第二話 ああ、素晴らしきアステール、五体投地でございます
ああ、素晴らしきアステール。
あら、今日お祭りなのかしら。大通りには人がいっぱい。商店はどこも栄えていて、目が眩みそうな色鮮やかな光景だわ。私はアレサに手を引かれ、夢見心地で歩いていました。
「見えてきたぞ、あれが城か。へー、でっけぇキレイな城だな」
アレサは私より背が高いので、遠くの景色がよく見えます。私はちょっとジャンプして、お城を見ました。青い三角屋根のお城の物見塔が見えました。アレサが言う通り、お城はとても大きいです。
わーお、シンデレラ?
いや、ホグワーツぐらいでけぇ。
巨木の世界樹まで来ました。赤褐色のレンガの円形広場にはベンチがあちこちに置かれていて、サンドイッチを食べたり、おしゃべりに興じている奥様方がいらっしゃいます。世界樹はその国の良さを表すと言われています。アステールの世界樹はとても大きく、緑の葉っぱがツヤツヤです。
広場からお城の全貌が見えました。
あれ、お城だけで私たちの祖国より大きいのでは?
「でっけー。さ、行くぞ。ほんとに門開いてんなーって。おい、シンシア、あの兵隊カッケェ制服着てやがる。ふん、門番の兵隊は見せ物でもあるから、いい男置いてんだな」
「アレサ、それは失礼な言い方じゃない、か、かしら」
私はおそるおそる門の前に立っている騎士の方を見ました。
青い詰襟のジャケットに肩にかけた金色のタスキ、白いズボンに黒いロングブーツ。星のバッジのついた青い帽子の下のお顔――とても凛々しい。
あらまあ、お二人とも背が高くてかっこいい。
「よう、兵隊さん。あたしらよその国から来たんだが、この城に入っていいのかい?」
「アレサ、敬語使って!」
「ようこそ、アステール城へ。はい、大丈夫ですよ。あ、私たちは兵隊ではなく“騎士”です。うちは軍は放棄していますから」
騎士さんはアレサの失礼な口ぶりにも動じず、にっこり微笑んで答えました。
なんて紳士なの!
「へぇー、“騎士”ってなんだかよくわかんねぇけど、城守ってんだ。でさ、うちら移民なんだけど、相談所ってどこ?」
「す、すみません。この子、口が悪くて。あのぅ、教えていただけますか?」
そのときでした。
とても爽やかな秋の風が吹いて、私のスカートを揺らしました。あの方が出てらして、空気が変わったのです。騎士の方が二人とも深く頭を下げられて、私もつられて頭を下げました。
「こんにちは、お疲れ様。お客さん、僕が案内するよ」
低くて、艶のあるお声でした。
「は、はい。ライモ様。あの、こちらで案内しますので、どうぞご休憩に」
騎士は緊張した声で言いました。きっと、とてもお偉い方なのだわ。私は顔が上げられません。
「スッゲー…………マジかよ。あんた、人間?」
「ちょ、アレサ! あんたなんてこと!」
私は叫び、顔を上げて――息が止まりました。
とてつもなく美しいお顔の青年が立っています。
小さな顔に、水色の大きな瞳。ふっくらとした下まぶた、長いまつ毛。綺麗な三角形のお鼻に、血色の良い唇。背が高くて足がとても長く、衣装は襟元と袖にフリルがたっぷりついていて、腰のラインがきれいに出ている、ピタッとしたドレスのよう。
ひえっ。
大天使様ではありませんか!?
「ご安心ください、人間ですよ。移民の方ですね。僕が案内します。今日は暇だから、いいよ。門番、お疲れ様」
「ミーナ、やべーな。あんた、もしかして……あの女王の夫の宮廷道化師? すげー美男って噂聞いたけど、想像以上なんだけど。人形みたいな顔してる」
ひえっ、アレサ!
あなた、宮廷道化師様かもしれない方に、なんて口の利き方を!
「あはは、恥ずかしいなぁ。そうです、宮廷道化師のライモです。そんな大した者じゃありません。女王の夫ですが、王族にはなりきれない庶民気質です。さ、城の中へどうぞ」
本当に宮廷道化師様だったー!!
龍殺しの英雄と聞いて私が想像していたのは、なんだかもっと強そうでカッコいい顔した男の人でした。こんな麗しいお顔で、細身だなんて聞いてませんけど!?
しかも、なんて気さくな神対応。
「あ、ありがとうございます! ま、ままままさか宮廷道化師様にご案内していただけるとは」
私はペコペコ頭を下げました。
「そんな大袈裟な。ライモでいいですよ。ここ、段差がありますから、気をつけて。どちらの国からいらっしゃったのですか?」
「クソ国のスメラだよ。あたしら、修道服着てるけど、これは扮装だから。うちらスメラの城のメイドだったんだ。嫌気さして逃げてきた。メイド、募集してるか? 給料もらえる?」
アレサは堂々とライモ様の横を歩きます。私は三歩下がってついて行きます。
お城に入るとすぐに見えてくるのは、赤い絨毯の大階段。エントランスにはいろんな人たちが集まっています。
スメラの国とは大違い。
貧しい身なりのおじいさんが高級そうなソファに座っていたり、エプロンをつけた女性たちがワイワイおしゃべりして歩いていたり。ここは本当に、国民に開かれたお城のようです。
「それはよかった! ちょうどメイド、募集してたんです。経験者の方ならありがたい。お給料、もちろん出ますよ。城で働いてくださるのですから。すぐにメイド長にお繋ぎしましょう。うちの城のメイドは待遇は良いと自慢できます。よろしくお願いしますね。福利厚生はいいけど、その……個性的な人がいっぱいいるので」
「なんて幸運なの! ああ神様! 大天使ライモ様! いえ、あなたは神様!!」
思わず私は叫んでしまいました。
ライモ様、目を丸くなさってる。
しまったー……これ、ひかれたー……
「うわっ、なんだよ急に」
あのアレサが引いてる。
そのとき、女性の明るい笑い声がしました。
「修道女さん、ライモのこと神って崇めちゃダメよ! まあでも、うちの夫は神も嫉妬するほど美しいからね。メイドさんに来てくれるのね? よろしくね。困ったことがあったら、この私、女王アイラに言いなさい」
ライモ様の肩を抱いた、美人の金髪女性がおっしゃいました。
やば、次は女神だーーー。
顔ちっさ、首細くて長い。三白眼の緑色の瞳がかっこいい。
強そうな美人は、なんの飾りもない黒いスーツを着ている。女王様なのに、シンプルで国民のようなお洋服を着てるなんて素敵!
この二人が、あの――龍殺しの夫婦!?
素敵すぎる。なんてお似合いのご夫婦。やべ、後光がーーー!
あああ!!
尊い!!!
竜殺しの夫婦、尊いの極みスペシャルデラックス!!!
わたしの心はキルオーバー!!!
「よろしくお願いいたします!!」
私はその場で土下座したのでした。