第十三話 お洗濯は個人情報!
洗濯チームの仕事場に行って、驚きました。洗濯機があるんですよ。
一般家庭の洗濯機より大きめの四角い白い洗濯機、一般家庭にあるような中型、そして小型の三台があります。脱水はできないので、洗濯物を入れてハンドルを引いて脱水する道具があります。
この洗濯機を使っての洗濯、昔ながらの洗濯板を使っての洗濯と、やり方は二種類です。広い仕事場はパーテーションで区切られ、それぞれ「女王洗濯班」「宮廷道化師洗濯班」「老師洗濯班」とプレートがかけられています。
「洗濯機は発明家のジェイムズ・フィッシャーです。ジェイムズは魔石で使える機械の開発をいくつもしています」
ミヨシさんが教えてくださいました。科学工学と魔術、ここでも融合していますね。
「新しいメイドさんね、私はクミよ。シミ取りについて教えます。シミ抜きは機械にはできない、人の手による芸術的行為です」
クミさんが熱いまなこで語ります。なんと芸術ですか。木の机の上に桶が二つ置かれています。クミさんは白い三角巾に白いワンピース、白いエプロンという真っ白なメイド服です。エプロンの胸元には白いお花が刺繍されています。
「ぬるま湯に溶かした重曹と石鹸を布に染み込ませ、漬け置きして、優しく揉み洗いするのよ」
私はクミさんに教えられた通り、重曹と石鹸を混ぜた洗剤をシャツの胸元にある茶色の染みを優しく揉み洗いしました。カレーかな? シミはきれいに取れました。
「これは赤ワインの染みね。ワインはレモン汁を染みにつけて、さらに重曹。このまま干せば汚れが取れるわ」
クミさんが持っていたレモンを搾り、シミに垂らします。
「そしてこれはパスタのソース…………これもレモン汁と重曹ね。さっきから同じサイズのシャツだと気づいたと思うけど、この城で一番シミのついた服を持ってくるのはライモ様よ」
クミさんが目を伏せて言います。
あちゃー、ライモ様、こぼし魔ですか。
「と、いうことで洗濯チームにいると嫌でも情報が入ってくるんだよね。でも、この仕事場を離れたら口外しちゃダメよ。要人の洗濯がパーテーションで仕切られているのは、下着など洗濯されているのが目に触れないためよ」
「個人情報ですものね」
「そう、個人情報。女王の下着情報を下品な雑誌に売った奴、ライモ様の下着をこっそり盗んだ奴は懲戒免職されたわ。特にライモ様は絶対に女性に下着を洗ってほしくないから、気をつけてね」
「はい、気をつけます。他に気をつけることはありますか?」
「そうね…………」
メグさんが、仕事場の端で集まってワイワイ騒ぎながら洗濯桶を使っている若い騎士たちを見ました。
そこに若いメイドの女の子が三人来て、彼らに話しかけると、ビュッと音が出そうなほど走ってくる青年がいました。
褐色の肌に黒髪、背が高く白いズボンが似合う青年は女の子たちを恐ろしそうに見ています。
他の騎士たちは楽しそうに女の子たちと話しています。
「あ、あ、あのぅ。洗濯を早く終わらせたいので、洗濯機を使ってもいいですか?」
青年はビクビクしながらミヨシさんに話しかけます。
「はい、ラティスさん。今は空いてるのでどうぞ」
ミヨシさんが優しく答えます。
ラティスさんはぺこぺこ頭を下げて洗濯機に洗濯物をどさっと放り込みます。
「ちょっとラティス、まだメイドの女の子に慣れないのね。そんなビクビクしなくても」
栗色の長い髪を一つに結び、襟がフリルのシャツを着て、腰に紫色のスカーフを巻いている青年が呆れた顔で言います。
「うぅ、だって女の子に話しかけられたらどうしていいかわかんないんだよ。それに洗濯してる姿を見られるのって妙に恥ずかしいし…………」
ラティスさんがそわそわと落ち着かない様子で言います。
私と目が合うと、すぐそらされました。
「龍の首を斬った男が女の子一人におろおろするなんてね」
「それは言うなよ、レイサンダー。俺だって格好悪いと思ってるよぅ」
