休憩回(1)三官女のティータイム
・三官女、お茶の時間です
午後三時、今日は三官女の定例お茶会でございます。
会場はお城の南の離れ、季節の花を植えた庭に面した小さなティールーム。シャンデリアなんて気取ったものはなくて、日差しの入る大きな窓と、厚めのクッションが心地よいソファだけ。ここは、女王も通さぬ三官女の聖域です。
「ええ、それでね、うちのサイモンったら朝ごはんを作ってくれたの。目玉焼きの黄身、ぷるっぷるでね。見た目は悪いけど味は天才。ああ、惚れ直したわ」
ノラ様は頬を手で押さえて、夢見る乙女のように微笑みます。いや、ちょっと待って、あなたの旦那様、鍛冶師よね? 目玉焼きの黄身をぷるぷるにする魔術鍋でも作ったんですか?
「ノラ、またのろけ? 何回目だと思ってるの」
リディア様は呆れ顔です。声には「またか」という疲れが混じっています。
「だって仕方ないじゃない、愛が溢れちゃうんだもの」
「私なら、愛も黄身もこぼさないように管理するけど」
さらっと毒舌が飛び出すのが、リディア様。
そんな中、エルサ様は黙々とパウンドケーキを食べ続けておられます。ナイフを一切使わず、フォークのみで綺麗に崩す技術が芸術的。今日のケーキはレモン味です。
「で、リディアは結婚の予定は?」
「ない。そもそも人生設計に含まれていない」
「本当に素敵な人が現れても?」
「しない。絶対に、しない」
断言です。秒で。誰かがくしゃみをする隙もない速度でした。
そこに、ふわりと紅茶の香り。
「失礼いたします」
お茶係のダニエル様がトレイを手に現れました。白いシャツに黒のベスト、エプロンも完璧な折り目。立ち姿がすでに美術品。サーブされる前から紅茶の香りで空気が一段階上質になります。
「本日、新しく特別な茶葉が入りまして。少量ですが、皆様にぜひと思い、お持ちしました」
ぱぁっと顔を輝かせる三官女のうち、特に喜んだのはリディア様。
「これは……アッサム?しかもセカンドフラッシュ、等級はゴールデンチップ混じり……すごい。これ、どうやって手に入れたの」
「少し、知り合いを通じて」
クールに言って去るダニエルさん。
「ほんと、ダニエルは素敵よね。優しくて、気が利いて、顔も良くて、背も高くて、モテるのに、恋人いないなんて、どうしてかしら?」
ノラ様がうっとりしながら紅茶を受け取ります。
「ふーん」
リディア様はカップを傾けながら、興味なさそうに一言。
そのとき、エルサ様が、最後の一切れのパウンドケーキを口に運びながら、ぽつり。
「リディアがダニエルと結婚するんだろ?」
――ティーカップが音を立てて机に置かれた。
「は? あんた、今までの話聞いてた!?」
「んぐ。聞いてたけど。なんか、そういう未来っぽい」
「どこの予知能力者ですか!? 私が結婚しないって言ったの、今でしょ!? 今なのよ!? ていうか、ダニエルにも失礼でしょ!!」
珍しくリディア様の声が一オクターブ高くなる。
しかし、エルサ様はまったく動じず、ケーキの皿をじっと見つめて一言。
「おかわり、ある?」
「あるけど!今はその話の流れじゃないでしょーがっ!!」
・三官女、夏のおしゃれは戦争です
午後の風が少しだけぬるくなってきた頃、三官女のお茶会が始まります。今日のテーマは「夏服どうする?」です。
「はぁ、そろそろ夏ねぇ……爽やかなワンピースが着たいわ」
ノラ様が紅茶を啜りながら、うっとりと言います。軽やかなリネン、パフスリーブ、風にふわっと揺れる裾。語るだけで花が咲きそうな夢女子発言。
「私は、今年こそカントリーガール風にいくつもりよ」
リディア様は、熱弁を始めました。
「白地に小花柄のワンピース! 胸元には大きなリボン、そして何よりも! 麦わら帽子! つばが広いやつ! リボンが風に揺れて、まさに田舎の詩!」
「リディア、それただの農家の娘じゃ……」
「否! 美しき田園の守り人よ!」
謎の詩的表現に、ノラ様がやや引きつつも拍手。
「ふぅん……」
エルサ様がケーキを切りながら、ぽつり。
「私はもう、夏は服を着たくないな。いっそ、水着で過ごすか」
「ちょ、待って。それ、どこで?」
ノラ様がびっくりしてティースプーンを落としました。
「部屋でも、外でも、議会でも?」
「水着はダメに決まってるでしょう! あなた、スタイル良くて何でも似合うのに、もったいない!」
リディア様が立ち上がらんばかりに力説。珍しく感情が熱い。
「……水着、だめか。やっぱり」
エルサ様、ちょっとしょんぼり。
「当たり前よ! 騎士が水着って、もう違う意味で騎士道崩壊するわ!」
ノラ様が頭を抱えます。
すると突然、リディア様がソファに沈み込み、ため息をつきました。
「まったく、どうしてこうも私の周りはオシャレさんが少ないのよ! ほんと、アイラもそう。すぐにダサい変な服着るし……この間なんて、チェックにボーダー重ね着してきたのよ!? 見た!? もう手がかかるったらないの!」
「あれはあれで味があるんじゃない?」
「味じゃない!事故よ!ファッション事故!」
いつの間にか、夏服の話から「女王のコーデ問題」に発展。
「じゃあいっそ、アイラ様にも麦わら帽子をかぶせれば?」
「だめよ、あの人の頭に乗せたら即、転げ落ちる。あの前髪の暴れ具合見て」
今日も三官女のお茶会は、脱線、暴走、そしてファッション講義に満ちております。
……なお、エルサ様はまだ水着を諦めていないご様子でした。




