマリー。
(6)カウンセラーチーム
城内すべての人の話を聞いて精神ケアをする。要人には担当がつく。リーダーはハイアーチとリネット。
(7)メイド育成チーム
メイドの育成。リーダーはシンシア。
(8)記録チーム
城内での出来事、メイドの仕事と活動を記録。リーダーはマッシーニ。
(9)催事支援チーム
城内式典の主催支援。結婚式、葬儀、宗教儀式など催事の支援を行う。リーダーはチャペル。
(10)ティータイムチーム
お茶とお菓子を用意する。ティータイムを主催。場内各部署のお茶係とティータイム。リーダーはシュガー。
(11)女王支援チーム
女王の身の回りの世話をする。化粧や髪結いなど身だしなみ班、スケジュール補助班、体調管理班、相談班、情報班に分かれる。リーダーはモニカ。
(12)老師(前王)支援チーム
女王と同じ班に加え「散歩同行班」がある。リーダーはメイ。
(13)宮廷道化師支援チーム
女王と同じ班に加え「城内迷子防止班」がある。リーダーはダニエル。
(14)三官女支援チーム
女王の側近である三人の女性の支援を行う。スケジュール管理、情報収集係、エルサ様翻訳班、リディア様のお世話班、ノラ様専属情報班がある。リーダーはサニー。
(15)宮廷道化師支援チーム
身の回りのお世話班、衣服と衣装管理班、体調管理班、スケジュール管理班、城内迷子防止班。リーダーはダニエル。
(16)音楽と娯楽チーム
城内での文化活動を行う。楽器演奏班、ダンス班、歌劇班がある。リーダーはビクトリア。
(17)おかいものチーム
城から街へのおつかいチーム。リーダーはセイラ。
ざっと一覧を読んで不可解な班があります。いろんなお仕事があるのですね。
「これら一覧表を見て、何か質問はありますか?」
シンシアさんが尋ねます。
「そうですね。まずエルサ様翻訳と、宮廷道化師支援にある城内迷子防止班とはなんですか?」
「やはりここ、気になりますよね」シンシアさんが微笑みます。
「三官女の騎士、エルサ様は時々お言葉が足りない時があるので、要望や相談をお伝えしにくいのです。エルサ様のおっしゃりたいことを代弁する者です」
エルサ様のおっしゃりたいことが伝わりやすいよう、翻訳するのですね。班にされてしまうほどなのですね。
「ライモ様はお城でよく迷われてしまって。ご自身のお仕事部屋に戻ろうとして気がついたら保育園のベビーサークルの中に入ってしまっていたり、一階の食堂に行こうとして地下倉庫に閉じ込められていたりと、とにかく変な迷い方をされるので、宮廷道化師支援リーダーのダニエルさんがつきっきりで案内されているのです。ライモ様は街歩きは得意なのに、なぜかお城では不思議な迷子になってしまうのです」
「どいつもこいつも世話のかかるやつばっかりだな。老師とかたいそうな名前のジジイには散歩のお供もいるのかよ」
アレサが言います。
「どれも、メイドをやりたいと集まった人たちが率先して仕事を作っていった結果ですよ。城内で求められること、そして私たちがやりたいと思ったことです」
シンシアさんがにっこり微笑みます。
「さて、本日はこれで終了です。明日は実際にそれぞれのチームの仕事を見てもらいます。お疲れさまでした」
「はい、ありがとうございました。アレサも、ほらちゃんと最後ぐらいご挨拶」
「っうっせぇな、わかってるよ。シンシアさん、ありがとうございました」
アレサが礼をしました。どうやら彼女はシンシアさんのことを認めたようです。
彼女は自分が認めた人以外の名前を呼びません。しかも、さん付けはレア。
アレサは実はとてもきれいなお辞儀をするんですよ。いかにも育ちが悪そうな態度なのに、たまに「やっぱりこの子、いいとこの家の子では?」みたいな時があります。けれどアレサは生い立ちについて語らないのです。
私たちは二階の詰所をあとにして、アレサが行きたいと言った食堂に行くことにしました。
一階の謁見室の前を歩いていると、リーンリーン、という音がします。振り返ると、廊下の真ん中をまっすぐに勢いよく歩いてくる男性がいました。
白いシャツに赤いネクタイ、黒いベストにズボン。ギャルソンエプロンが似合うシュッとした青年です。彼はとても怒った顔をして歩いています。
リーン、リーン、という音が謁見室の中からも聞こえてきました。大きな金の観音扉が片方だけ開いており、青年が中に入っていきました。
アレサが「見ろよ」と私の手を引いて、私も謁見室の中に入りました。
思わず息を飲みました。
天井が高く広い空間には美しさが詰め込まれている。まるで美術館のようです。
金の王座の上にはアステール城の巨大絵画があり、四本ある金の円柱には薔薇と蔦が絡まった装飾。磨き上げられた大理石の床には蔦模様の絨毯が敷かれています。
そして、天井には荘厳な天使画。
天使たちは青空を背景に、幸せそうに微笑んでいたり、時にしかめっ面、悲しい顔をしていたりと様々。大きく描かれた天使は七人で、あとは小さな天使がたくさん描かれています。
――立体的な天使がいる。人では?
