第十七話 暖かいピクニック
本日はメイドチームの中でもっとも穏やかで静かな「老師支援チーム」の体験なのですが。
あの、お城入ってすぐでもう朝から修羅場です。
「ダニエルが副メイドリーダーになってくれると、助かる!」
オー様がダニエル様の肩をがしっとつかみます。
「やだ、絶対にダメ! 僕はダニエルが付き人じゃないと嫌だ! ダニエルが副リーダーになったら一緒にいる時間が短くなるから、やだー!」
ライモ様がダニエル様の腕に抱きついて、首を横に振ってます。
「ライモ、城案内は他のメイドもできるぞ。しかし、ダニエルのように一発で人の名前と顔、性格まで覚えられる優秀な人物がメイドをまとめてくれるのも必要なんだ」
オー様が説得します。ライモ様はすごいしかめっ面です。
「嫌だ。ダニエルは僕の付き人なの、全部覚えてくれてる! ダニエルはどうなんだよ、僕とオー、どっちを選ぶ!?」
ライモ様が顔を近づけてダニエル様に迫ります。
「優秀な人物を独り占めとは、ライモはわがままだな。ダニエル、副リーダーになれば給料も上げる、出世もできるぞ!」
オー様もダニエル様に迫ります。
「ダニエル、僕と仕事、どっちが大事なの!?」
ライモ様、そのセリフは昭和の女ですよ。
ダニエル様はライモ様を振り払い、オー様の手も払いのけ、腕を組みました。
「いい加減にしろ! 朝っぱらから鬱陶しい。オー、俺は副リーダーにはならん。男女比から考えて、副リーダーは女性が就任すべきだ。俺はシンシアを推薦する」
「ふむ、そうだな…………確かにそうだ。しかし、ダニエルの優秀さはもっと認められていいだろう」
「ダニエルの良さなら僕が知っている! 僕の給料でダニエルに報酬あげるから、他の役職についたらヤダ!」
駄々っ子のライモ様に、ダニエル様はデコピンを食らわせました。いてっ、という声は甘えた声ではなく、低い素の声色でした。
「ライモ、調子に乗るな。俺はおまえの付き人で人生終わらせる気はないからな。甘やかすとおまえはすぐ調子に乗る」
ダニエル様が冷たい声で言いました。ライモ様は下唇を噛んで悔しそうな顔をしています。
「だけどライモは甘やかしてやりたくなるぐらい、かわいいだろう! デコピンなんてひどいじゃないか!」
オー様がライモ様の肩を抱いて、額をなでなでしました。
ライモ様、一瞬だけ「しめしめ」という顔をしてから、えーん、という顔になります。
「オー、ダニエルのデコピン、額割れるかと思ったぁ」
「やめてやれ、かわいそうだろう!」
「ほら、そうやって甘やかす! ライモ、おまえ恥ずかしくないのか」
はぁ、とダニエル様がため息をつきました。
「そうだ、ライモは甘やかすとすーぐ調子に乗る。まったく朝からエントランスで騒ぎよって」
ジーモン様が大階段を降りてきました。それまで見物していた人たちがさっと散って行きます。
「私がダニエルに特別報酬を出す。ライモの面倒を引き続き見てやってくれないか。将来の約束もしよう」
「ジーモン宰相というお方が朝から寝ぼけておいでですか。それは賄賂になりますし、口約束の出世など俺は信じません。あなたの息子さんはとても手のかかる人ですが、才能は認めているので責任を持って面倒を見ましょう」
ダニエル様が淡々と言い返します。
「ふん、お父さんとしたことが賄賂を口に出すなどと。歳とった?」
したり顔でライモ様が言います。
「おまえもさっき同じようなこと言ってただろう。俺は個人的な報酬は一切、受け取らない。さぁ、いつまでもくたびれたシャツを着ているんじゃない。おまえは着替えもまともにできんのか」
ダニエル様が淡々と言い、ライモ様の首根っこをつかんでいきました。ジーモン様がそれを見届けます。
「どう思うかね?」
ジーモン様がいきなりこっちに怖い顔を向けられて、尋ねてこられました。
フヘッ、私は変な声が出ました。
「ダニエル、彼ほどライモを任せられる男はいない。私のことも叱ってくれた、素晴らしい。この気持ちはなんだろうか、叱ってもらって嬉しい」
ジーモン様の言葉に、私は目をぱちぱちしました。
「え、あ、はい…………ダニエル様は新人の私の名前もすぐ覚えてくれていて、その、優秀な方でライモ様の最高の付き人です」
しどろもどろ私は答えます。
「そうだな。ありがとう。老師様は今日はアイラ女王と父娘でデートの日だ。もうすぐやって来られるので、待っていなさい。…………親子で街で外食、羨ましい」
ジーモン様が階段を上がって行きます。
ライモ様と行きたいんだろうな、デート。でも反抗期だから一緒に行ってくれないんだろうな。
老師様とアイラ女王、レイサンダーさんがすぐにやって来られました。エドワード老師様は白いシャツにベストにズボン、アイラ女王は膝丈のシンプルな赤いワンピースにポニーテールです。レイサンダー様は薄紫色のゆったりとしたシフォンシャツに、花柄のスカーフでとってもおしゃれ。
「おはようございます、老師様、アイラ女王、レイサンダー様」
私はお辞儀をして三人を出迎えました。
「おはよう。今日も君がついてきてくれるんだね、ありがとう」
