第四話 変態王のおいしいハーブティーを召し上がれ
お城の客室のソファーの座り心地は、アマゾンから届いたら星5以上評価で「まるで宙に浮いているみたいな座り心地です。中に綿ではなく天国の空気が詰まっているのかと想像してしまうほどです。カラーは上品なビロードで、手触りが最高で、モフモフを触っているような癒しを与えてくれます」とレビューしたでしょう。
前世の私の趣味は、あらゆるネットショッピングサイトで星五以上だと思う商品にレビューをつけることでした。
ポエミーすぎて「参考になった」がついたことはないですけど。
「さぁさぁ、緊張をほぐすためにハーブティーを召し上がれ。これは今日、朝市で仕入れてきたばかりのカモミールティーだ」
ハンサムガイのメイドリーダーが、私とアレサの前にティーカップを置いてくださいました。薔薇模様の薄い陶器のティーカップは、白いお花のように縁が波打った円形のソーサーに置かれ、良い香りの湯気を立てています。
「…………ありがとうございます」
私はペコリと頭を下げます。
でも顔は上げられません。
まだ目の前で起きていることに頭が追いつかず、混乱しております。ヨッコラセっと言って、メイドリーダーのオー様は目の前のソファーに腰掛けて、足を開いて腕を組んでお座りになっています。
メイドなのに、王様みたいな座り方…………
いや、その前にメイドリーダーがハンサムな高身長マッチョなのも驚きなんですが、この人、嗅覚だけで私たちの出身国と身分と名前を言い当てる人なんです。
はて?
さらにこの人、他者の体液を舐めたらその人の体調や生活習慣がわかるそうです。血を舐めたら遺伝子情報までわかるらしいです。
はて。
異世界だからってぶっ飛びすぎでは!?
そういう種族か!?
……と思いきや、この世で今のところ、このような体質の「人間」はオー様おひとりだけです。
転生前、親友に言われた言葉を思い出す。神作品と崇めていたアニメの展開に「こんなのあり得ない!」と愚痴ったら、
「いや、人生こそ何があるかわからないし。私はあの展開、意外すぎるけどいいと思う」と言われたこと。
そうだな、いいとも〜。変人のメイドリーダー、いいともー。そんなこともあるっさ。
「えー、ヤダ。私、ハーブティー嫌い」
アレサが言います。あんなに怯えていたアレサですが、ソファーの座り心地に手懐けられたのか、もう足をかっ開いて、だらんとしています。
「ふむ、そうか。ならば何が良いかな。コーヒー、紅茶、東洋茶、ジュース、炭酸、なんでもあるぞ」
オー様が立ち上がっておっしゃいます。ドリンクバーかな?
「しかし、一口だけでも飲んでくれ。それは本当に美味いぞ。俺はまずいハーブティーと良いハーブティーの嗅ぎ分けは完璧だ。カモミールは丈夫なハーブだが、特にそのカモミールは過酷な嵐をも乗り越えたカモミールで、ライモは飲んだらリラックスして寝られて、翌日のショーで『力がみなぎって、熱唱できた気がする』と言って気に入っているぞ」
オー様、この人めっちゃ喋るな。カモミールティーを寝る前に飲むライモ様、健康意識の高いおしゃれ。ってかショーするのか、見たい。
「えー、ほんとかぁ? おい、ミーナ。先に飲んでみろ」
「え、あ、そうだ。色々考えすぎていて飲むのを忘れていたわ。出されたお茶は冷める前に飲むのが礼儀なのに」
私はそっと両手でソーサーを手にして、ティーカップを持ち上げて飲みました。
頭の中に、春風が吹きました。これは、春のうららかな草原でお日様を浴びながらうとうとする春眠の喜びの味がする。
「美味しいです! まるで春風をそのまま飲み込んだ時のように体がリラックスして、なおかつ活性化していきます。これは星五以上のハーブティー!」
「…………何言ってんの、おまえ。おまえの言うこと、ほんまたまに意味わからん。この国に来てから、さらにおかしくなってんぞ」
「飲みなさい、アレサ、飲むのよ。わかるよ、わかる。ハーブティーのおいしくないのって、粘土みたいな変な味がするものね。私は昔、干草みたいな味のハーブティーを飲んだことがあるわ。でもこれは、とってもおいしくて確実に体が喜ぶの」
「えー、めっちゃキラキラした目で言うな。そーなのか、そんなことってあるか。どれ、物は試しか」
アレサがちょろっと舌でカップを舐めると、ぱあっと目が輝き、ごくごくと飲み干して「ぷはぁ」と言いました。
「美味い、これめっちゃうまい、もう一杯くれよ! これに氷入れてキーンと冷やしたやつ!」
アレサがカップをオー様に突きつけた。
ふっ、成功。布教が成功したわ。苦手ジャンルを試しに読んでみて「これは面白い!」となる体験をしたら嬉しいもの。そしてさらに「そういうの苦手」と言ってる人にオススメしたくなる。
「了解だっ。はっはは、冷やすとはアレサ、良い考えだ。そしてミーナ、春風を飲んだようとは素晴らしい、良い表現だ。君たちはとても良いメイドになるだろう」
オー様に褒められたっ。
オー様って変人だけど、体液舐め嗅覚異常さえ知らなければ、威風堂々として陽気なさわやかなハンサムさんなのよ。
「私、がんばります。オーさんには失礼ながら驚きましたが、良いお茶をいれてくださる方はとても気風の良い方です。一生懸命働きますので、よろしくお願いします」
私は立ち上がって、お腹に両手を重ねてお辞儀をしました。
「ありがとう! 最近、アステールは国民が増えて忙しいからとても嬉しい。では、俺は騎士団の寮の風呂場掃除をしてくるので、教育係のシンシアを連れてくる。アレサはどうだ?」
「んー、そうだな。ここは良い国みてーだし、城の中を観察したらセンスいいし潤ってんな。まあ、ここでやってくか。だが、あんたのことはリーダーと私の中でまだ認められねぇから、変態王って呼ぶ」
アレサはソファーの背もたれに肘をかけ、足を組んでじろっとオー様を見ました。
「いいとも! よろしく! では、また何かあれば呼んでくれ」
オー様は「はっはは、また新しい称号が増えた」と笑いながら客室から退室されました。
他の称号が気になりますね。
嗅覚王、味覚王、犬神、歩く瞬間人間ドック——あの人への称号は百では足らなさそうです。