第十話 美貌の甘えん坊さん、言い訳をする
ノラ様に顎クイされたライモ様は、涙目で唇をきゅっとかみしめています。
「エルサ様、捕縛ありがとうございます。預かります」
ダニエル様が一礼して、ライモ様の腕をつかんで引き寄せます。ライモ様はダニエル様の肩に寄りかかろうとして、頭をぐっと押し返されました。
「さあ、ちゃんと一人で立って言いなさい。なぜ俺を騙して複数人に石を渡した」
ダニエル様に言われて、ライモ様は潤ませていた目をすっと細めて、はぁ、とため息をつきました。三官女とダニエル様に囲まれて、ライモ様は少し猫背で立っています。
「嘘をついてごめんなさい。理由は、不安だったからです。しがない宮廷道化師の僕って本当にこの城で必要とされているのだろうか。国会で政治批判をして国民を曲芸で楽しませたいだけの僕が、女王の夫としてこの城で暮らしていてもいいのか…………前は、ここに通って働いていたころは迷わなかったのに。城で暮らすようになってから、右も左も西も東もわからない…………僕の中のコンパスが狂ってしまう」
ライモ様が静かな声で語りだしました。
「僕は女王の付属品みたいなもの。なのに、たくさんのメイドさんにお世話されていいのか。僕なんか…………たまたま龍討伐に選ばれて、みんなのおかげで勝てただけ。なのにみんなライモ様ライモ様って、まるで王族のように扱われて…………自分を見失いそうで怖い」
なんと謙虚な。政治批判とエンターテイナーの両立だけでもすごいんですけど。それに、アイラ女王にあんなに愛されているのに。
「そして、案内人がいないとろくに城で生活できない。ライモ様迷子防止班って、すっごく恥ずかしいんだけど。みんな、ダニエルの大変な仕事をうらやましがってる人たちの話を聞いちゃったんだ。理由はずっと僕のそばにいられるからだって。こんな僕といて何の得が?って思って考えてみたんだけど、僕は要人とよく関わるから、僕といることでみんな出世のチャンスをつかみたいのかなぁ…………そう疑ってしまったりして」
ライモ様が、背筋を伸ばしてダニエル様に向き合いました。
「すみませんでした。僕はダニエルを疑っていました。試す行為をしてしまいました。何かあった時、信頼できる人にも僕の移動場所を知って欲しかったのです」
ライモ様は真っ直ぐにダニエル様を見つめ、真摯な態度でした。
「よくできました、ライモ」
ダニエル様がぽんぽんとライモ様を叩きました。
「あなたは人を信用しすぎる。あなたはもう女王の夫という運命の中にいて変えようがない。龍殺しの英雄はただ名誉だけではない、英雄を利用しようとする者はいる。それはすぐ傍にいる可能性がある。どうぞ、これからも俺を試しなさい」
ライモ様は頷きました。
「…………ありがとう、ダニエル。そしてリディア、ノラ、エルサもありがとう。まだ気弱で頼りない僕だけど、応援してくれる? お城で迷子、克服したい」
ライモ様がみんなを見回して、切なそうな目で微笑みます。
「いや、それは無理でしょう」
ダニエル様がキッパリと言いました。
「無理ね」
「無理でしょう」
「無理だな」
三官女様も異口同音。
「無理だな、ありゃ」
アレサまで。
「なんでだよ、がんばってるのに」
「ライモ、あんたって大人になってもぶりっ子は治らないのね。あんたいろいろ言ってたけど、構って欲しいだけでしょ。お城で迷子になってる姿、あまりにも“えーん迷子の僕を助けてくださぁい”って感じでぶりぶりなのよ」
リディア様がライモ様の「がんばってるのにぃ」を打ち消しました。
「ライモは龍を殺してからの方が甘えん坊だ」
エルサ様もぶっ刺します。
「かわいい顔を武器にするのはいいけど、使い方も気をつけてね。誰にでも甘えていたら痛い目を見るわよ。それにね、ライモ。みんな弱点を補い合って生きているんだから、道案内さんについてもらいなさい。あなたはこのお城にとって大切な人なの」
ノラ様が優しい声でさとします。
「…………はい、わかりました」とライモ様は答えました。
「ぶりっ子で甘えん坊、道によく迷う。それが自分だと認めなさい。リディア様、エルサ様、ノラ様、お忙しい中ありがとうございました」
ダニエル様が頭を下げると、三官女の皆さんは謁見室から去りました。ダニエル様は一度俯いてから、じっとリディア様の方を見つめました。
ライモ様のあざとさ、どこまで天然でどこまでがわざとなんでしょうね。無自覚なのに計算してやっているのか。
「ぶりっ子で甘えん坊で、すぐお城で迷子になる僕のこと、ダニエルは嫌いにならない?」
ライモ様が聞きます。
「そんなに悪くないです。でもたまにうざい。その時は言いますので、俺の前ではありのままでいいです。あなたはいろんな人に英雄の顔を見せなくてはならないですからね。さあ、夕食の時間の前に資料整理をやりきりますよ」
ダニエル様が歩きだし、にこにこ嬉しそうなライモ様がついて行きます。
「来て間もなく城の内情が知れてよかったな。アレサ、ミーナ、君たちには期待している。ではまた」
「はいっ」
私はダニエル様に頭をさげました。そして笑顔で手を振ってくれるライモ様に、小さく手を振り返します。
「なーんだ。結局、試しただのなんだの言って、甘えたかっただけじゃねーか。龍殺しても人って変わらないものだな。あー、腹減ったな」
アレサが呆れた顔で言います。
「でも、それがいいんだと思う。それに私たちにはわからない変化がアイラ様にもライモ様にもあるんだと思うな。周りはただ英雄という表面でしか見ないけど…………」
名誉の代わりに、人間らしい自由さを失うのは、大きな損失です。龍を殺した英雄でも人間らしく失敗する方が、わたしは強い気がします。
だから私は今日も、推しのメイドであることに全力を尽くすのです。




