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第十六話 カウンセラーチーム

 カウンセラーチームでは、相談者の承認を得てわたしも同席させてもらうことになりました。

 相談に来られたのは、衆議院議員のサイモン・シェーン氏、二十六歳です。

 爵位を国に返され、若手議員としてがんばってらっしゃいます。

 そして、ノアさんのご主人です。


 ハイアーチさんは猫背で、リネットさんはピンと背筋を伸ばしてサイモンさんに向き合っています。私はその後ろに座らせてもらいました。


「サイモン・シェーンです。今日はよろしくお願いします」


 サイモンさんが頭を下げました。相談者はゆったりとした一人掛けのソファに座り、小さなテーブルにはティーカップがあります。部屋の内装はベージュと木材で、暖かな印象のある部屋です。


「私が爵位を返したことで、母が落胆してしまいまして……妻のノラにたぶらかされたと、新居に来てはノラに嫌味を言ったり、私を責めて困っていて……」


 サイモンさんがうつむいて言います。育ちの良さそうな品の良い方で、誠実さと優しさが顔に出ています。


「そうですか。お母様はノラ様を責められるのですね。それを聞いているあなたもお辛いでしょう」


 ぼそぼそとハイアーチさんが話します。


「そうなのです。父は私を勘当して、息子はいなかったことにすると言いました。ショックなことですが、その方が気が楽でしたね。今は妻と屋敷ではなく、一般市民の小さな家で暮らしている方が、私にとっては幸せです。生まれたころから貴族であるという特権を持っていることに違和感がありました。メイドをこき使う両親のことも、正直に言って嫌いでしたし……私と仲良くしていた、ジョナサンという少年がいました」


 そこでサイモンさんは、悲しげに目を伏せました。


「馬小屋で働いている彼が私に乗馬を教えてくれたのですが、父からは下賤な者から乗馬を教わるなどけしからんと、ジョナサンを解雇してしまったんです。ジョナサンとはそれっきり、会えていません。私がジョナサンから乗馬を教えてもらったと言わなかったら、彼は仕事を失くすこともなかっただろうと、後悔しました。歳の離れた兄とは関係がよくなかったので、私はジョナサンを兄のように慕っていたのです」


 ハイアーチさんとリネットさんが頷いて話を聞きます。


「ジョナサンは貧しくて、子供のころから働いていました。児童労働を禁止し、保護される法案を通すのが私の夢です。私が議員になって爵位を国に返すと決意できたのも、すべてノラのおかげです。ですから、彼女が母のせいで嫌な目に遭っているのが、耐えられないのです」


「そうですね。お母様がノラ様を傷つけるのはお辛いでしょう。その、お母様が家を訪ねてきた時、ノラ様はどう対応されていますか?」


 リネットさんが尋ねます。


「それが、私が母を追い返そうとすると、ノラは玄関を開けてしまうんです。そしてノラは話を聞いてしまうのです。彼女の社交的な性格で訪問してきた人を迎え入れてしまうのは仕方ないですが、止めても彼女は母を迎えてしまいます」


「その時のノラさんのご様子は?」


 ハイアーチさんが聞きます。


「ノラはいつもの笑顔です。息子をたぶらかしたとか、元高級娼婦の汚い身分だとかひどいことを言われても、客間に通してにこにこ話を聞いているのです」


 サイモンさんは困った顔で言いました。

 ハイアーチさんとリネットさんは顔を見合わせました。


「ノラさんがそういう態度をとられるのは、余裕があるからでしょう。あの方は色々な方と社交の場を踏んでこられた。今はあなたの愛が自分に向かっていて、悪口を言いにくるお母様の姿にサイモンさんがうんざりしていることを知っているからです」


 リネットさんが優しく、落ち着いた声で言いました。


「ノラさんは聞き流しているのでしょう。けれどそれはサイモンさんにとって辛いことだと、よくご夫婦で話し合ってください。そして一切、お母様の話を聞かず帰ってもらってください。悪口を言うのも根気がいります、やがて向こうが諦めるのを待ってください」


 ハイアーチさんは少し声を張って言いました。


「はい、そうですね。私も毅然とした態度が取れていなかった気がします。ノラの『私は平気』という言葉にも甘えていました。そして、母と絶縁するのも寂しいものがあって変わってくれることを願っていましたが……夫として、気を張りノラを守ります」