あら、泣き出しそうな瞳は水色。
真っ白なフリルがついた服に、二又に分かれた鶏冠帽。
ライモ様だ。
また天井にいた。今日はそんなに天井にいたいご気分なのかしら。
「はぁ、まったく。今日はそんなに天井にいたいのですか」
さっき怒りながら歩いてきたギャルソンエプロンのお兄さんが、天井を見上げています。
ライモ様が天から地に降りてきて、涙目でいきなり青年に抱きつきました。
青年は腰に手を当てたままです。この人、理性レベルカンストしている。お目目うるうるのライモ様に抱きつかれても微動だにしない。
「自分が失敗して恥ずかしいと、すぐにこう甘えてくる。なぜ食堂でアイスコーヒーをもらってくると言い、謁見室の天井に行ってしまうのか。答えなさい」
青年に叱られたライモ様は離れて、後ろで手を組んでうつむきました。
「ダニエル……僕は自分が怖い。どうしてか、わからないんだ。ちゃんとダニエルが言った通り、わからなくなったら人に聞いて案内してもらった。なのに、なぜか気がつくとここにいた」
「俺も怖いですよ。迷子になって気がついたら天井にいる人が。ほら、やっぱり。訓練なんてムダな時間でしょう。あなたを案内する人も仕事の手を止めなければならないし、一応要人だからと気を使うし、あなたが動くと人が寄ってくるし城に混乱をもたらす。俺がいないとダメみたいですね、残念ながら」
ダニエルさんは、さらっとすごいことを言いました。
俺がいないとダメなんだって…………
彼氏――――!
「ざ、残念とか言わないでよ。僕はダニエルに助けてもらって嬉しい。僕が城で迷う欠点は、ダニエルと仲良くなるためにあるんだよ」
ライモ様が上目遣いでダニエルさんを見つめて言います。
「そうですね。とんでもない迷子になって騒動になるのを防ぐという仕事をしていることで、よかったこともある。結果的に、あなたが仕事を詰め込みすぎる悪癖でスケジュール管理班に与えているストレス。あなたがすぐ不摂生をするせいで体調管理班が頭を抱える事態。それというのもライモという人物と四六時中一緒にいることで、『そろそろ仕事を増やしてくるぞ』『お酒を飲みすぎたぞ』『また入浴を忘れたようだぞ』と助言ができます。結果、俺はみんなの信頼を集めてリーダーになれました」
さらさらっと、ダニエルさんはおっしゃいます。ライモ様は眉をひそめ、すん、とした顔になりました。
「君、出世したいって言ってたよね。僕をずーっと監視して、悪いことしそうなら告げ口すればいいんだ。ダニエルはもう僕だけ見ていれば幸せになれるよねぇ」
ライモ様がねちっこい声で言いました。
「あなたを見ても幸せとは感じません。さぁ、アイスコーヒーをもらいに行きますよ。もう克服するための練習は諦めた方がいい。あなたは俺がいないとまともにアイスコーヒーも飲めない」
「ああ、そうだよ。僕は迷子になっちゃうからダニエルと一緒にいなきゃダメなんだよー。だから早く、この手を引っ張ってよー」
ライモ様がダニエル様へ、手を差し出してエスコートをねだります。
「だからそれは人が多い所だけだって言ったでしょう。そうやって失敗して恥ずかしい時に甘えてごまかすのはやめなさい」
ダニエル様が振り返り、私たちに気づきました。
「お前たちが持ってる鳴り石は、どこで買った?」
アレサが尋ねます。
鳴り石とは叩くと音が鳴る石のことです。鳴り石を二つに割っても、片方を叩くともう片方も共鳴して鳴るので、呼び出し石としても使われます。
鳴り石はすべすべした丸い石で、複雑な模様入りの「世界に一つだけの石、世界に一つだけの音」です。音で呼び出した相手が間違っていないか確認するときは、石を合わせて模様が合致するかで確認します。
ライモ様とダニエル様はそれぞれ割った石の片割れを持っているのでしょう。よく見るとダニエル様は銀色の鎖を首にかけており、ベストのポケットに鎖は入っています。そこに石が入っているのでしょう。
「君たちは新しく入ったメイドか?」
ダニエル様が険しい顔で尋ねます。
「は、はい。失礼しました、新人メイドのミーナとアレサです」
私は慌てて答えました。
「あっ、ま、また会ったねぇ。今日はずいぶん偶然だなぁ」
ライモ様がダニエル様に見せた態度とは違う、よそよそしい顔でおっしゃいます。
多分、一日に二度も新人にあけすけなプライベート暴露現場に居合わせられ、気まずいのでしょう。大丈夫、こっちも気まずい。
「鳴り石は宮廷魔術師のヒガラにもらったんだ。市場で買うなら専門店があるから、そこで買うといいよ」
ライモ様が教えてくださいました。ダニエル様がきっとライモ様を睨みます。
「またそうやってペラペラと……。新人、口の利き方は慎重にしろ。ここは女王の敷地内だ。うっかりしたことで国家機密を知りたがると、反逆者か国のスパイかと疑われる。まず物を尋ねる時は自分が何者かを言え」
「す、すみません」
私はすぐに謝りました。
「その石、二つじゃない。実は三つだ。おまえら騙されているぞ。そのヒガラとやらは、あらかじめ二つに割った石を加工しておまえらに渡した。なぜわかったか、この絨毯の下から音がしたからだ。石を叩いてみろ」
アレサが衝撃の発言をしました。
なんとまあ。
それでは、二人が石を鳴らすたびに、第三者がそれを知っていたことになります。