ラティスさんは情けなさそうに言います。フリルシャツの方のお名前はレイサンダーさんとおっしゃるのね。
「レイサンダーさんはライモ様の護衛騎士だよ。今日もキレイだよね」
メグさんが小さな声で私に教えてくれました。あまり表情のなかったメグさんが微笑まれています。なるほど、この方はレイサンダー騎士推しですね。わかります、クィアな雰囲気のレイサンダーさん、きれいなお顔立ち。
「それで、ライモの提案で、ライモが女装して女の子のフリをしてデートしたんだってね。それ、逆効果。あなたのライモ崇拝度がひどくなっただけよ」
レイサンダーさんが言います。なんと、ラティスさんはライモ様激推しですか。
「そ、それを言うなよレイサンダー! あ、あれは…………その、すごく良い思い出だった! ライモ様はすごく可愛かったし、女の子との接し方について教えてくれたし。つ、次はもっとエスコートをちゃんとできるようになって、それで」
ラティスさんは早口で言います。
「まったく、騎士たるものがあれに心をほだされて。しっかりしなさい。ライモが女装すると注目を浴びすぎるし、本人も調子に乗るから二度とさせないぞ」
ダニエルさんが現れて言いました。
「えー、そんな…………」
ラティスさんが悲しそうな目で言います。
「そうよ。護衛する気持ちにもなってよ、体が二つあっても足りないからね。ダニエルさん、お疲れさま」
レイサンダーがダニエルさんに微笑みかけます。
「ミーナ、洗濯物の個人情報はもう聞いただろう。くれぐれも気をつけてくれ。ライモの下着は俺が取りに来ることになっている。下着は直接肌につけるもの、何か細工されてはいけないからな」
「はい、気をつけます」
私はダニエルさんのご注意に即答しました。
「はっはははは、俺の大きな手で幼稚園児の服を洗濯するのは難しいな。おや、ラティスにレイサンダー、ダニエルとなかよし三人組でそろっているな。そしてミーナ、洗濯チームにようこそ」
中庭の洗濯干し場から戻ってきたオーさんが大きな声で言いました。
「仲良くない」
ムッとしたダニエルさんが否定します。
「あら、私たちライモを守る約束したじゃない。オー、ラティス、ダニエル、そして私であらゆる脅威からライモを守る協定したでしょ」
レイサンダーさんが言います。ラティスさんはうんうんと頷きます。
「ダニエルさんは頭が切れて、格闘技もできる強くてかっこいい人! 何よりライモ様の美貌と愛嬌にまったく心がなびかない、すごい人です。尊敬してますっ!」
ラティスさんが大声で言います。熱血騎士さんですね。
ダニエルさんは冷めた目をしています。
「まぁ、そうだが…………馴れ合うのは勘弁してくれ。じゃあな、喋ってないで洗濯ぐらい早く終わらせろよ」
ダニエルさんが歩き出します。
「そう言わず、また飲みに行きましょうね」
レイサンダーさんに声をかけられて、ダニエルさんは片手をゆるく振りました。
「ふっ、素直でないな。おお、ミーナ、良い揉み洗いだな。どうかな、希望チームの目星はついたか?」
オーさんに話しかけられました。
「いえ、それが迷ってて。とりあえず、すべてのチームを体験してみたいです」
「そうだな、何事も経験だ。俺のようにいろんなチームを渡り歩くのもありだが」
「うーん、私はそこまで器用じゃないです」
「そうか。君がこの城で存分に個性と力を発揮できるといいな。さて、俺は女王に頼まれた文献を買いに行かねばならぬ。女王が一日で好きな物は〜本とケーキとライモ〜ふんふんふーん」
オー様は鼻歌を歌いながら、ドシドシ歩いて行きます。
そのチームごとにライモ様とアイラ様の情報がわかっていく、いろんなチームを渡り歩けるのも確かに楽しいかも…………。
「あのバカっ! 下着姿でウロウロしてアイスコーヒーを下着にこぼしやがった!」
小さな袋を持って、ダニエル様が怒りながら洗濯場に戻ってきました。ライモ様、ドジっ子なんですね。