 サイモンさんの顔が明るくなりました。


「はい、焦らずにサイモンさんが生きやすい方へと変わればいいですね」


 リネットさんが微笑みました。


「また困ったことがあったら、いつでも来てください」


 ハイアーチさんも柔らかい口調で言います。


「ありがとうございました」


 サイモンさんはお辞儀をして退室しました。


「どうです? メイドの研修は大変でしょう」


 リネットさんがこちらを振り返り、話しかけてくださいました。


「毎日、いろんな体験ができて楽しいですよ。でも、まだまだどのチームに所属するか悩んでいて」


「あなたなら、どのチームにも馴染めそうですかね。まぁそう気負わずに」


 ハイアーチさんも声をかけてくださいました。

 お昼からは三官女チームの体験です。どきどきしながら三官女の執務室に行く途中、「あら、かわいい新人さん」とノラ様に声をかけられました。

 オフショルダーで体の線がくっきり出た青いドレスに、コバルトブルーのショールと、今日もとっても素敵です。


「ねぇ、うちの夫って、とってもかわいいでしょ?」


 ノラさんが私の耳元で、妖艶に呟きました。


「は、はひっ」


 私は顔から火が出そうになりながら、返事をします。


 ノラ様、私がカウンセラーチームでご主人の話を聞いていたと、もうご存知で!?

 緊張したまま、しゃちほこばって三官女の執務室へ行くと、アイラ女王が立って熱弁中でした。


「貧富の格差をなくすためには、貴族の領地支配を根絶することよ。農民支配の時代を終わらせることよ。まだまだ田舎の方は改革が進んでいない、農民解放こそ新しい時代に不可欠」


 アイラ様が腕を組んで仁王立ちで言います。今日は黒のスーツに赤いネクタイ、真っ赤なハイヒールで髪はおろしています。


「それならば、土地の再分配が必要ね。地主制度を解体して、自作農家を育成しなければならない。農民は作物を作っても誰にどう売るか知識がまだない。安く作物が買いたたかれないため、農民学校を作るべきだわ」


 机に座ってペンを動かしながらリディア様が言います。


「そこなのよ。貴族制度がなくせないのは、あらゆる管理をこの国が貴族に依存していたから。貴族が爵位を失っても財産を持っていて、土地を買えてしまうのよね」


 アイラ女王は険しい声で言います。


 ドアの近くに立っていたエルサ様と目が合いました。他のメイドは机に向かって記録していたり、資料を持ってきたりと、私に気づいてくれる人がいなくて困っていました。


 エルサ様が、おいでおいで、と手を動かしました。


「名前、なんだったっけ? 新しいメイドの子」


 エルサ様が首をかしげました。


「ミーナです。ここに体験に来させていただきました」


「そうだ、ミーナ。ここは人が足りていてすることがない。リディアの息抜きに同行してもらおう」


「何よ、勝手に! こっちはレポート書いてるのに」


 リディア様が怒ります。


「リディア、朝から書類書いて勉強してずっと座ってばかり。体に悪い、ケツに血が通わなくなるぞ。足が浮腫むぞ」


「うっ、浮腫むのは嫌だわ……では、ミーナ。中庭を一緒に散歩して頂戴」


 リディア様が立ち上がります。今日はノラ様と同じブルーのロリータ服、かわいいです。スカートにたくさんついたリボンが愛らしい。


「は、はい、ぜひご一緒させてください」


 私とリディア様は中庭へと向かいました。リディア様は色々な話を聞かせてくださいました。ズバリ自分のライバルはライモ様であること、少女時代にライモ様に出会って美しさに衝撃を受け、自分の容姿に一時期自信がもてなかったこと。


 そして、ライモ様が十五歳で入学して十八歳で卒業した名門大学の、初めての女子生徒として入学したが、周りの男たちの嫉妬が醜かったこと。


「私は常に闘いを選んできた。アイラと私は剣ではなく真の民主主義のため、改革の闘いを続けてるのよ、きっと死ぬまでね」


 リディア様の横顔は、とてもかっこいいのです。

 前を真っ直ぐに見つめる瞳、ロリータ服と厚底のエナメルのパンプスで闊歩するお姿。目の前の壁に立ち向かっている人の、闘う美しさです。

 

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