第七話 メイドはホワイト労働者!オーケストラチームもお仕事です!
メイド研修の初日は、まず城の案内とメイド職務の説明でした。
オリエンテーションといったところですね。
お城はとにかく広くて、一日で見切れない巨大ショッピングモールみたいです。また、増設が急速に進んでいるので、地図の書き換えもいくつかあり、二階に来てようやく一時間です。
「アステールにおいて、メイドの仕事は城で暮らす人、働く人々のライフサポートです。王に仕えている訳ではありません。城で支援労働をしています。生活支援従事者です」
シンシアさんが説明します。なるほど、奉仕ではなく労働なんですね。私はメモをします。
「そして、どんな依頼も受けていい訳ではありません。嫌なこと、できないことは拒否してください。アステールの絶対法は、平和、人権の尊重、国民主権です。人権を侵害するとされる依頼は不許可です。もし断りにくい場合は、私たち見習い教育チームにお任せください」
アステール、カウンセリングまで進んでいるんですね。
どこまで先進国なんですか。スマホないのに、もう既にWi-Fi飛んでる気がしてきましたよ。
「自分で嫌だって思ったことは断ればいいんだろ、そんなの楽勝じゃん。でもさ、なんかずいぶん生ぬるいけど、そんなんでみんなちゃんと働くのか? サボり放題に思えるけどな」
アレサが言います。厳しい環境下でも、アレサは細い体を棚の隙間にすべりこませ、居眠りしていました。
「ふふふ、サボりたい時はサボっちゃえばいいんです」
シンシアさん、笑ってる場合ですか。
目の前の新人がもうサボり考えてますけど。労働力があふれていたら、こんな余裕もあるのでしょうか。
「私が知る限り、適性のある場所で楽しく働いていたら、サボるのも忘れているみたいです。女王サポートチーム、宮廷道化師サポートチームは放っておいたら七時間以上働いて残業してしまうので困っています」
それはわかります。家に帰って寝るより、推しを見て働いていたい。
ふと、お城の二階奥から音楽が聞こえてきました。
「ちょうど、音楽娯楽チームが練習中ですね。ちょっと休憩に、見て行きましょう」
シンシアさんが楽しそうな笑みを浮かべて言います。
「音楽娯楽もメイドのお仕事なんですか?」
「はい。なんといいますか、最初はメイド志願者が多すぎて仕事にあぶれた人たちの集まりだったのですが、皆さんとても熱心に練習されて、今では立派なお仕事です。あらまあ、これはいいところに来ましたわ」
アーチ状の音楽室に入ると、そこは小さな洞窟のようでした。
二十人の演奏者が、メイド服でフルートやヴァイオリンを演奏しているのは壮観です。
グランドピアノを弾いている女性は、ロングワンピースに肩のフリルが大きなロングエプロンで、お団子頭にフリルカチューシャです。ホルンは髭もじゃの太った男性で、ズボンに白い前掛けのエプロン、コックさんみたいに丸っこい白い帽子をかぶっています。
ドラムはひょろっと背の高い少年で、丸坊主、短パンと黒いシャツの上に装飾のないショートエプロンをつけています。
フルートを吹いている少女は、まるで二次元のアニメから出てきたみたい。ミニスカートにニーハイ、足が細ーい。そしてツインテールにレースたっぷりのヘッドドレス、胸には大きな白いリボン。
本当に、いろんな人がメイドさんにいらっしゃるのだわ。
音楽は「威風堂々」のような、雄壮で気持ちが昂るものです。
オーケストラの指揮者は、黒いロングコートの背の高い四十代ぐらいの男性で、指揮棒が振られるたびに空気が振動するほど動きのキレがいい。
「あの方は、宰相のジーモン様よ」
シンシアさんが手を口で隠し、こそっと私にささやきます。壁に同化して音楽に聞き入っていた私は、びっくりして声をあげそうになります。
そんなお偉い人が指揮までするとは…………。
「そして、天井をよくご覧になって。宮廷道化師のライモ様が聞いていらっしゃいます。ライモ様は音楽娯楽チームのプロデュース担当です」
次のシンシアさんの耳打ちに、耐えきれず私はふえっと小さく息を漏らしてしまいました。
いる。天井に背中をぴったりはりつけて、腕を組んでじっとオーケストラを見てらっしゃる。以前に来ていらした白い衣装ではなく、白いシャツに黒いズボンという簡素なお姿です。
指揮官が指揮棒を下ろすと、演奏がピタッと止まりました。
演奏者は手を止め、皆がほぼ同時に天井を見上げます。
シュタッとライモ様が天井から降りてこられました。
「お疲れさまでした。まったく、ダメです。みなさん、どうすればいいのでしょうね…………」
ライモ様の声、冷たい。
「この曲は悩んでいる若者の背中を押すような、元気の出る曲で、なおかつ大らかで朗らかであるにも関わらず、テンポから急かすような感じがしますね。それは――原因は一つ」
ライモ様の言葉に、皆が気まずそうな顔をしています。ピアノの方は完全に顔を背けていらっしゃる。
「指揮官に問題があります。指揮官からまったくもって大らかさが感じられない。このままでは、このオーケストラ部は怖い曲専門になってしまいます。なぜ、何を演奏しても戦闘曲になってしまうのか」
ライモ様がため息を吐きます。
美しいお顔を苦悩に歪ませ、ゆっくりとした足取りで指揮官のジーモン様に近づきます。
「お父さん、あなたは怖い曲専門の指揮官です!」
ライモ様がジーモン様を指差して怒鳴ります。
カッと目を見開いて、ただでさえ大きな目がさらに怖い。
いきなり修羅場なんじゃないですか、これ。
っていうか、お父さん?
