第十四話 お城の隙間を大冒険&スリル案件
私はミーナ、転生者です。ただいま、城の裏側の狭い通路を匍匐前進しています。メンテナンスメイドチームのお仕事は、屋根裏から建物の維持と修理、配管と水路の管理、照明や暖房の設備と広範囲です。
「君、小柄だから通路に入れるよ! 地下通路から水路へ行こう」
リーダーのパッシィさんに言われるがまま、私はヘルメットを装着され地下通路をえっほえっほと移動しています。
時々パッシィさんが止まり、ランプで床や天井を光で照らします。
「水路まできたよ」
パッシィさんが言いました。立ち上がれるほど広い場所にようやく出て、私はほっとため息をつきます。石壁に二メートルほどの天井、空気はひんやりと冷たく、水路に流れる水は緩やかです。
「この先はさらに広い水路に出るよ。足元、気をつけてね」
私は返事をして、パッシィさんの後に続きます。急に空気が変わりました。広いアーチ型の天井、急速に流れる水の音。鉄の水門があり、その近くに人影が見えました。
パッシィさんがこちらを振り返り、人差し指を口の前で立て、ゆっくりと下がります。私は後退しました。
「ライモは水属性の魔術師よ。彼なら水を使って身を守れる」
アイラ女王の声がしました。
「そうだ。細身のライモが通れる通路も用意した。そしてこのライオンは指紋を覚えて、認証した指紋の持ち主のみがここを通れる」
オー様の声です。
「…………ライモが命からがらここから逃げ出す、というようなことにはしたくはありませんがね。最悪の場合を考えておくべきでしょう」
ダニエル様の声。おやおや、なんだか物騒なお話ですよ。
「そうならないよう、あたしがライモを守ります。…………この龍の髭の剣にかけて」
レイサンダーさんが言いました。
「我が息子ライモの命を狙う者など許しはしません」
ジーモン様の重々しい声が水路に響きます。
ライモ様、命を狙われているのですか!?
「さて、戻りましょう」
ダニエル様が言うと、アイラ女王たちは梯子を登って去って行きました。
「…………今のは、聞かなかったことにしよう。秘密だからね」
パッシィさんが眉を寄せて言いました。私は何度も頷きます。えらい所に居合わせてしまった動揺を隠し、私はパッシィさんと城の中へ戻りました。
さてさて、昼からはティータイムチームの研修ですが、のんびりお茶なんて飲んでいていいのかしら、という気持ちになりました。ダニエル様が、貴族を批判するライモ様は敵が多い、とおっしゃっていましたが……命を狙われているとは。
「今日の紅茶はアッサム、おやつはベイクドチーズですよ」
シュガーさんがうきうきした声で言うと、わーい、と無邪気にライモ様は喜んでいます。
「しっとりしてて、濃厚な味わいで美味しいわ。今日もみんな、ありがとう」
女王の笑顔に、みんなも笑顔になります。ティータイムには三官女のみなさん、ジーモン様、老師様もお茶室に集まっています。
小花柄の壁紙、背もたれがアーチ状のソファー、猫足のテーブルとお茶室は可愛らしい内装です。
ダニエル様はライモ様の右隣に、アイラ女王は左隣に座っています。ダニエル様は甘いものが苦手でケーキは断り、お茶を飲まれています。
こんなに平和なのに、ライモ様の身に危険が迫っているなんて。
私はティーポットを持って、リディア様にお茶を注ぎました。
「ミーナさん、ポットの持ち方がきれいだね!」
シュガーさんがほめてくれて、へへへ、と私は照れて笑います。
「そうね、ミーナは所作がとても上品だわ」
リディアさんまでほめてくれます。
「じゃあ、僕がミーナにお茶をいれてあげるね!」
ライモ様がティーポットを手にして、ぶるぶる震える手でカップにお茶をいれてくれました。
「ふぅ、なんとかこぼさなかった。はい!」
ライモ様がティーカップを差し出してくれます。あの、ちょびっとしか入ってませんけど……私は低頭して受け取り、いただきます。
「にっ、苦いー!」
思わず叫んでしまいました。
「えー! ご、ごめん」
あたふたとライモ様が謝ります。
「ミーナ、ライモの不器用な洗礼を受けてしまったわね……なんでもできるようで、この子は変なとこ不器用」
ぺしっとアイラ様がライモ様の額を叩きます。
「なんでなんだろう……ごめんねぇ、ミーナ」
目を潤ませるライモ様を許すほかないです。
「はい、これ美味しい角砂糖だよ」
シュガーさんがティースプーンに角砂糖をのせてくださいました。ぱくっといただくも、とっても甘い。
ライモ様暗殺計画の重苦しい場面の記憶も、溶けていくのでした。
大丈夫、大丈夫。
こんな平和なお城で物騒なことは起きないでしょう……と信じたいです。