老師様が微笑んでくれました。
「今日はよろしくね。あたしはコニーよ。老師様がお出かけの時はいつも護衛兼お供をしているの。こう見えても、あたし強いんだから」
コニーさんはショートカットの華奢な女性で、ミニスカートの下にショートパンツを履いて、履きやすそうな厚底の布の黒い靴を履いています。
「さぁ、行きましょう。今日は素晴らしく晴れた春の日ねぇ」
アイラ女王が歩き出します。私はコニーさんの後ろについて行きました。アステールの王都は交易が盛んで、メインストリートの街灯には店の名前の旗がかけられています。
「大丈夫? はぐれないようにお気をつけて」
レイサンダーさんが優雅に声をかけてくださいます。
「そっか、あなたは他国から来たから王都を歩くのは初めて? 手、繋ごうよ」
コニーさんが差し出してくれた手を、私は頷いて握りました。
小さいけれどあったかい手。
優しいなぁ、みんな優しい。ほんと、どこのメイドチームにするか悩みます。
「今日はパンやサンドイッチを買って、バラ公園に行きましょう」
アイラ女王が明るい声で提案します。
「だよね! 女王、最近ピクニックハマってるから、敷物とか持ってきたよ!」
コニーさんがリュックを叩いて、えへへと笑いました。ワォ、優秀。
「はっはは、さすがコニーだ。ではサンドイッチにパン、たくさん買って行こう」
老師様が笑いました。メインストリートから、飲食街に行き人気のパン屋さんでパンを、サンドイッチ専門店でサンドイッチを、メイドの私たちの分まで買ってくださいました。
バラ公園は、ちょうどバラの見頃。芝生にシートを敷いてくつろいでいる人たちがいます。空は青、地上では赤いバラが咲き誇り、薫風。とてもよい日です。
老師様とアイラ女王は、厚めの赤いチェックの敷物に座り、私たちメイドとレイサンダーさんはその後ろに青のチェックのシートを敷いて、二人のお背中を見守ります。
「ライモが魔法で作ってくれるバラは、とても良い香りがするのよ。私が疲れている時は寝室にバラを飾ってくれるの」
「ほぅ、なんとも気が利くねえ。彼はそういうことをさりげなくできる。私は恥ずかしくてできない」
「でもね、ライモって寝相悪いじゃない? 朝になったら水が溢れてバラが台無しよ」
「はっははは、そうだった。ライモとワインをひと瓶開けて、そのままライモと一緒に寝た時は、真夜中に蹴飛ばされて起きたよ」
「彼の寝相の悪さはアクロバティックよ。朝のキス、顔じゃなくて足首にしてるもの」
「そんな夫婦、おまえたちだけだよ」
老師様の前では、アイラ女王も年相応の娘らしくよく笑って話しています。
「しかし、アイラがライモと結婚できてよかった。身分など関係なく愛し合った者同士が結婚しないと意味がない、しみじみ思っている。私は父として、王としての失敗を記録として書き残しているんだ」
老師様の重い言葉に、アイラ女王はしばし沈黙しました。
「それって、すごいことよ。失敗をちゃんと書ける、さすが老師と呼ばれるだけの人なのよ、お父様は」
アイラ女王の言葉に私はうんうんと頷けます。離婚された時、きっといろんなことがあったのでしょう。あのキャリー元王妃、現スメラのストレス源の人との結婚生活は大変だったでしょう。
「なのに、キャリーは一度捕まったのに温情で牢獄から返してもらって、腹が立つ。スメラと国際問題を起こすと厄介だから耐えてるけど」
アイラ女王が憎らしそうに言います。え、あの人、捕まってたのですね。まぁ悪いこといっぱいしてましたけれど。
「あの人のことはもういいじゃないか。それより、いつになったら花嫁衣装を見せてくれるんだい?」
「私もライモの花嫁衣装を見たいわ」
「いや、おまえのだよ。うむ、花嫁衣装が見たいというのは時代遅れな言い方かな。結婚式を早く見たいんだ」
えーっと、とアイラ女王が悩み始めます。
「あのお二人、結婚式まだなんですか?」
私はレイサンダーさんとコニーさんに聞きました。
「そうなのよ。龍を討伐した後、記念にすればよかったのに、龍出現時に発生した災害の復興を優先したのね。それで、二人ともまだ自分たちは未熟だからって入籍したけど結婚式はまだなの」
レイサンダーさんが教えてくれました。
「すっごく盛り上がると思うんだよなぁ、結婚式」
コニーさんが残念そうに言います。
「老師殿、アイラ女王! 冷たいお茶をお持ちしました」
芝生をドスドスとオー様が歩いてきました。
そしてジーモン様が、嫌そうな顔をしているライモ様と手を繋いできました。
「恥ずかしいよ、この歳でお父さんと手をつなぐの」
「ダニエルとは手を繋いでいただろう。私だって息子とピクニックがしたい!」
ジーモン様は、かわいらしいピクニックバスケットを持ってきました。手早くシートを敷いて、スコーンを配りはじめました。
「私が朝、焼いたばかりだ」
「あ、ありがとうございます」
ジーモン様が下さったスコーンは、とってもおいしかったです。
ああ、これってお仕事なの?
休日じゃーん、と私、あくびが出てしまったのでした。