「まったくもう、やりたいっていうからやらせたけど、やっぱりダメだ。あなたのその、人を萎縮させる外見、激しすぎる指揮……指揮者に向いてないです。だってお父さんからは娯楽というものが感じられない」
ライモ様が首を横に振ります。
「娯楽がわからぬから、学ぶために指揮官をやると決めた。果たして怖い曲は悪いことかね。さっき演奏した曲、私はいいと思うぞ。心を駆り立てる激しい曲が好みの人もいる」
ジーモン様、言い返した。
さっきから背中しか見えませんが、そんなに怖い顔なんでしょうか。
「まぁね、あれはあれでいいけど、そればっかりじゃ飽きるだろう。コンサート全部が嵐の夜みたいな曲だったら、観客まで吹っ飛ぶ。そもそも演奏者の体力が持たない。とにかく、もう一人指揮官を雇うことにします。お父さんはこれから怖い曲だけで」
ライモ様は冷静に言います。もうなんか僕、呆れ返っちゃってるんです、というツンとしたお顔。
「それでは、私の活動時間が減るのでは…………」
ジーモン様、食い下がるなぁ。
「そうしてください。あなたは宰相です。僕はちゃんと言ったよね、僕は娯楽にかけて厳しいって。もうまったく、何が“プロデューサーの僕の仕事も見たい”とかさぁ。もう、僕は十九になるんだよ、結婚もしてるよ、子離れしてくれよ」
おっと、いきなり反抗期の息子モードのライモ様です。なんかよそのご家庭の気まずいシーンを見せつけられているような気分なんですけど。
「うむ、わかった…………では、私は仕事に戻る」
ジーモン様が少ししょんぼりした感じでそう言い、こちらを振り返られました。
黒髪リーゼントに四角い広い額、険しい眉の下にある眼光、大きな鷲鼻、一文字の唇。
これはこれは、怖い曲専門のいかつさ。
ジーモン様が早足でマントの裾をひるがえし、「失礼」と私たちに言って立ち去ります。その時感じた圧迫感と存在感。既視感ある。ハリポタのスネイプ先生だ。一度見たら忘れられない怖い存在だ。
「ごめんね、みんな。見苦しい所を見せてしまって。今までちゃんと注意できなくてごめんなさい。お父さんがあんなに指揮に向いていないとは思わず、父だからと買いかぶっていました」
ライモ様がオーケストラのメンバーに謝罪します。
「そんなことはないですよ。ジーモン様の指揮は確かに怖い曲にかけてはすごいです。“私、ここまで早弾きできたっけ”と不思議な時があります」
ピアノのメイドさんが立ち上がって、低く落ち着いた声で言いました。
「ええ、魔王指揮…………あ、どうしよう、言っちゃった。あの、ジーモン様の指揮はあれはあれでね、すごいんだけどー……まぁ、でもやはり楽しい曲はもっと他の人がやりやすいかなー」
ツインテールのフルートの女の子が言います。
魔王指揮、ピッタリすぎるネーミング。
「あの、失礼ですけど…………ライモ様、そこまでお父様のジーモン様のことを疎ましく思わないであげてください。まだまだジーモン様にとって、ライモ様は子供なんですよ」
ホルンの男性がにこやかに言います。
「そう…………ですね。みなさん、ありがとう。では、お昼休憩にしましょう」
ライモ様がそう言うと、オーケストラメンバーはほっとした顔になりました。
「おや、シンシアさん、ミーナさん。やだな、恥ずかしいとこ見られちゃったな」
ライモ様が照れています。
ちょっと赤くなってるの、かわいい。
「あ、あの! ライモ様は宰相のジーモン様のご子息でいらっしゃるのですか?」
私は前のめりに聞いてしまいます。
「いえ、そんな大層な者ではありません。僕は宰相の養子です。本当のお父さんみたいに愛してます。まー、それゆえにねぇ。シンシアさん、あの人ほんと困った人だよねー」
ライモ様が微笑みながら、シンシアさんに同意をねだります。
本当のお父さんみたいに愛してます――頭の中でエコー。
そしてこれは、擬似親子萌え発動!
厳格な宰相の養子は宮廷道化師で女王の夫、しかもドラゴンスレイヤー! 情報量が多い。
そして二人は本当の親子のように愛し合っている!
絆が血よりも濃厚なんです。
あの魔王パパと水色のお目目キュルンの天使ライモ様が、絆で強く結ばれた親子なんて素晴らしいじゃないですか…………何歳で引き取られたの? あの魔王がどんな子育てを……?
ダメ、ミーナ、質問責めで前世でお友達なくしたからこれ以上は聞いてはだめ。
「では、また。ミーナさんにとって、アステールが良い国でありますように」
ライモ様が立ち去る時、魔王パパとは違う「一度知ったら忘れられない天使存在」オーラが吹くのでした。
あれ、そういえばアレサがいない。
アレサは、床の上で堂々と寝転んで寝ていました。




