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第六話 なんだか泣けるカレーなんです

 夕食開始の六時になったのでアレサを起こして食堂に行くと、カレーのスパイスの香りがしました。懐かしい香りだなぁ。転生前、我が家ではカレーは必ず二日続く宿命でした。それは母がカレーを一度にたくさん作りたい人で、父は一晩置いたカレーが好きという夫婦合作の結果です。一日目に思いのほかルーが減ったら、継ぎ足していました。


 寝惚けていたアレサがパッと目を見開きます。


「なんだ、このうまそうな香りは!」


 そうか、スメラにはカレーはなかったのです。

 食堂のカウンターにはすでに何人か並んでいました。札を渡してトレーに乗ったカレーライスを見て、ごくりと唾を飲み込みます。


「いただきます」


 手を合わせて、転生後初のカレーに感謝。


「おい、これどうやって食うんだ。このドロドロしたやつと米、どうすればいいんだ」


 アレサがスプーンをカレー皿の上で右往左往させます。


「このドロドロしたのはルーと言って、これがカレーなの。いろんなスパイスと具が混ざったもの。これをスプーンでライスをすくって、ルーにつけて食べるのよ」


 私は説明しながらスプーンを動かし、パクッと口に運びました。

 甘口寄りの中辛、家で食べるほっこりカレー。にんじん、じゃがいも、鶏肉と具だくさんを一つにまとめているスパイスの君の名は――――お母さんとお父さんが作ってくれたカレー、仲間と作ったキャンプのカレー、自分で作っていたカレー。なんだか懐かしい味がします。


「う、うまい…………うっ、ううう…………こんな美味いメシ、初めて食べた。この飯はなんだか、私のために作ってくれた気がすんだよ」


 アレサが泣いています。


「そうだよ。これはアレサのために作られたカレーなんだよ。そして、寮のみんなで食べているんだ。同じごはんを食べるって、仲間っていうことだね。あはは、私たちいつも残り物で作ったごはんばかりだったねぇ」


 スメラでは王族に食べきれないほど食事を作ることが原則でした。その残った飯を使用人に食わせることで「食わせてやっている」と王族はいばります。


 私は思い出します。皇室料理の残飯料理。

 余った米とおかずを炒めるチャーハンがもっとも多かったです。

 工夫すればもっといいものが作れるけれど、くたくたに疲れた夕飯時にそんな労力はありません。かといって、そのまま残飯を食べるのも嫌な時の必死の抵抗でした。


「あらあら、どうしたー。カレーうますぎて泣いちゃってるぅ、この子」


 明るい女の子の声がしました。ぼろぼろ泣きながらカレーを食べているアレサの横に、背が高く細身の若い女性が立っています。ロングヘアのきれいな金髪で、キリッとしたお顔立ち。


「だってよぅ、うまいんだよ。人間の飯なんだよ。あんた誰だよ」


 アレサが泣きながら食べながら喋るので、顔がめちゃくちゃです。


「あたし、ルーラ。女王のヘアメイクと衣服収納担当のメイドだよ。あんた、新しく来たメイドだろ。名前はなんていうの?」


「アレサ」


「あ、私もなんです。ミーナと申します、よろしくお願いします」


「うん、よろしく。ってかアレサさぁ、今まで大丈夫だったん? ここのカレーおいしいけど、ぶっちゃけ泣くほどではないんだよ。奴隷だったの?」


 アレサはルーラさんを無視してカレーのおかわりに行きました。


「いや、あの、奴隷でなくスメラのメイドだったんですけど…………」


 ルーラさんが隣に座ったので、私は今までのことを話しました。


「なにそれ、残飯とか酷すぎっしょ! うちの女王様が絶対に許さないよ。アイラ女王は、苦手な味の料理が出ても頑なに残さないほど食事を残すのを嫌うもん。米も一粒残さないよ。それに庶民が食べてるものと同じだし、多分、アイラ王女とライモ様と老師さま――――前王のことね――――の家族だんらんご飯もカレーだよ」


 それ、カレーのCMにしたい。

 みんな大好きアステールカレー!

 豪華絢爛な高級料理より、やさしい味わいのカレーを食べたい王族たち。


「素敵ですね。あのぅ、ルーラさんは女王のヘアメイクをなさったりなどされるのですか? アイラ女王にお詳しそうな感じがするんですが」


「あのね、やっと今月から助手まではなれたよ! もうー、初めてアイラ様のまぶたにアイシャドウ塗る時は緊張して手が震えたわ。あたしね、アイラ女王の初めての謁見の会に来たんだよ。朝早くから並んでさー、この髪もアイラ様を意識してずっと染めてぇ。

 なんか政治とか王族とかよくわからなかったけど、政治家に女がいないのに、アイラ女王が病気の父親の代わりに王代行をするって知った時は、なんか直感したんだ。あ、歴史が変わるって。それでねー」


 ルーラさんはテーブルに頬杖をついて、うっとりとした顔になりました。


「なんかやばくない、女王ってどんな人なんだろうってワクワクした。やばかった。人生のターニングポイント、夜明け。まず外見、すごい美人なんだよぅ。三白眼の美人でちょっとキツそうだけど、うちらみたいなミーハー少女たちにも気さくに丁寧に接してくれて、『何か困ったことない?』って聞いてくれて、あ、この人はちゃんと国民のことを考えてくれる女王になるんだって直感した…………って、ごめん。あたしばっかめっちゃ喋ってる。なんかさぁ、ミーナって話しやすいな」


 ルーラさんの微笑みに、私も笑顔になります。

 聞き上手は推し情報にとって欠かせないスキルなんですっ。私は人の話を聞くのが好き。もう毛穴から「あなたの話が聞きたい」という意欲を噴出してるんですよ、こちとら。


「私、人の話を聞くのが大好きなんです。ルーラさんが気になってすぐ行動できたの、すごいですし、ほんと歴史的瞬間に立ち会われたのですよ。ルーラさんのお話、もっと聞きたいです」


「ありがと! また喋ろうっ。研修、楽しんでね。あたし、これからデート行ってくる」


 ルーラさんが立ち上がり、元気よく食堂を後にしました。

 よし、一人つかめました。アイラ女王ファンと知り合いになれました。アイラ女王情報は彼女から聞き出しましょう。次はライモ様ファンをつかまえなければっ!

 

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